最終話 莉歌
「あら、皆トイレに集まってどうしたの? ……莉歌ちゃん、スカートはちゃんと履きましょうね」
レーナちゃんに指摘され、リカちゃんがパンツを履き終えたところで香奈さんがやってきた。
「あれ? 香奈さん。どうして、リカちゃんの事を知っているの?」
「どうして……って、直樹君も聞いていたでしょ? うちで莉歌ちゃんを預かる事になったって。直樹君の従兄妹に当たるから、仲良くしてね」
そう言って、何事も無かったかのように香奈さんがリビングへと戻って行く。
あれ? うちで預かる事になったのって、莉紗ちゃんの事じゃなかったっけ? どうして、リカちゃんと入れ替わってるの!?
俺と同じ事を思った様で、莉紗ちゃんが不思議そうな表情で小首を傾げる。
「あ、リカ。あなた、まほうそうちをつかったってはなしだったけど、てんいごのじょうけんを、ちゃんとかえましたの?」
「てんいごのじょうけん? なに、それ?」
「あー、そういうことですか。なるほど。ですが、リカどのには、ちょうどよいのかもしれませんね」
「ちょ、ちょっと。みんな、どうしたの? ちゃんとおしえてよっ!」
莉紗ちゃんとレーナちゃんの話によると、莉紗ちゃんの記した『藤本直樹と一緒に居る女の子の従姉妹で居候』という設定をそのままに、リカちゃんが魔法装置を起動させたのだろうと。
なので、莉紗ちゃんのポジションを上書きする形でリカちゃんが従姉妹で居候する事になったのだろうと。
「えーっと、つまり、わたしはこのせかいでくらせるのね?」
「そうみたいだね。けど、本当に良いの?」
「うん。いろいろとりゆうをはなしたけど、わたしがむこうのせかいにめいわくをかけたのはじじつ。もどらないほうが、むこうのせかいのひとたちも、あんしんするでしょ」
先程、この家で養って欲しいと言ったのは、どうやら本気らしい。それに、今は幼い女の子だけど、一時は魔女として国を壊そうとした程の力の持ち主なんだ。
戻らない方が、向こうの世界の人々が安心するというのも間違っては居ない気がする。
「そう、リカはこっちへ残るんですの。でも、リカにとっても、そのほうがよいかもしれませんの」
「そうなの? 別に、うちへ住むのがダメってわけじゃないけど、どうして?」
「ざんねんながらリカどのは、くにをほろぼそうとした、だいはんざいしゃ。もどれば、いのちのほしょうができない」
あ、そうか。ここに居るのは、マリアとレーナちゃん、莉紗ちゃんのみだけど、向こうの世界にも警察みたいな組織があったりするわけか。
いくらリカちゃんが改心したと言っても、やってしまった事が大き過ぎるから、異世界とはえ、普通に過ごせるだけでも恩赦と言えるのかもしれない。
「そういうことですの。おにいさん、リカをよろしくおねがいいたしますの」
「あぁ、任せてよ。けどリカちゃんがそっちへ行けないのなら、時々で良いから会いに来てあげてね。姉妹なんだから」
「……では、おふたりのけっこんしきになら、まいりますの」
「けっ!? リサっ! いきなり、なにを……」
リカちゃんが顔を真っ赤にして俯いてしまった。いやいや、流石に十二歳も歳が離れた夫婦だなんて……あれ? 俺のすぐ傍にそんな夫婦が居る気がするけど……まぁ気にしないでおこう。
「では、わたしたちは、もとのせかいへかえります」
「えっと、どうやって帰るの?」
「はい、まずまほうのつかえるわたしが、きかんまほうでもどります。あとは、ひめさまとリサどののせっていを、キャンセルするだけです」
「そっか。じゃあ、これで本当にお別れかな」
「えぇ。おにいさま、おげんきで。おせわになりました」
レーナちゃんが片膝をついて頭を下げた直後、その姿が掻き消える。
「にいさま。かくまってくださって、ほんとうにありがとうございました。マリさんにも、かんしゃしきれないほど、かんしゃしています」
「いや、マリアちゃんには、ほとんど何もしてなくて、ごめんね」
「いえ、ひとりっこのわたしに、あにができたようで、うれしかったです」
「でも、そうは言っても、麻理が夢を見ている間しか行動出来なかったよね?」
「そうですね。わたしがはなせるのは、そのときだけですが、でもマリさんがおきているあいだは、おもてにでないだけで、わたしもちゃんとおきてるんですよ」
