第11話 はだかエプロン

――どうしてこうなった。


 詳しい理由も聞けぬまま、幼い莉紗ちゃんを預かる事になったとだけ言われ、一先ず学校の制服を着替えようと自室へ戻った時、真っ先に脳裏へ浮かんだ言葉がそれだった。

 高校一年生という思春期真っただ中にあり、おまけに歳が近過ぎる事もあって、香奈さんは料理や洗濯といった家事はしてくれても、俺の部屋の掃除だけは避けてくれている。

 といか、俺の洗濯ものもリビングに纏められているだけで、基本的に香奈さんは俺の部屋に入る事は無い。だから、多少散らかってはいるものの、どこに何があるかを自分自身で全て把握した完璧な状態の自室だったのに、それが崩されていた。

 フローリングの床にはゴミ一つ落ちていないし、本棚に目をやれば教科書はもちろん、漫画やラノベに至るまでレーベル別、作者別で綺麗に並べられている。これはまさか――


「あ、おにいさんがかえってくるまえに、リサがおかたづけをしておきましたの」

「おにーちゃん。マリも、マリもー。おてつだい、えらい?」


 麻理と莉紗ちゃんが、褒めて褒めてと、満面の笑みを浮かべて見上げてきた。


「え!? あ、うん。二人とも、ありがとう」

「ほめられましたの」

「えへへー、おにーちゃん。ほかにも、おてつだいないー? マリ、よんさいだから、おてつだいするのー」

「そ、そうだね。あ、じゃあ、このお弁当箱を、ママに渡して来て」


 そう言って、鞄から取り出した弁当箱を麻理に渡すと、嬉しそうに部屋を出て行く。

 その間に着替えを済ませてしまおうと、クローゼットを開けると、中に入れている服までもが綺麗に畳み直されている。


「げっ! ま、まさか……いや、でも四歳ならアレが何か分からないはず……」

「おにいさん。おさがしのものは、つくえのうえですの」

「あ、ホントだ。捨てられてなくて良か……えぇっ!? り、莉紗ちゃん!? いつからそこに!?」


 声に驚いて振り返ると、勉強机のすぐ傍にメイド服姿の莉紗ちゃんが立っていた。

 先程と同様に満面の笑みを浮かべながら、女児が触れるべきでは無い物を指さしている。


「さいしょからですの。あ、だいじょうぶですの。ほんとうのリサは、じゅうよんさいですから、クローゼットにかくされていたエッチなほんをみても、きにしませんの」

「うわぁぁぁっ! いや、あのこれはね……そ、そう。俺は美術部だからさ、絵を描く時に服を着ていない人を見て、身体の造りを考えるための資料なんだ」


 あれ? 俺は一体、何を口走っているんだろう。四歳児相手に美術部だなんて言っても伝わらないし、そもそも帰宅部だし。

 って、それより今、莉紗ちゃんが変な事を言わなかったか? 本当は十四歳だとか。


「おにいさんは、えをかくのがしゅみですの? では、せんえつながら、リサがひとはだぬぎますの。どうぞ、れんしゅうにつかってくださいですの」

「えっ!? ちょ、莉紗ちゃん!? どうしてスカートを脱ぐのっ!?」

「おにいさまが、はだかのひとのえをかくのが、しゅみだとおっしゃっていましたの」

「いや、俺は裸の人を描きたいんじゃなくて、見たい……って、何を言っているんだ!?」


 今の状況が理解出来ず、パニックになっていると、いつの間にか莉紗ちゃんがエプロンを外さずに、黒いスカートだけを脱ぎ終えていた。


「え、何これ。いや、マジでどういう状況なの!? とりあえず、莉紗ちゃんはスカートを履いて。いや、パンツ脱がなくて良いからっ!」

「……うふふ。じょうだんですの。それに、おにいさんはメイドふくよりも、わふくがすきだって、しってますの」


 和服というか、巫女装束って言うんだよ……って、中身まで見られてるーっ! 莉紗ちゃん、これ以上はやめて。もう俺の心が挫けそうだから。

