子供のまっすぐな視線に負けると小説が進む

家にいると誘惑が多いため、書き物をするときにはノートPCを持って近所の喫茶店に出かけることにしている。ひどいときには1日10時間ちかく居座り続けるので、店員にもすっかり覚えられてしまっている。

注文しなくても、アイスティーが自動的に用意される始末。

いつか別のものを頼んで裏をかいてやるぞ……などと妄想してはいるが、甘いものが苦手、コーヒーよりも紅茶、熱いものよりも冷たいもの、という嗜好の私にとっては、アイスティーをストレートで飲む以外の選択肢が実質的にはない。

この妄想もまた、夢のまた夢であろう。


さて。

喫茶店ということは、他にも客がいる。

適度な騒音はかえって集中力を高めるというが、実際その通りである。喫茶店に10時間へばりついて書き続け、1日で400字詰め30枚相当の文章を書いたこともある。

しかし、喫茶店内には、私の集中力を吹き飛ばしてしまうものがいくつかあるのも事実だ。


ここで、集中力破壊四天王をご紹介しよう。


・感情的な声(非難子さん)

声の大小にかかわらず、口論、難詰など、負の感情のこもった声は耳障りで、集中力をそがれる。声そのものというよりも、イントネーションが不快なのだ。むろん喫茶店で口論するような者はめったにいないが、毎日のように喫茶店にいると、1〜2ヶ月に1度くらいは遭遇するものである。


・仕事の電話(デキるくん)

こちらは声の大小に依存する。喫茶店の座席に座ったまま大声で仕事の電話をするサラリーマンの声は、どうしても内容が気になってしまうのだ。過去最高に気になったのは、不動産投資の営業をしている男の話だった。横浜のスガ先生(仮名)が買おうとしている8000万円の物件の売買手続きの話。個人情報だだ漏れにしてまで、どうして店内で大声で話すのだろうか。きっと、仕事がデキるアピールでもしたいのだろうな。


・子供の金切り声(キーくん)

平日の昼間はとくに、子連れの母親の姿が多い。子供はたまに癇癪をおこして超音波のごとき金切り声をあげることがある。これは、さすがに気になってしまう。しかしながら、公共の場でうるさくさせるな、静かにさせろ、などと母親に詰め寄る人は見たことがない。子供の声に対するクレームは不寛容社会の象徴として槍玉に上がるが、実際に文句を言っている姿は見たことがない。この社会には、まだ意外に寛容さが残っているのかもしれない。


・咀嚼音(クチャ子さん)

四天王の中でも最強最悪なのが、口を開放して咀嚼する音だ。飲食をする場なので、多少の咀嚼音がするのは仕方がない。しかしながら、口を開放した状態でものを噛み、くっちゃくっちゃと湿った音をたて続けられるのは、耐え難い。私が遭遇した中でも本当に最悪だったのは、合わない入れ歯をいじり倒しながらくちゃくちゃちゅっちゅと延々やりつづけていた老婆である。犯罪として取り締まるべきレベルの騒音だと思うのだが、皆さんはどう思われるだろうか。


で、だ。

いつものパターンであればこの四天王をネタに物語を妄想するのだが、今回はそれをしないでおこうと思う。読み手にサプライズを与えるのも、書き手としての心得である。相手の裏をかいてなんぼの商売なのだ。



先に子連れの母親が多いと書いた。

私はなぜか、店に来る乳幼児に凝視されることが多い。なぜだろう。特筆するほど美しいわけでも、極端に醜いわけでもない。ちょっと他人より丸くて大きいだけである。


……。


それか。

大きな私の顔には、視線を集める引力があるのだろうw


あ、いや。

顔面引力の話がしたいのではない。

乳幼児の凝視の話である。

子供たちがあまりにひたむきな視線を向けてくるので、私はいたたまれなくなるのだ。

社会に適応する過程で、私たちは相手をあまり凝視してはならないと学ぶ。それをやっていいのは、恋人相手のときくらいだろう。

すなわち、子供たちにそのレベルでの親密さを向けられているという気持ちになる。

そりゃあ、いたたまれなくもなろう。


対処に困った挙げ句に、私はたいてい作り笑顔を向ける。すると、子供たちも笑う。その屈託のない笑顔がまた、心に刺さる。

ちょっと大きくなってくると、照れたように笑いかけてくる。これまた、たまらない。

ええい、そんな目で私を見るな。

私は作業用のノートPCの陰にかくれて、こっそり子供の様子をうかがう。子供たちはテーブルの陰にかくれて私を盗み見ながら、大喜びする。


……。


ああ。

子供、ほしいな。


こうして、私は自分がこの上もなく孤独であることを思い出すのだ。

孤独にさいなまれた私は、おもむろにまた書きはじめる。


これぞ、孤独ブースト。

効果もでかいが、副作用もでかいw


嗚呼、素晴らしき哉(涙)

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