第21話 ジュース

「リカだって!? リサどのでは、なかったのか!?」


 そう言うや否や、俺のすぐ横に居たレーナちゃんが走り出し、麻理を護るようにその前へと立つ。

 リカと言えば莉紗ちゃんの双子の妹で、彼女たちの国を襲った張本人だという話だけど、正面から向き合う二人の莉紗ちゃんのどちらが本当の莉紗ちゃんか区別出来ない。


「きたれ、クラウ・ソラス!」


 一方で、レーナちゃんも長い棒を取り出すものの、戸惑っているように見える。多分、理由は俺と同じなのではないだろうか。

 レーナちゃんが一緒に居たのは十四歳の莉紗ちゃんのはず。親姉妹でも無いのに、服装以外に違いの無い幼い双子を見分けるなんて、至難の技だ。

 だが、この状態をメイド服姿の莉紗ちゃんが破る。


「ふむ、ひかりのけんクラウ・ソラスね。だけど、そんなぼうきれで、なにができるのかしら。……やみにのまれなさいっ! きたれ、バブドっ!」


 バブドって何だろう? そんな事を思いながら、手を麻理に向けるメイド服の莉紗ちゃんを見ている俺とは対照的に、レーナちゃんと普段着の莉紗ちゃんが顔を引きつらせる。

 おそらく、何か恐ろしい魔法だったのだろう。二人とも自らの顔を覆うように、手で顔を護っている。


 ……


 いや、もちろん何も起こらないよ?

 俺の部屋では、どうしてバブドが現れないのかと、リカがムキになってバブドバブドと連呼していて、一方莉紗ちゃんはそのリカの姿を気まずそうに見ている。

 そして、これでメイド服姿の莉紗ちゃんが、夜の魔女リカだという事がはっきりした。どうやら、公園での行動はごっこ遊びなどではなく、全て本気だったわけだ。


「ど、どうしてっ!? このおとこも、いちどしんだはずなのに、いきかえったし。なにがどうなっているっ!?」

「いや、あれはごっこ遊びというか、演技というか。とりあえず、俺は死んでないんだけどさ」

「えぇっ!? どうしてっ!? からだがよんさいだとしても、なかみはそのままなのにっ!?」


 リカが泣きそうな顔で俺を見上げ、「どーして!?」と服の裾をひっぱり続けるのだが、それこそ俺に聞かれても困るんだけどさ。そもそも、この世界には魔法が存在しないしね。


「すきありぃっ!」


 と、リカが俺を見上げているので、その背後から大上段に棒を構えたレーナちゃんが飛び込んでくる。

 飛び込んだ勢いに併せ、振り下ろされた棒がリカの後頭部に迫り、


――パシッ


 頭へ直撃する前に、俺が手で受け止める。


「おにいさま!? どうして!?」

「レーナちゃん。前にも注意したよね? 長い棒を振り回しちゃダメだって。しかも、お友達を叩こうとしたでしょ」

「えっ!? いや、だって、そいつはよるのまじょで……」

「レーナちゃんや莉紗ちゃんに複雑な事情があるのは聞いているけど、今はこの子に凄い力は無いよね」


 レーナちゃんと莉紗ちゃんが目を丸くして驚いているけれど、もうリカが魔法を使えない事は明白だ。だったら、もうこの子を懲らしめる必要なんてない。今や、ただの四歳児なんだから。


