第22話 パンツ

 俺の目の前に、便器へ座りながら怒っている幼女が居る。

 いや、うん。きっと俺が悪いというか、デリカシーに欠けていたんだろうな。公園ではスカートを脱がしてパンツを晒し、今は緊急事態とはいえパンツまで脱がしてしまった。

 そういう訳で、脱ぎっぱなしになっているリカちゃんの黒いスカートと水玉模様のパンツのすぐ横、トイレの床で正座させられていたりする。


「えーっと、すみませんでした」

「やだっ! ゆるさないんだからっ!」


 怒ってる。凄い勢いで怒ってる。けど、場所を変えるか、とりあえずパンツだけでも履いてくれないだろうか。


「あやまるきがあるなら、めをそらさないのっ! ちゃんと、わたしをみてっ!」

「いや、その……今の状態でリカちゃんを凝視するのも、ちょっと」

「なにをいっているの!? ほんとうに、わるいとおもってるの!?」

「うん。本当に悪いと思ってるから……わぁぁぁっ! 立ち上がっちゃダメだぁぁぁっ!」


 どうやらリカちゃんは仁王立ちが好きらしい。公園の石の上でもやっていたけれど、便器の上に立ちあがると平らな胸を逸らし、


「じゃ、じゃあさ。せきにんとってよね」


 とてつもない事を言い出した。

 い、いや、確かに十四歳の女の子相手なら、それくらい言われても仕方が無い様な事かもしれないけどさ。見た目、四歳だよ? 幼稚園児だよ?

 その理屈で行くと、昨日一緒にお風呂へ入った莉紗ちゃんなんて、どうなるのさっ!


「せ、責任って、どういう事? まさかとは思うけど、結婚しろって事!?」

「ちがうわよっ! いっぱいひどいことしたんだから、せきにんをとって、このいえでやしなってよねっ!」

「いや、酷い事って……あ、うん、ごめん。け、けど、この家で養ってっていうのは、どういう意味?」


 そう聞くと、リカちゃんがストンと便器へ腰掛け、口を開く。


「だって、このせかいでは、まほうがないんでしょ? まほうのちからのうむだけで、みぶんがきめられたりしないんでしょ? だったら、わたしがこわすひつようもない。すてきな、せかいじゃない」

「リカちゃんが元居た世界では、魔法が使えるかどうかだけで、身分が決まっていたの?」

「うん。きぞくや、おうぞくはれいがいだけど、まほうがつかえないっていうだけで、さげすまされたりするの。わたしは、そんなせかいがいやだった。だから、まほうのちからをえたとき、ひめさまのちからをうばって、あのせかいをこわそうってきめたの。すべてをてきにまわしてでも」


 この世界には存在しない魔法。使えたら格好良いし、便利そうだなって思ってたけど、それが当たり前の世界では、それが原因となる問題が発生するのか。一人の少女が、世界中を敵に回してでも壊したいと思う程に大きな問題が。


「そういうことでしたの。それが、よるのまじょだなんて、リカがなのりだしたりゆうでしたの」

「リサ! きいてたの!?」

「だって、おおきなひめいでしたの。だれだって、ようすをみにきますの」


 突然耳に届いた莉紗ちゃんの声で振り向くと、そこにはレーナちゃんと麻理の姿もあった。そして、麻理が一歩前へと近づくと、


「リカ。わたしたち、おうぞくのちからぶそくで、ごめんなさい。まほうによる、かくさがおおきくなっていることは、くにでもとりあげていたんだけど、まだかいぜんに、いたっていなくて」

「えっ!? ひめ……さま?」

「えぇ。いまのわたしは、マリアです。マリさんは、おなかがいっぱいになって、ねむくなっちゃったみたいで」


 麻理ではなく、マリアとして口を開く。どうやらリカが危惧していた問題は、解消してはいないものの、国の問題として取り上げられているらしい。


「ですから、もうすこし、まってください。いつかかならず、まほうによるかくさを、なくしたせかいにしてみせますから」

「ひめさま……すみませんでした」


 リカちゃんが便器から降りると、マリアに向かって深々と頭を下げる。もう、マリアたちが夜の魔女から逃げる必要もないのだろう。

 魔法が存在する世界には、他にもいろいろと難しい問題があるのだろうけど、この『夜の魔女』の問題を解消したように、いつかきっと他の問題も解消されていくはずだ。

 と、自分の頭の中で一生懸命真面目な事を考え、余計な事を思わないようにしていたのだが、


「あの、リカどの。とりこみちゅう、もうしわけないのだが、とりあえずパンツくらいはいたほうが、よいとおもうのだが」


――ぴしっ


 レーナちゃんの一言で、穏やかな空気がぶっ壊れた気がした。


「だぁぁぁっ! せっかく空気を読んで、黙ってたのにー!」


 うちの家のトイレはそんなに広くない。むしろ狭いのだが、そんな場所に正座させられている横で、ノーパンのリカちゃんが深々と頭を下げている。

 えぇ、それはもう剥き出しのお尻が俺に当たってますよ。茹で卵みたいに、ツルツルですよ。けどな、俺はロリコンじゃ無いんだよっ! シスコンなんだよっ!

 心の中で思いっきり弁解の言葉を叫んでみたものの、


「…………ばかぁぁぁっ!」


 再び至近距離で、リカちゃんの大きな悲鳴を聞く羽目になってしまったのだった。

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