ん? んんっ!? それはどういう意味だろう。何となく、嫌な予感がするんだけど。
「なので、その……にいさまがマリさまをだきしめたり、ごはんをたべさせてあげたりしていたときも、マリさんをとおして、すべてたいけんしてたんです。だから、その……いっしょにおふろへはいったことも……きゃっ!」
「ちょ、ちょっと待って! どうして、そこで顔を紅らめるのさっ!」
「とにかく、たのしいときをすごさせていただきました。ありがとうございます」
そう言うと、不意にマリアがキョロキョロと周囲を見渡す。
「おにーちゃん、だっこー」
「えーっと、これは……麻理だな」
「マリはマリだよー。それより、だっこー」
いつも通り俺を見上げながら、麻理が両手を大きく広げる。その小さな身体を抱きかかえると、
「では、さいごはリサですの。リカ、おにいさんやマリさんに、めいわくをかけては、いけませんの」
「そんなの、わかってるわよ。だいじょうぶなんだからっ」
「そうそう、おにいさん。いいわすれていましたの。リカはリサとちがって、いっさいかじができませんの。ちょうドジっこなので、がんばってほしいですの」
「えっ!? 超ドジっ娘って言われても。メイド服を着てるのに!?」
そう言ってリカちゃんを見てみると、メイド服? なにそれ? とでも言いたげに、キョトンとしている。
いや、そもそも四歳児に家事を期待しないけどね。
「リカは、ただカワイイから、きてただけだとおもいますの。しょうらいのために、おにいさんががんばって、かじをおしえてほしいですの」
「いや、将来のためって、どうして結婚する前提なんだよ」
「あら、だれもそんなこと、いっておりませんの。リカがしょうらいじりつするために……という、つもりでしたが、それでもリサはかまいませんの。おしあわせに、ですの」
そう言うと、俺に訂正する機会すら与えず、莉紗ちゃんの姿が掻き消え、俺に抱っこされる麻理と、何故か頬を紅く染めたリカちゃんの三人になってしまった。
「凄いね。本当に魔法だったんだね」
「えぇ、もちろん。まぁわたしは、もうかんけいないけどね」
「あれー? フェミイエローは、どこにいっちゃったのー? それにリサちゃんも、ちょっとちがうー」
「あぁ、レーナちゃんと莉紗ちゃんは、おうちに帰ったんだよ。今日から、リカちゃんと一緒に暮らすからね」
そう言うと、麻理をリカちゃんの前に降ろし、改めて挨拶をしようとして、
「おにーちゃん。だっこ、だっこー」
「えぇー、挨拶くらいしようよー」
「でも、マリはだっこがいいのー」
寝起きの麻理に勝てず、再び抱き上げる。って、そうだ。
「えっ!? ちょっと、なにを!?」
左腕で麻理を支えながらしゃがみ込み、右腕でリカちゃんを抱っこする。
「じゃあ、今日から藤本家で一緒に暮らすリカちゃんだよ。麻理もごあいさつ」
「えーっと、よろしくねー」
「こ、こちらこそ。マリちゃんに、えーっとナオキさん?」
「いや、流石に直樹さんって呼ばれると違和感があるんだけど。そこは、おにーちゃんで良いんじゃない?」
「えー、おにーちゃんは、マリのおにーちゃんだもんっ!」
そう言って、麻理が俺の顔に抱きついてきた。どうやら、おにーちゃんと言う呼び方は麻理専用らしい。
「じゃあ、お兄さん? でも、これも少し硬いかな? 流石にお兄様は違う気がするし」
「え、えっと。じゃあ、にいちゃん……ちがうなー。にぃ……にぃにで! これから、よろしくね。にぃに!」
「にぃに……ちょっと新鮮かも。そんな呼び方された事ないし」
リカちゃんからの呼ばれ方が決まったところで、香奈さんが部屋に来た。
「みんな、ごめん。晩御飯なんだけど、炊飯器のスイッチ押すの忘れちゃってて。悪いんだけど、先にお風呂へ入っててくれる?」
「うん、いいよー。おにーちゃん、リカちゃん。おふろいこー」
「よし、じゃあお風呂へ行こうか」
「……えぇぇぇぇぇーっ!」
三人一緒にお風呂へ入る事となり、またもやリカちゃんの叫び声が響き渡るのであった。
完
お姫様4歳 向原 行人 @parato
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