「莉紗ちゃん。この子は双子の妹なんだよね。仲良くとまではいかなくても、せめて姉妹で戦うような事は避けられないかな」

「……そ、そんなことをいわれても、こまりますの」

「頼むよ。俺としては、莉紗ちゃんみたいに可愛い女の子が、姉妹で争うなんて見てられないんだ。莉紗ちゃんには、笑顔の方が絶対に似合うしさ」

「か、かわいい……ですのっ!?」


 幼稚園児という可愛い盛りの子供が喧嘩なんてしないで欲しい。まして、腕白な男の子ならまだしも、みんな女の子なんだしさ。

 何故かは分からないけれど、莉紗ちゃんとリカが、えへへ……と照れながら、ニコニコと笑顔を向けてくる。そうそう、みんな笑顔でハッピーが良いよね。

 だがそこへ、


「はなれてください! おにいさま! このレーナは、ひめさまのため、くにのため、そやつをたおさなければならないのです!」


 再びレーナちゃんが棒を手に飛び込んできた。


「だから、棒は危ないからダメだってば。もー、仕方がないなー。麻理、手伝って。レーナちゃんにくすぐり攻撃だっ!」

「はーいっ! かくごしろーっ!」

「えっ!? ちょ、ちょっとまってくださ……お、おにいさまっ! むねからてをはなし……ひ、ひめさまっ! そ、そんなところ、さわってはいけま……やっ、らめぇーっ!」


 ……


 レーナちゃんの動きを封じつつ、俺と麻理とでレーナちゃんが棒を離すまでくすぐり続けたのだが、この前の公園でくすぐった時よりもレーナちゃんが耐えてしまったので、くすぐる時間が延びてしまい、レーナちゃんも床の上でピクピクとノビてしまっている。


「お、おそろしい。あんな、ほうけたかおを、さらすことになるなんて。あれなら、パンツをさらすほうが、まだマシかも」

「で、ですの。きれいなかおのレーナさんだから、ギャップがすごいことになっていますの」

「わたしなら、もういきていけないかも」

「くっ、ころせ……とでもいいたくなりますの」


 笑顔だった姉妹が一転して、怯えた表情になってしまった。レーナちゃんの棒を外へ出す事が出来たものの、やはり対幼児必殺技の発動による代償は大きかったようだ。

 暫く待って、いつものレーナちゃんへ戻ったところで、部屋の扉がノックされると共にトレイを持った香奈さんが入ってきた。


「今日は麻理のお友達がいっぱいねー。はい、クッキーとジュースよ。みんなで食べてね」

「ママ、ありがとー。いっただっきまーす」


 部屋の真ん中に置かれたクッキーを皆で食べ、オレンジジュースを飲み……って、あれ? 何の話をしてたんだっけ?


「えーっと、ところでリカちゃん……良いのかな? どうしてここへ来たの?」

「そうですの。むすうにある、せかいのなかから、どうやってリカはここへきたんですの?」

「うむ。しかも、リサさんとおなじく、おさないすがたで」


 いや皆と一歳しか違わないだけで、レーナちゃんも十分幼いんだけどね。

 空気を読んでそれは口に出さないでいると、リカちゃんがジュースで口の中のクッキーを流し込み、ようやく口を開く。


「つかいまたちを、さまざまなせかいへおくりつけたものの、まったくみつからない。やみくもにさがしてもダメだとかんがえ、てがかりをさがしていると、しろのちかしつで、みたことのないそうちをみつけた」


 うん。どこかの世界のどこかに居る人を闇雲に探すのは無謀な気がするね。多分だけど、城の地下室で見つけたという見たことの無い装置が、レーナちゃんや莉紗ちゃんが使ったと魔法装置なんだろうな。


「それがなにか、わからなかったけど、そのまま……きどう……」

「起動させたら、この家に居たの?」

「う、うん……」


 何だ? 先程までいきさつを説明していたリカちゃんが、突然押し黙ってしまった。何か他に言いたい事でもあるのだろうか。下を向いて、モジモジと何やら下腹部の辺りを気にして、


「って、リカちゃん。もしかして、トイレ?」

「う、うん。もれそう……」

「ちょ、ちょっと待った! 少しだけ我慢してっ!」


 リカちゃんを抱きかかえると、大急ぎで部屋を出て、廊下をダッシュ。そしてトイレに掛け込むと、床へ降ろしたリカちゃんのスカートをパンツごと一気にずり降ろす。

 流れるような動作でそのまま抱きかかえ、子供用便座の上に座らせ――間に合った。


「ふー、良かった良かった」


 部屋の中が大惨事にならなくて良かったと一人安堵していると、何やら視線を感じる。何と言うか、公園でサキちゃんのお母さんから受けた冷たく痛い視線ではなく、もっと異質で熱い感情が籠った視線だ。

 そして、それは俺のすぐ傍、正面のすぐ真下から来ている気がする。恐る恐る視線を下へ動かすと、上半身は白いシャツに包まれているけど、下半身全てを露わにしてしまっているリカちゃんが、顔を真っ赤に染めてプルプルと震えながら俺を睨んでいた。

 えーっと、ついつい麻理のノリで来ちゃったけど、中身は十四歳の乙女なんだっけ。


「…………この、へんたぁぁぁーいっ!」


 家中にリカちゃんの怒りの声が響いたのだった。

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