妖怪を鎮める禁呪をお教えしようではないか

私は週7のペースでカフェに通い、そこで書き物をしている。

飲み物だけでなくパンやサンドイッチなども置いてある店なのだが、モーニングセットという形でパンと飲み物を一緒に割引価格で購入できるシステムがある。

これ、その内容がパネルになっていて掲示されていて、それを読めば詳細がわかる仕組みになっている。

が、驚くほど多くの人が、店員にその詳細を質問しているのだ。

小説を書いたり読んだりする人間からすると、その読解力の低さは驚異である。


昨夏、こんなニュースが流れた。

「仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。では、オセアニアにおもに広がっているのは何か? 仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥ教の中か選べ」

という問いに対して、中学生の54%しか正解できなかった、というものである。詳細を分析すると、サイコロを転がす程度にしか答えを選べない者が一定数いて、その比率は学年が上がっても変わらなかったという。


昔から国語の読解問題では点を落としたことがなく、数学の文章題が得意種目だった私は、同級生たちがどうして読解問題や文章題でつまずいているのか、さっぱり理解できなかったことを思い出す。

社会人生活をしていても、文章を解さない人と遭遇して苛立たされることは少なくない。3行のメールだけで済むような用事でも、そのメールの意味をわざわざ聞きに来るような人が思いのほか多いのだ。

このような状況に遭遇すると、私はこう考えていた。

「言葉って難しい。私もずいぶん文章を書くことについて鍛錬を積んできたつもりだけれど、それでもうまく伝えられないなんて。私はまだまだだ。もっと鍛錬せねば」


しかしこのニュースは、より根本的な部分で読解力が欠如している人が多くいる現実を私に教えてくれた。

たしかに、ニュースになった例文は、わざとややこしい書き方をしている。複数の主述を1文の中に押し込めることは、他人に文章でものを伝えることを商売にするならば絶対にやってはならないド下手な手法だ。しかし、落ち着いて読めば、理解できないはずはない。

——と、読解力を持った人ならば思う。

しかし、これが一定数の人には理解されないというのが現実なのだ。

そりゃあ、カフェでモーニングセットの説明を掲示していても、理解できない人がいるはずである。


ただ、中には自分の読解力の欠如を棚に上げてキレる輩がいるから、タチが悪い。


「こんなところに書いてあったって気づかねーよ」(←掲示場所を変えても同じことを言う)

「もっとわかりやすく書けよ」(←表現を改めても同じことを言う)

「そもそも仕組みがわかりにくいんだよ」(←仕組みを変えてもその説明文はやっぱり理解できない)


こんなクレームをつけて荒ぶっている人を、読者諸氏も身近で見かけているはずである。

私は、こうした人たちを「妖怪モンモー」と呼ぶことにしている。



◎妖怪モンモーの特徴

この妖怪は、自分に読解力が欠如しているという事実に気づいている。気づいているからこそ、その現実を他人から突きつけられると怒るのである。読解力の低さゆえにテストで低い点をとり続け、その人生において損をさせられてきたという引け目が彼らにはある。なので、誰も非難しているつもりはないのだが、このことを突きつけられるとキレるのだ。わかりやすく表現すれば「やや被害妄想ぎみ」ということになる。

また、彼らは読んでも理解できないことが多いから、そもそも5文字を超える文字列には意識を向けない。文字は飾りとして認識されて、その意味がかえりみられることはない。



◎妖怪モンモーの対処法

この妖怪が出現した場合、何よりも避けるべきなのは「そこに書いてあります」と伝えることである。書いてあることを知らされても、読んで理解はできない。もしも単純な内容で理解できたとしても、指摘されることで「そんな簡単なことに気づかなかったのか」とバカにされているような気になり、荒ぶる原因となってしまう。

まずは、妖怪モンモーを荒ぶらせないことが大切である。

万が一荒ぶる妖怪モンモーに遭遇してしまった場合は、逃げるしかない。触らぬ妖怪に祟りなし、である。

もしも逃げられない場合は、荒ぶる妖怪モンモーの御魂をなだめる儀式を執り行うほかないだろう。



◎妖怪モンモー鎮魂の儀

まず、両膝を地面につける。次に妖怪モンモーを仰ぎ見ながら、左手、右手の順に手をつく。

地面1センチの距離まで深く頭を下げながら、次の呪文を唱える。

「たいへんしつれいいたしました」

これでも妖怪モンモーの怒りが収まらない場合には、さらに第2の呪文を唱える。

「もうしわけございません」

通常はここまでで妖怪モンモーは鎮まるはずであるが、万が一静まらない場合には禁呪をもちいるほかない。

「にどといたしませんのでおゆるしください」

これで、鎮魂の儀はつつがなく終了である。

なお、妖怪モンモーには読心能力がないので、威儀さえ正していれば心はこもっていなくてもOKである。



嗚呼、素晴らしき哉。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る