第14話 異世界転移魔法

「なるほど。おにいさまは、ひめさまがのことを、ゆめだとおもっていたんですね」


 俺の言葉で何か納得したのか、レーナちゃんが大きく頷く。

 思い返せば、レーナちゃんは昨日出会った時から、麻理の事をずっと姫様と呼んでいる。なので、俺たちが麻理の中に姫様が居る事を認識しているという前提だったのだろう。


「あ、そうだ。レーナちゃんに聞きたかったんだけど、俺は昨日初めてレーナちゃんに会ったよね?」

「はい。そのとおりですが、なにか?」

「やっぱりそうか。いや、レーナちゃんとは会ったばかりだというのに、俺たちの親は昔から知っている風に話すから、どうしてかなと思って」

「それはですね。このせかいへくるときにつかった、まほうそうちのちからです」

「この世界へ来る時に使った魔法装置? どういう事?」


 何となくだけど、レーナちゃんに初めて会った時、そんな事を言っていたような気がしなくもない。ただ、ごっこ遊びの設定だと思って気に留めなかったけど。


「それはですね……」

「ねーねー。マリ、おそとであそびたいよー」

「リサも、ここからでても、よいとおもいますの」

「ごめん。そうだね。魔法を見せて貰ったし、もうこんな場所で話す必要はないよね」


 俺がそう言うと、レーナちゃんが先程出現させた棒を、今度は一瞬で掻き消してしまう。ここまでされてしまうと、流石に魔法だと信じざるを得ない。

 一先ず四人でトイレから出ると、レーナちゃんの手に触れてみる。麻理よりも僅かに大きい、と言っても小さな幼稚園児のスベスベの普通の手だ。服だって半袖のシャツにホットパンツなので、長い棒を隠しようがない。

 そして、レーナちゃんの言いかけていた話を聞くと、姫様が異世界から麻理の中へ入るために転移魔法というのを使っているけど、特殊な魔法なので大掛かりな魔法装置が必要なのだそうだ。その魔法装置に残っていた転移先の座標軸? とやらをそのままに、転移後のシチュエーションだけを書き換えて、こっちへ来たのだと。


「つまり異世界へ、自分がどんな状況かを指定して、転移出来る魔法があるって事? それって、凄過ぎない!?」

「はい。そうなのですが、すごすぎて、だれもしくみがわからないんです。むかしの、けんじゃさまがつくったものらしくて。ただ、もとのせかいへもどるまほうは、ちゃんとありますので、ごあんしんください」

「昔の賢者……何だか凄そうだね。でも、元の世界へ戻る魔法があるとは言え、その仕組みが分からない魔法に頼らざるを得ない程の状況だったって事なんだ」

「えぇ。そして、ひめさまがつかったシチュエーションには『フジモトナオキさまに、だきつくおんなのこの、なかへてんい』とありましたので、おふたりはシチュエーションへんかの、こうかがおよばなかったのかもしれません」

「あー、その魔法の対象者というか、使う側みたいな扱いだったのかな」


 姫様の設定したシチュエーションは『麻理の中へ転移』だったけど、それを見たレーナちゃんは『藤本直樹と一緒に居る女の子の幼馴染み』と設定したらしい。

 世界の改変とも言える凄い事態なんだけど、設定方法に俺と麻理が書かれているから、俺たちはその改変から除外されて、変な感覚になっているようだ。まぁ麻理は特に気にしていないかもしれないけどね。

 暫くトイレの前でレーナちゃんがこちらへ来る時の話を聞いていると、


「もー! はやくあそぼー! フェミピュアごっこしよーっ!」

「はっ! では、このレーナがおともさせていただきます」

「うんっ! じゃあ、ブランコー!」


 流石に麻理が飽きてしまい、お詫びと言わんばかりにレーナちゃんがついて行く。

 もう少しいろいろと聞いてみたかったのだけど、仕方が無いか。


「ふふっ。レーナさんはマリさんがしんぱいで、はなれられないようですの」

「そう言えば、莉紗ちゃんはどういう設定にしたの?」

「リサですか? リサはおふたりのいえに、いそうろうするようにかきましたの」

「うちの家に居候って、あれ? じゃあ、レーナちゃんの幼馴染みとは違って、別に年齢を麻理と合わせる必要はないよね?」

「ふふふ、そのとおりですの。ぜひ、いきさつをきいてほしいですの」


 そう言いながら、莉紗ちゃんが自虐的に語り出す。

 賢者の作った凄い魔法装置は使用履歴が閲覧出来て、いつ、誰が、どこへ、どういうシチュエーションで行ったかが分かるらしい。

 けど、その肝心の『どこへ』が、良く判らない数字の羅列しかないため、とりあえず姫様とレーナちゃんと同じ数値のまま、莉紗ちゃんもシチュエーションだけを書き換えて転移をした。

 その結果、その数字の羅列の一つに年齢操作が含まれていたらしく、レーナちゃんも莉紗ちゃんも、漏れなく実年齢から十歳若くなっているとか。


「ふふふっ。ほんとうのリサは、じゅうにさいのときに、まほうのちからがかくせいして、ひめさまをおまもりしていんですの。それが、いまはよんさいですの。なんのちからもない、ようじょですの」

「え、えーっと。ほら、あと八年すれば、また魔法の力が覚醒して、姫様を護れるようになるよ?」

「はちねん。そのさいげつは、ながすぎますの」

「うっ……そ、そうだね。今から八年も経ったら、俺もう社会人か」


 さっきレーナちゃんが元の世界へ戻る魔法があるとは言っていたけれど、姫様が麻理の中へ隠れるくらいだ。ほとぼりが冷めるまで、暫く戻る事は出来ないのだろう。

 ……でも、それっていつなんだろう? 一ヶ月? 一年? それとも十年? 俺も四歳からやり直せと言われたら、確かに辛い。


「さて、それはそれですの。リサは、もともとメイドとして、ひめさまにつかえていましたの。ですから、いまはメイドとして、できることをするんですの」


 と思ったら、莉紗ちゃんが突然笑顔に戻る。

 きっと無理矢理明るく振る舞っているのだろう。莉紗ちゃんが明るく努めているのだから、俺も付き合ってあげなければ。


「そ、そうだねっ。じゃ、じゃあ、メイドさん。の、喉が渇いたなー」

「まかせてほしいですの。メイドたるもの、いつでもどこでも、おちゃをおだしできますのっ」


 そう言うと、莉紗ちゃんがどこからともなくコップに注がれた、ハチミツ色に輝く液体を差し出してくる。


「おにいさん。おちゃがはいりましたの」

「いや、それ……どこから出て来たの?」

「ふふっ。メイドには、たくさんヒミツがありますの」


 これ、飲んでも大丈夫なのか? 内心、そんな事を思いながら一思いに飲み干すと、柑橘系の味がするスッキリとしたお茶だった。


「こちらのせかいにも、まほうとはちがった、べんりなアイテムがありますの」


 そんな事を呟く莉紗ちゃんの腕の中には、いつの間にか市販のペットボトルが抱きかかえられていたのだった。

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