第2話 いつものお着替え
眩しい。
いつの間に眠ってしまっていたのだろうか。窓から差し込む茜色の西日に顔を照らされ、目が覚めた。
麻理は俺の胸でうつ伏せになって眠っているからか、起きてはいない。だけど窓から入る日を見ると、既に夕方だ。そろそろ起こさないと夜眠れなくなってしまうし、そうなると明日起きれなくなってしまう。
まぁ明日は日曜日だから幼稚園に行く必要はないけれど、麻理には規則正しい生活を送って欲しいしね。
そう思い、寝転んだまま小さな身体へ手を伸ばすと、スヤスヤと眠る麻理の背中辺りを摩ってみる。
「……麻理。そろそろ起きよー」
そう言っても、もちろん簡単には起きない。
それに起きたとしても、寝起きの悪い麻理を暫くあやさないといけないのだが……って、あれ? 珍しく麻理がすぐ起きた。
俺の上でうつ伏せになったまま、顔だけあげた麻理と目が合う。
「麻理、おはよ」
「……えっ!? き、きゃぁぁぁっ!」
寝ぼけているのか、いつもと少し寝起きの様子が違ったけれど、まぁ概ねいつも通りだ。
お昼寝から、寝起きにじたばたする麻理を落ち着くように抱っこするまでが一連の流れだし。なので、悲鳴を上げながら俺の上から降りようとする麻理の身体をぎゅっと抱きしめ、そのまま立ち上がる。
「はーい、麻理ー。起きる時間だからねー。抱っこするよー」
「わ、わたし……とのがたと、み、みっちゃくして……」
「おー、流石四歳になっただけあるねー。殿方とか密着だなんて、随分難しい言葉を知ってるねー」
幼稚園に入園したばかりだけど、クラスの中で一番誕生日の早い麻理は、年少クラスでお姉さんキャラらしい。
いや、もちろん家ではお兄ちゃん大好きな、可愛い妹なんだけど。
「あ、あの……は、はずかしいから、はなして……」
「あ、麻理ー。危ないから、離れようとしないで」
「ふえぇぇぇっ! ぎゅって、ぎゅってされたぁぁぁっ!」
「んー、何か今日の麻理は珍しいね。いつもは、起きたら『抱っこしてー!』しか言わないのにねー」
「ひゃわぁぁっ! てっ! てが、おしりにーっ!」
いつも通り左手で麻理のお尻を持ち上げ、右手で麻理の背中を支える抱っこの仕方なのだが、何故か今日はお気に召さないらしい。
そのまま暫く抱っこを続け、トントンと背中を叩いたりしているのだが、
「あ、あのっ……だ、だいじょーぶだからっ。お、おろして……」
「うーん、わかった。じゃあ、降ろすね」
少し大人しくなったので、麻理を床へ降ろす。
寝起きで体温が高いのはいつも通りだけど、いつもにも増して麻理の顔が紅い気がする。風邪でも引いてしまったのだろうか。何にせよ、幼稚園の制服のままという訳にもいかないので、着替えさせないと。
「はーい、じゃあ麻理はお着替えしよっか」
「えっ!? と、とのがたが……その、きがえを?」
「はいはい。早く、早く」
「えっ!? えぇっ!? きゃ、きゃぁぁぁっ!」
「どうしたの? って、こらー、麻理ー。下着姿で走り回っちゃダメって、いつも言ってるでしょー」
幼稚園のブラウスとスカートを脱がせた所で、麻理が黄色い声を上げながら逃げて行く。
うん、いつもの麻理だった。鬼ごっこが好きなのは構わないんだけど、下着姿とか全裸で笑いながら逃げて行くからなー。元気っ娘も良いけど、お兄ちゃんしては、もう少しお淑やかな妹でも良いんだよ?
「いやぁぁぁっ!」
「待て待てー。麻理ー、服を着るんだー!」
「いやぁぁぁっ! こないでぇぇぇっ!」
普段はグルグルと同じ場所を周り続けるだけなんだけど、今日は小さな身体でちょこまかと逃げ回り、いつもより必死な感じがする。
幼稚園に入園して、足が速くなったのだろうか? と言っても、四歳児の身体能力で高校生から逃げられるわけもなく。
「麻理、捕まーえたっ!」
「――っ!」
普段の鬼ごっこの様に、麻理を後ろから羽交い締めにして、ぎゅーっと抱きしめたのだが、麻理が無言のままだ。
いつもなら泣きのもう一回が入ったり、攻守交代で俺に逃げろって言ってくるから、じゃあ服を着たらね……って、着替えさせるんだけど。
本気で逃げていたからなのか、麻理が耳まで真っ赤にして、ハァハァと大きく肩で息をしたまま動かない。
不思議に思って、麻理の正面に回り込むと、
「ふわぁぁぁ……おにーちゃん? おはよー」
「へっ? あ、あぁ、おはよ」
「あれ? マリ、ふくをきてないよー? パンツだけー!」
ようやく麻理が動きだしたのだが、今までその格好で家中を走り回っていたというのに、何故か不思議そうにしている。
「あ、うん。じゃあ、お着替えしようか」
「えぇー、やだー。にっげろー」
「あ、待て待てー……って、これ、さっきもしたよね?」
「しらないよー? おにーちゃん、マリをつかまえてー」
先程の逃亡で疲れたのか、リビングの同じ場所をグルグルと回る麻理をゆっくり追いかけ、暫く鬼ごっこに付き合った後、ようやく着替えが完了したのだった。
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