お姫様4歳

向原 行人

第一章 お兄ちゃん大好き

第1話 異世界のお姫様

 桜の花びらが舞い散る四月の半ば。暦の上ではもう春だといっても、昼を過ぎたというのに外は未だ肌寒い。

 こんな日は、女の子と布団の上で抱き合うのが何よりの幸せだ。

 そんな事を考えながら、俺の胸に顔を埋める麻理の小さな頭を優しく撫で、指の間をスルスルとすり抜ける柔らかい髪の手触りを楽しんでいたのだが、小さく欠伸が出てしまった。


「ふわぁぁぁ……俺も昼寝しようかな。麻理みたいに」


 部屋でゴロゴロと寝転びながら漫画を読んでいたら、土曜保育から帰って来た麻理が俺の胸に飛び乗って来たのが十分程前の話だ。

 いつもの事だし、気にせずそのままで居たら、いつの間にか麻理が胸の上で熟睡してしまっていた。

 頑張ればクゥクゥと寝息を立てて眠る麻理を起こさずに、この状況を脱出する事も出来るけれど、特にする事も無いし、このままでも良いかなとも思う。まぁあるとすれば、せいぜい幼稚園の制服のまま眠ってしまった麻理を着替えさせるくらいだしね。

 そんな事を考えながら、十二歳差という随分歳の離れた妹の、小さな身体から発する子供独特の高い体温を感じているうちに、俺もウトウトと夢の世界へ誘われてしまった。


……


――お願いします。どうか、どうか助けてくださいませ。


 夢……だよな?

 鈴の音の様な可愛らしい声と共に、真っ暗な闇の中へ、淡い光に照らされた一人の少女が映る。その少女は胸元まで大きく開いた純白のドレスに身を包み、何かを懇願するかのように、胸の前で白い手袋に包まれた手を固く握っている。

 まるでお伽噺に出て来そうな、お姫様然としたその少女は中学生くらいだろうか。金髪碧眼の幼い顔立ちで、何かに怯えているようにも見える。


――私はアーデル公国の王女マリア。夜の魔女に、国が攻められているのです。


「俺、凄い夢を見てるけど、中二病だっけ? 何だよ、夜の魔女って」


 夢の中で、自らの夢を笑っていると、


――私の声が聞こえるのですか!? お願いします。私を助けてください。


 今までどこか遠くを見ていた少女――マリアと名乗るお姫様が、突然俺を見つめだした。


――ここで私が捕まってしまったら、身を挺して護ってくださった騎士たちが……


 相変わらずの中二病設定なのだが、随分とリアルな夢だなと思っていたら、マリアが泣き崩れてしまう。

 いやいや、夢の中とは言え、女の子の涙は勘弁願いたい。


「えーっと、助けるのは良いんだけど、どうすれば助けられるのさ」


――うぅ……貴方様のお名前と年齢を……教えてくださいませ。


「藤本直樹。十六歳の高校一年生……これで良いの?」


――ナオキ様、ありがとうございます。では、そのお身体をお借りいたします。


 そう言うと、マリアの姿が掻き消えて、代わりに青く輝く球体が現れる。

 その球体は一直線に俺の元へと飛んできて、避ける間も無く俺の身体に触れると、


――あ、あれ? ど、どうして?


 青い球体が弾かれたかのように後退し、空中でオロオロと左右に行ったり来たりしだした。


「えっと、何してるの? てか、それより身体を借りるってどういう意味!? 今のって、まさか俺の身体に入ろうとしたの!?」


――いえ、私の存在を一時的にナオキ様の中へ匿っていただくだけです。決して、ナオキ様の意識を邪魔する事はありませんから。


「あ、うん。何言っているか全然理解出来ないけど、別に良いよ。夢だし」


 そう答えると、再び青い球体が俺に触れ、そして同じように弾かれる。俺は痛くもかゆくもないのだが、そんな事を数回繰り返していると、まるで青い球体が肩で息をするかのように、上下に揺れだす。


――おかしいです。こうして魂同士で会話が出来ているのに、入れないなんて……私たちの世界と、そちらの世界とで、何か身体の作りが根本的に違うのでしょうか。


「まさかの異世界の夢!? ラノベの読み過ぎかな? ……とりあえず、違いといえば年齢とか?」


――いえ、私が十四歳なので年齢は問題ありません。今使おうとしているのは、十歳差まで許容される魔法なんです。


 ついに魔法とか言い出してしまった。お姫様に夜の魔女、騎士とか異世界とか……自分の夢ながら酷い設定だな。


「まさかとは思うけど、性別が違うとダメだなんて事は無いよね?」


 先程までとは違い、長い沈黙が暗闇の中を支配する。

 あれ? もしかして、当たりなの!? それとも、向こうの世界で何か異変が起こったっていう設定? というか、そろそろ夢から覚めても良い頃だと思うんだけど。

 そんな事を考えていると、突然俺の胸に何かが抱きついてきた。このモチモチした感触と、幼い女の子特有の甘い香りは、


「麻理? ……って、夢の中でも寝てるのか? いつも麻理は可愛いなぁ」


 幼稚園の制服姿の麻理が俺の夢の中へ現れた。

 俺の首に腕を回す麻理が落ちないようにと、両手でぎゅーっと抱きしめる。


――あ、あのぉ……やっぱり、そちらに居る女の子の中へ匿ってもらいますねー。え、えへっ。


 青い光がそう言うや否や、俺ではなく麻理の身体へと触れると、麻理の身体が一瞬淡く光輝く。

 やっぱり性別がダメだったのか。結構ドジっ娘なお姫様なんだな。まぁ夢の中の人物に突っ込むのも変な話だけどさ。

 そして、マリアの声が聞こえなくなると、俺の意識は再び闇の中へと沈んでいった。

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