第3話 藤本家

「おにーちゃん! つぎは、あっちー!」


 幼稚園の制服から白いワンピースに着替えた麻理が、俺の背中の上で楽しそうにはしゃいでいる。

 というのも、幼稚園児との遊びにおける定番中の定番、お馬さんごっこをしているからだけど。しかし、かれこれ二十分くらい続けているだろうか。流石に疲れてきた。

 乗っている麻理は小さくて軽いので、大した負荷にはならないけど、それでもずっと四つん這いの格好で家中を動きまわるというのは、それなりに体力を消耗する。


「おにーちゃん! がんばってー!」

「よーしっ! しっかり捕まってるんだよー」


 疲れていたはずなのに、麻理に応援されたら頑張るしかない。というか、自然と頑張れるから、麻理の応援パワーは凄い。

 しかし、やっぱり妹って良いよなぁ。ずっと一人っ子だったから、尚更麻理を可愛がってしまう。

 そのまま麻理とリビングで遊んでいると、


「ただいまー。麻理ー、パパだよー」

「ただいまー」


 玄関の扉を開く音と共に、二人の声が聞こえてきた。

 それを聞いた麻理が俺の背中からゆっくりと降り、


「おにーちゃん! ママ! ママがかえってきたよ! いこっ!」

「はいはい。ちょっと待ってね」


 俺が起き上がると同時に、小さな手で俺の左手を握って玄関へ向かって走り出す。


「ママー、おかえりー。あのねー、おにーちゃんとあそんでたのー」

「そうなんだー。良かったねー。何して遊んでたの?」

「えっとねー、おうまさんごっこー!」


 麻理が俺の手を離さないまま、ママ――香奈さんの脚へと抱きつく。

 なので、不可抗力的に俺の左手が香奈さんの太ももに触れてしまう訳だが、いつもの事で慣れてしまっているので、そのまま香奈さんが身を屈めて麻理をぎゅっと抱きしめる。

 そのため、香奈さんの胸の膨らみが腕に当たりそうで……って、これは当たっているのではなかろうか。いや、ただの気のせいか!? 当たっているなら、当たっていると苦言を呈してくれれば良いのだが、いつも香奈さんは脚も胸について何も言わない。

 それどころかスキンシップのつもりなのか、時々激しくボディタッチされる日があったりと、今日も若すぎる義母――父さんの再婚相手である香奈さんにドキドキさせられてしまった。いや若いと言っても、もう二十三歳だし、俺より七歳も上だし、それに麻理の方が可愛いけどねっ!

 腕に触れている感触が、香奈さんの胸か否かを一人考えているうちに、スッとその柔らかい感触が離れて行く。

 見れば、香奈さんが麻理を抱きしめていた手を放し、身体を戻している。そして、その瞬間を待っていたかのように、父さんが麻理に向かって両手を伸ばす。


「麻理ーっ! 麻理の大好きなパパだよー」

「いやっ! パパいやーっ!」

「はっはっは。もう、麻理ったら照れちゃって可愛いなぁ。さぁパパにお帰りのチューを」

「おにーちゃん、だっこー」

「……麻理ぃぃぃぃっ!」


 父さん。麻理は連れ子じゃなくて、血を分けた実の娘なのに嫌われてるなぁ。まぁでも父さんと言えども、麻理は譲らないけどね。

 涙目の父さんを前に、麻理を抱き上げてスリスリ。ここまでがうちの――藤本家の日常だったりする。


「うふふ。麻理と直樹君はいつも仲が良いわねぇ」

「香奈さん、おかえりなさい」

「ただいま。直樹君、いつも麻理を見てもらってゴメンネ」

「いえいえ、気にしないでください。さっき起きたところで、それまでは一緒に寝てただけですし」


 そう言えば、変な夢を見た気がするけれど、どんな夢だっけ?

 何か、青いボールのイメージが浮かんだところで、


「一緒に寝てただとっ!? 直樹。お父さんはお前をロリコンに育てた覚えはない!」

「いや、ただの昼寝……ってか、俺もロリコンの父から生まれた覚えはないっ!」

「ろっ……父さんのどこがロリコンだとっ!?」

「十歳以上も年の離れた奥さんと再婚して、四歳の娘に溺愛してれば、そうも見えるわぁぁぁっ!」


 父さんの言葉に思わず突っ込んでしまった。ほんとに、亡くなった母さんが泣くよ?

 それにしても、父さんはどこにでも居そうな数学教師なのに、香奈さんは一体どこが良くて結婚してくれたのだろうか。

 確か俺が未だ小学生の頃だっけ? 高校卒業直後だと言う香奈さんを、「新しい母さんだよ」と連れて来たのは。

 ……高校教師って良いなぁ。不純な理由で、父の職業に少し憧れを抱いてしまったのだった。

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