第4話 寝かしつけ
「ごちそうさまー」
「ごちそうさまでした」
食卓に並んだ美味しそうな料理を食べ終えると、次はお風呂の時間だ。
未だ四歳になったばかりの麻理は一人で入れないので、誰かと一緒に入らなければならないのだが、
「お粗末さまでした。麻理、お風呂はパパと一緒に入る? それともママ?」
「よーし、麻理。今日はパパと一緒にお風呂へ入ろうか」
「おにーちゃんといっしょに、おふろはいるー!」
「直樹君、お願い出来るかしら? ……いつもありがとうね。じゃあ、二人とも行ってらっしゃい」
今日も麻理から指名を受けた。
がっくりと項垂れる父さんを気にも留めず、麻理が脱衣所へと向かって行く。
麻理は普段から、ご飯を俺の膝の上で食べ、昼寝だけでなく夜だって俺の部屋で寝ているし、俺が麻理に関する事で出来ないのは、今のところ平日の幼稚園への送り迎えくらいだろうか。
普段の授業や、部活の顧問とかで土日も含めて高校へ行っている父さんには悪いけど、確実に麻理は父さんよりも俺に懐いている。
なので今日もいつも通り、麻理と一緒にお風呂へ入り、お風呂上がりのパジャマへの着替え、歯磨き、それからドライヤーで長い麻理の髪を乾かす。
普段から麻理と接しているからもろもろのお世話をしているのか、それとも麻理のお世話をしているから懐かれているのか。
もうどっちが先だったかなんて分からないけれど、まぁ一言で表すと、麻理は可愛い。そして、
「おにーちゃんといっしょにねるー!」
麻理が絵本を持って俺の部屋へ来るので、それをゆっくり読んであげる。
暫くすると、俺のパジャマを握った麻理から、スゥスゥと小さな寝息が聞こえ始めた。
「……麻理ー。麻理ちゃーん。麻理姫ー……もう大丈夫かな」
小声で話し掛け、麻理が完全に眠った事を確認すると、麻理を起こさないように、そーっと布団から出る。
時刻は午後九時過ぎ。ここからは俺の時間だ。
「えっと、確か英語の宿題が出てたっけ。入学早々、こんなに沢山宿題出さなくて良いのに」
部屋の照明を消した後、部屋の隅の勉強机で宿題を始める。もちろん、麻理の睡眠を妨げないように部屋の照明は消したままで、机上のスタンドライトしか使わない。
いつも通り麻理の小さな寝息だけしか聞こえない部屋に、カリカリとシャーペンを走らせる音が合わさる事、数十分。そろそろ宿題が終わりを迎えようという所で、突然部屋が明るくなった。
「父さん、明かりを付けたら麻理が起きるよ。それに部屋へ入るならノックくらいして……って、あれ? 誰も居ない?」
時々父さんが麻理の寝顔を見たいからと、勝手に部屋へ入って来る事がある。なので、今のもそれだと思ったんだけど、部屋の中へ誰かが入った感じがしない。
扉を開閉する音なんて聞こえなかったし、いつの間にか部屋の明るさも元の薄暗さに戻っているし。部屋を見渡しても、布団の上で麻理がぼーっと座っているだけで、俺と麻理以外には誰も居ない。
……って、麻理が起きてる!? 何が起きたかはさておき、寝かしつけないと。
「麻理、どうしたの? 眠れないの?」
麻理のすぐ横に座って話しかけると、麻理が驚いたように一瞬体を強張らせ、そして俺の顔を見つめだす。
「あ、あの。きょうは、たすけてくれて……ありがとう。そのあと……ちょっとビックリして、にげちゃったけど」
「ん? 変な夢でも見たの? 大丈夫だから、お兄ちゃんと一緒に寝ようか」
「ち、ちがうの。わたしは……ひゃあぁぁっ! だっこじゃないのっ! おはなし、おはなししたいのぉ」
「はいはい。明日は日曜日だから、一日中お兄ちゃんと遊べるからねー」
「ひゃぁぁぁっ! む、むねをトントンしないでぇぇぇっ!」
麻理を抱きかかえ、改めて布団に寝かせたのだが、ゴロゴロと布団の上を転がったかと思うと、麻理が上半身を起こしてペタンと座る。
「あのねっ。いまは、あなたのいもうとじゃなくて、わたしはマリアなの。おぼえてない?」
「うーん。やっぱり外で遊んでないから、まだ眠たくないのかなー?」
「はなしをきいてください。わたしは、いもうとさんがゆめをみているあいだしか、でてこれないんですっ」
「よしよし、じゃあ麻理が眠くなるまで、お兄ちゃんが抱っこしてあげよう」
再び麻理を抱き上げるが、今度はすぐに布団へ寝かさず、そのまま抱っこしてあげる。
抱っこしてもジタバタと暴れているので、やはり眠たくてぐずっているようだ。
「ちゃんときいてーっ! わたしはもう、じゅうよんさいで……ふぇぇぇっ! ぎゅーってしないで、はなしてぇっ!」
「明日は天気が良いといいねー。暖かかったら公園で遊ぼうねー」
「か、かおっ! かおをスリスリしないでぇぇぇっ!」
「んー、抱っこでもダメかー。じゃあ、仕方ないな。久しぶりに横抱きしてあげる。麻理がもっと小さい頃は、これ好きだったもんね」
「えっ!? いったい、なにを……うきゅぅぅぅっ! そ、そんなところ、ダメぇぇぇっ!」
普段の縦抱きから、横抱き――左腕で麻理の頭と背中を支え、右腕を太ももの間からお尻へ差し込み、落ちないようにしっかりと抱きかかえる――に変えて暫くすると、操り人形の糸が切れたかのように麻理が動かなくなる。
二歳くらいまではずっと横抱きで寝かしつけていたけれど、最近はあんまりしてなかったからなー。
こんなに効果絶大なら、時々は横抱きもしてあげようかなと思いつつ、麻理を布団に寝かせると、残りの宿題を片付けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます