第20話 水玉模様

 麻理が困った表情をしているが、莉紗ちゃんが俺を倒す演技をしてしまった以上、合わせるしかないか。

 演劇の経験は無いので莉紗ちゃんの様に上手くはないけれど、まぁ一先ず死んだ感じにしておけば良いだろう。


「う……ぐはぁっ!」


 いや、うん。我ながら下手な台詞だとは思うよ? でも何もしない訳にもいかないし……って、しまった。死ぬ設定に合わせちゃったけど、莉紗ちゃんから手を離すと危ないし、かと言って死んだ役が立ったままってわけにもいかないか。

 ごっこ遊びだけど、参加してしまった以上はそれなりの事をしないとダメだよね? 特に麻理や莉紗ちゃん、サキちゃんなんかは全力で遊んでるし。

 台詞を言った直後に、どうするべきかもの凄く考えた結果、莉紗ちゃんの腰を押さえたまま、身体だけ石の上に突っ伏すという事にしてみた。一先ず莉紗ちゃんが落ちないようにしつつ、莉紗ちゃんの魔法で死んでしまったという状況を表すためだ。

 そして、腰を持ったまま石の上に倒れ込むと、


――シュッ


 俺の頭のすぐ傍で、何かが擦れるような音がしたかと思うと、ファサっと柔らかい何かが俺の頭に覆い被さった。

 だが俺の疑問が解消される前に、莉紗ちゃんがごっこ遊びを進めていく。


「ふふふっ。どうやら、あまりのショックに、こえもでないようね。ぜつぼうに、うちひしがれなさいっ!」


 石に突っ伏しているので状況はわからないけど、おそらく莉紗ちゃんが麻理に向かってポーズを決めているのだろう。後は、麻理たちフェミピュアが力を合わせた必殺技を放って終幕といった所だろう。とにかく俺は、それまで待っていれば良さそうなのだが、


「お、おにいさま。さすがに、それはかわいそうかと」


 思っていたよりも近くからレーナちゃんの声が聞こえてきた。

 お兄様と言っているので俺に対しての言葉だと思うけど、一体何の話だ? けど、この状況を放っておくのもどうかと思ったので、上半身を起こしてみたのだが、


「あれ? これは何だ……?」


 俺の顔に黒い布が掛かっていて何も見えない。

 仕方なく莉紗ちゃんの腰から片手を離して布をどけると、視界へ白に水玉模様が浮かんだ丸い膨らみが飛び込んでくる。その柔らかそうな膨らみには、真ん中に境目があり、肌色の細い棒が二つ生えていた。


「ん? なにか、スースーするわね?」


 莉紗ちゃんの言葉と共に視界の中へ小さな手が現れ、何かを探すように動く。

 何となく嫌な予感がして、更に上を見上げると、莉紗ちゃんの大きく見開かれた瞳と目が合う。


「………………きゃあぁぁぁぁっ!」


 どうやら俺は、死んだ演技の際に莉紗ちゃんのスカートを足元までずり降ろしてしまっていたようで、公園中に響き渡ったのではないかと思えるほど大きな悲鳴を耳元で聞く事になってしまった。


「どうしてっ!? あなたは、やみのまほうでしんだはずなのにっ! どうしていきているのっ!?」

「いや、莉紗ちゃん。とりあえず、その設定はもういいから、早くスカート履いてっ!」


 慌てて莉紗ちゃんのスカートを上げると、ごっこ遊びが終わった事を告げるように、その小さな身体を抱き上げて石の上から降ろす。

 すると、集まっていた子供たちも終わりだと分かったのか、それとも興醒めしてしまったのか、周囲で見守っていたお母さんの元へと戻って行く。


「もー、おにーちゃん。リサちゃんのスカートぬがしちゃダメだよー」

「ごめんごめん。ちょっと失敗しちゃった。莉紗ちゃんもゴメンね」

「こんなくつじょく……ひどい」


 どうしよう。莉紗ちゃんが泣きそうな表情で俺を睨んでいる。一生懸命宥めているのだが、俺を睨む表情は緩んでくれない。


「リサちゃん。おにーちゃんも、ゴメンっていってるから、ゆるしてあげてー」

「リサどの。きもちはわかるが、ここはおんびんに」


 麻理とレーナちゃんも説得に加わったけど、様子に変化はなかった。

 あ、そうだっ!