 思わずその場で土下座したい気持ちになりながらも、その薄い本を回収しようとしたところで、


「そうそう、直樹。言い忘れてたけどな……って、お前まだ着替えてなかったのか?」


 父さんがノックもせずに部屋へ入ってきた。


「な、何か用?」

「ん? あぁ、さっき言い忘れたけど、莉紗ちゃんは父さんの弟の娘だから、直樹からすると従兄妹に当たるかな。だから、仲良くするように」

「従兄妹!? いや、それより父さんに弟がいるなんて初耳だよ!?」

「そうか? 何回かは会った事があると思うんだが……まぁいいか。詳しい事は控えるが、まぁその、なんだ。父さんの弟にいろいろあってな。とりあえず、察してくれ。それだけだ」


 そう言うと、父さんが部屋を出て行く。

 良かった。珍しく真面目な話で、机の上の本には気付いていないようだ。一先ず目的の物を手に取り、そこでようやく気付く。

 スカートを脱いで、下半身だけ裸エプロンみたいな姿になっていた莉紗ちゃんが、いつの間にか元のメイド服姿に戻っている事に。


「莉紗ちゃん。いつの間に着替えたの? 麻理と同い歳とは思えない程の早着替えだけど」

「リサはマリアさまとおなじ、じゅうよんさいですの。からだはこどもになっていますが、いしきはちがいますの」

「マリア様? んーと、麻理の事? 麻理は莉紗ちゃんと同じ四歳だよ?」

「いえ、マリさんではなく、マリアひめのことですの。マリさんのなかに、はいっていますの」


 マリア姫? 麻理の中に入っている? これもフェミピュアの話だろうか。でも、そんな設定は無かった気がする。

 でも、何だろうか。どういうわけか、何となくだけど、こんな話を知っている気がして、莉紗ちゃんの言葉を一笑に付す事が出来ない。


「えーっと、一応もう一度確認するけど、莉紗ちゃんが実は十四歳で、麻理の中にマリア姫っていう女の子が入っているの?」

「そうですの……って、しんじているかんじでは、ないですの」

「まぁ、そんな魔法みたいな事を言われて、信じるも何も。ただ、莉紗ちゃんが四歳とは思えないくらい、お姉さんだとは思うけどね」


 レーナちゃんもそうだけど、莉紗ちゃんもお話を考えるのが好きなようだ。ただ二人とも、妄想と現実とが混ざっている所があるけど。

 そんな事を考えていると、莉紗ちゃんが何かを閃いたように、顔を輝かせる。


「そう、まほうですの。リサは、おおきくなってからつかえるようになりましたが、レーナさんはおさないころからつかえますの。レーナさんにまほうをつかってもらえば、しんじてもらえますの」


 えーっと、莉紗ちゃんは大きくなってから魔法が使えるようになったけど、レーナちゃんは幼い頃から魔法が使える? いやもう、何を言っているか分からないよ?


「おにいさん。レーナさんに、あいにいきますの。いっしょにいきますの。だから、はやくきがえますの」

「ちょっ! 莉紗ちゃん! ズボンを引っ張らないでっ! 自分で脱ぐから! 変なところ触らないのっ!」

「おにーちゃん、たっだいまー。むこうでママのおてつだいもしてきた……リサちゃんと、なにしてるのー? マリもするー!」

「二人とも、やめなさーい」


 莉紗ちゃんが俺のベルトを外そうとして、そこに麻理も加わる。

 だが、脚にしがみつく幼稚園児二人を無理矢理引き剥がす事も躊躇われ、強く怒る事も出来ない。

 何とか、一人で着替えた方が早いと説得したのだが、だったらどれだけ早いか見せてと、二人の前で早着替えを披露する事になってしまったのだった。

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