第二章 お兄様大好き
第5話 魔法少女フェミピュア
辺り一面を色とりどりの花々が囲む、花の絨毯の上を麻理が楽しそうに駆けている。
俺は両手を広げて、その後をゆっくりと追いかけて居た。
「おにーちゃーんっ! こっちだよぉー」
「あははっ! 麻理ー! まてまてー。捕まえちゃうぞぉー」
「はやくぅー! おにーちゃん、マリをつかまえてぇー」
幼稚園の制服姿の麻理が短いスカートを翻し、俺にとびっきりの笑顔を見せると、再び走り出す。
いやもう、とにかく可愛い。笑顔の麻理はマジで天使だ。
思わず抱きしめたくなり、速度を上げて麻理に追いつこうとしたのだが、何故か麻理に追いつけない。
「おぉっ、麻理。幼稚園に入って、足が速くなったね。じゃあ、お兄ちゃんも本気出しちゃうぞっ」
「ねぇ、はやくぅ。おにいちゃん、はやくってばぁ」
「あ、あれ? 結構本気で走っているんだけど」
「もぉー、おにいちゃん。はやくぅー。……はやく、おきてぇっ!」
――ごふっ
今までお花畑で走っていたはずが、突然みぞおちに衝撃を受け……目を覚ました。
麻理の困った顔が視界を覆い尽くし、ガックンガックン肩を揺さぶられる。
「げふっ……ま、麻理。おはよ」
「おにーちゃん、はやくおきてっ! フェミピュアがはじまっちゃうよぉ!」
「……はいはい。んじゃ、リビングへ行こうか」
状況から推測すると、おそらく麻理が俺の体にダイブしてきたのだろう。
眠る俺の胸に飛び込んでしまうくらい、お兄ちゃん大好きな麻理を抱っこして、リビングへ向かうとトーストの香りと共に、香奈さんが迎えてくれた。
「おはよー。朝ご飯、出来てるわよ」
「香奈さん、おはよ。父さんはもう学校へ行ったの?」
「えぇ。もうすぐ大会があるんですって。体育会系の部活の顧問って大変よねー」
「そ、そうだね……女子テニス部の顧問だから、喜んで行ってそうだけど……」
今年で三十六歳となる父さんは、とある公立高校でテニス部の顧問をしている。
公立高校なので当然男女共学なのだけど、何故か女子テニス部の顧問をしているのに、男子テニス部には一切関わらないらしい。実に父さんらしいけど……うん、俺の通う高校じゃなくて良かった。
「あら? 直樹君、何か言った?」
「えっ? ううん、何でも無いですよ? あ、そのトースト貰いますね」
「おにいちゃんっ! フェミピュアはじまったぁー!」
香奈さんの質問を適当に誤魔化し、トーストへバターを塗ろうとしたところで、麻理の声と共にテレビから軽快な歌が流れてくる。
『マジカル☆フェミピュア・パティスリー』――日曜の朝に放送している、普通の中学生の女の子たちがスイーツを食べる事で魔法少女に変身し、敵と戦うという女児向けのアニメだ。
そのオープニングが始まったので、リビングに置かれたテレビの前で、麻理が身体を動かし始めた。
「ねぇねぇ、おにいちゃんもー! はやくー!」
「……はいはい、しょうが無いなー」
トーストをお皿へ戻して麻理の横へ立つと、音楽に合わせてテレビに映るフェミピュアたちと同じ振り付けで身体を動かす。
麻理が喜ぶからと動画を繰り返し再生し、一緒に踊っていたらキレッキレのダンスが踊れるようになってしまったのだ。
……
テレビの前で正座をしてアニメを視ていた麻理が、満足そうな表情で戻ってきた。
トーストを食べ終えた俺の膝の上に麻理が座ると、香奈さんが絶妙なタイミングで焼き上がったトーストを出してくれる。
そこへバターを塗っていると、
「ねぇ、おにーちゃん。おにーちゃんはフェミピュアで、だれがいい? マリはねー……フェミピンクっ!」
「へぇー、どうしてなの?」
「だって、ピンクかわいいもん。それに、けがをなおせるんだよー。マリ、おにーちゃんがケガしても、マリがなおしてあげるー!」
麻理が振り返って俺の顔を見上げると、夢でも見た天使の様な笑顔を向けてきた。いやもう、これだけで十二分に癒される。
「うん、ありがと。麻理」
「あらあら、二人はいつも本当に仲が良いわねぇ。パパがまた泣いちゃうわよ?」
「えー、どうしてー? あ、ママはー? ママはどのフェミピュアがいいのー?」
無邪気に笑う麻理を見て、香奈さんが微笑んでいると、麻理から同じ質問が香奈さんへと投げかけられてしまった。
麻理がいつもフェミピュアの話をするから、香奈さんも何色のフェミピュアが居るかぐらいは知っているはず。
「えっ!? ママ!? そ、そうねー。じゃあ、ママはフェミブルーかな」
「ブルーもかわいいよねー。こおりで、てきをうごけないように、できるもんね」
「そ、そうね。敵の動きを封じるのは強いわよね」
そう答えると、香奈さんがキッチンへと姿を消す。まぁ香奈さんはアニメを視ていないし、多分それ以上は答えられないからだろう。
「ねぇ、おにーちゃんはどのフェミピュア?」
「そうだなー。フェミイエローかな。あざと……じゃなくて、ピンクを――麻理を護るんだよ」
「うんっ! フェミイエローはキラキラバリアーができるもんねっ!」
アニメを視終わった直後だからか、フェミピュアについて麻理が楽しそうに喋っている。
だが良く見てみると、麻理は未だ朝ご飯も食べ終ていないし、おまけにパジャマのままだった。
一先ず、麻理にトーストを食べさせた後、着替えを手伝い、いつもの様に髪の毛をブラッシングしてサイドテールにしてあげる。これで、麻理の外出準備が完了だ。
後は麻理の好きなイチゴ味の飴と、お茶を用意して、俺が着替えを済ませれば、
「ママー。おにーちゃんと、こうえんいってくるー」
玄関に座って、プラプラと脚を動かしながら待つ麻理が嬉しそうに声を上げる。
「はーい。お昼ご飯までには帰ってきてねー」
「うん、いってきまーす」
「じゃあ、香奈さん。行ってきます」
「ごめんねー。いってらっしゃい」
今日は昨日と違って暖かいので、公園で遊ぶ事にした。麻理が徒歩で行ける程近く、遊具も沢山ある公園なのだが、その反面、平日の夕方や土日は子供が多いので、ぶつかったりしないように注意が必要だけど。
そして、麻理の歩く速度で五分程移動し、その入口に辿り着くと、
「ひめさまっ!」
「みゅ? ……あーっ! おにーちゃん、みてみてっ! フェミイエローがいるよっ!」
「え? ……ほんとだ。フェミイエローみたいに金色の髪の毛のお友達が居るね」
公園へ着くなり、麻理より僅かに背の高い金髪の女の子が駆け寄ってきた。
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