「ほら、莉紗ちゃん。ちょっとだけ、お口を開けて……どう? 美味しい?」

「……うん」


 レーナちゃんが泣いてしまった時にも使ったイチゴ味の飴を口に含ませると、少し表情が和らぐ。


「そうそう、今日はリンゴジュースもあるよ」

「あー、マリもほしいー」

「大丈夫。ちゃんと麻理の分も、レーナちゃんの分もあるから」


 昨日の莉紗ちゃんに倣い、今日は紙パックの小さなジュースを持ってきた。

 ストローを刺して莉紗ちゃんにあげると、何故か物珍しそうにそれを眺め、麻理が飲み始めると、ようやく莉紗ちゃんもストローを口にする。


「おいしい」


 莉紗ちゃんがジュースへ夢中になり、やっと笑顔が見えたので安堵したのだが、すぐさま莉紗ちゃんとは別の視線を感じた。周囲をキョロキョロと見渡すと、俺を白い目で見ながらスマホで喋っているお母さんが居て、そのすぐ傍にはサキちゃんが立って居る。


「……そうなんです。高校生くらいの男の子が、突然小さな女の子のスカートを降ろしたあげく、今は飴やジュースで餌付けしてるんですよっ! これって絶対ロリコンの変態ですよね? えぇ、そうなんです。今すぐ来てくださ……」


 って、ちょっと待て! 風に乗って聞こえてきたこの言葉と、俺を視る冷たく白い眼差しって、まさか!?


「待ってくださいっ! 違うんですっ! 変質者とかじゃないんですっ! この子はうちで預かっている従兄妹で、それにこっちは妹とその友達で……とにかく誤解なので、通報しないでくださいっ!」


 慌てて駆け寄り、必死で事情を説明してきた。それはもう、お母さんに縋る勢いでだ。

 幸いにも、このサキちゃんのお母さんが麻理の事を知っていて、会話していたのも警察ではなく香奈さんだったのと、麻理が俺の事を本当の兄だと説明してくれたおかげで、俺の社会的抹殺は何とか逃れる事が出来た。

 でも、俺と麻理との年齢差を考えると、多分これまでも麻理やレーナちゃんと遊んで居る時は、ご近所のお母様方から白い視線を向けられていたんだろうな。

 そんな事をしみじみと思いながら、不機嫌そうな莉紗ちゃんの手を引いて帰路へと就くと、早速レーナちゃんがついてきた。まぁ家が隣だし、麻理の幼馴染みという事になっているから、あまり遅くならなければ問題ないだろう。


「直樹君、おかえり。サキちゃんのお母さんには私からも言っておいたけど、災難だったわね」

「いえ、仕方ないと思います」


 玄関で出迎えてくれた香奈さんに苦笑された後、麻理たちを連れて自室へ行くと、


「もー、おにいさん。いったい、なにをしているんですの? こうえんで、おんなのこのスカートをぬがすなんて、へんたいですのっ!」


 メイド服姿ではない、ボーダー柄のワンピースを纏った莉紗ちゃんが呆れ顔で待って居た。


「いや、スカートが脱げたのは故意にやった訳じゃなくて……って、莉紗ちゃんっ!? えっ!? どうしてここにっ!? それに、その服は?」

「どうしてって、マリさんのおかあさんが、らいしゅうのえんそくにメイドふくはダメだと、つよくおっしゃるので。しかたなく、いっしょにおかいものへいって、かえってきたら、だれもいないですの。なので、おにいさまがかくされていた、えんばんもふくめて、へやをおそうじしておきましたの」

「いや、円盤だなんて何の事だか……あ、タイトルとか言わなくていいから。いや、ホントすみません……って、そんな話じゃなくてさ。じゃあ、今まで俺たちと一緒に居た莉紗ちゃんは……?」


 俺の言葉とほぼ同時に、メイド服姿の莉紗ちゃんが部屋に入ってきた。

 二人を見比べてみたものの、服装以外にほとんど違いは無い。

 だが、部屋に居た莉紗ちゃんは俺と異なる反応を見せる。


「どうして……どうして、あなたがここにいるんですのっ!? リカっ!」

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