ホワイトクリスマス*風真の願い事*

「常海……」


「岳斗……」


 ホワイトクリスマスを迎えた、十二月二十五日。

 もうじき午前六時を迎えるが、長き冬夜のせいで闇の訪れが続いていた。それは501号室も同じである。


「やっぱり、岳斗よね……」


 暗い一部屋で、常海と再会したところだ。入院中の風真の面倒に平行してのパート勤めもあるためか、妻の目下には深いくまが容易に観察できる。言葉の弱々しさをうかがう限り、疲労ひろう困憊こんぱいの状態が伝わってならない。


「……」


 しかし、常海を前にした岳斗はひたすら目を合わせるだけで、台詞せりふが見つからず沈黙してしまう。


『常海はきっと、怒ってるはずだ……』


 風真の心臓移植手術費のためとはいえ、常海とは相談無しで空き巣に走ってしまったのは事実。信頼する家族を見捨てるような犯罪者に、成り果ててしまったのだから。


 終いには、サンタ衣装というふざけた姿での再会である。空き巣犯になってから今日まで一切連絡しなかったことは言わずもがな、息子が病で苦しんでいるというのに、何をやってるんだ!! と反語的に怒鳴られても仕方ない展開だ。


「岳斗……。どこに、いたの……?」

「え……」


 すると常海は、前髪に隠れた目を落とすことで、岳斗から視線を逸らす。怒鳴りはしなかったが、やはり苛立ちに満ちた憤怒ふんぬに見舞われている様子だ。小さな口許の微動でよくわかる。


「ねぇ……? どこにいたのよ?」

「え、そ、その……」


 俯いたまま動き出し、静かにゆっくりと距離を詰めてくる。

 正直なところ岳斗は困惑し、言葉が詰まってしまった。サンタ教習所と呼ばれる異世界にさらわれたの事実だが、まるで子どもの言い訳にしか聞こえない理由だ。イイカゲンな嘘ではないが、常海の怒りをより強めるだけに違いない。


『やっぱ俺は、父親失格だよな……』


 身体を張ってでも守護すべき妻子さいしの内側を、長い間傷つけてしまったのだ。むしろ自身が犯した空き巣よりも、風真と常海の想いをほったらかしにしてきた行いに、罪悪感が一方的に強まっていた。真実を語る勇気もかず、近寄る妻をただじっと待つことしかできない。早朝ではあるが、夜間病棟らしい静寂さだけが頼りだった。



『――俺って、サイッテーだよな……』



 諦めに諦めを。

 そして最後に失望に染まった、そのときだった。



――バサッ……。



「――ッ!! と、常海……?」

「バカ……」


 常海の振る舞いには大いに驚いた。突発すぎで予想もできていなかった行動に、思わず目を見開き声が震える。


「んな、なんで俺なんかに、抱きつ……」

「……なんで、空き巣なんてしたのよォッ……?」


 正面から抱き締め言葉尻まで被せられた岳斗の耳では、つま先立ちで唇を接近させた常海から、確かな声の上擦りを感じた。


「勝手なことばっかしてッ……どれだけの人に、心配かけたと思ってるのォッ?」

「……」


 素顔が窺えないほど身を寄せられ、横を振り向けば、乱れたロングヘアが目の当たりにできるほどだ。それはストレートヘアを意識していた彼女らしからぬ髪型で、つやの照りが見抜けないほど毛先がパサついていた。

 しかし岳斗は、ふと肩に温度こもる海のしずくが落ちたことに気づき、首が痛くなるほど旋回する。


「常海……」

「グズッ……わたしだけじゃない……。風真も……信太郎くんだって、岳斗の両親だって、スッゴく心配したんだよ……?」

「…………ゴメン」


 常海の抱き締めが、呼吸の荒さに比例して強まっていく。心臓の鼓動すらじかに伝わり、激しい波を打っていることがわかる。依然として雫は肩に落ち続け、岳斗の心へ想いの波紋はもんを描いているようだった。


「……」


 しかし、謝罪を呟いて以降、再び黙り込んでしまう。傷つけてしまった常海に合わせる顔もなければ、謝る以外の言葉すら浮かばなかったからだ。一家をになう大黒柱としてあるまじき罪を犯したと、羞恥心しゅうちしんに罪悪感が合わさる。


『俺はこのまま、常海に許してもらっていいのか……?』


 こうして抱き締められたことは、間違いなく嬉しい。思い返してみたところ、二人が身を寄せ合ったのは風真が生まれる前の出来事で、ずいぶんと久しぶりな気がする。

 数えるほどだが、何度かあった。


 初めて、告白した日。

 初めて、デートに行った日。

 初めて、唇を合わせた日。

 そして、プロポーズをした日。


 数年が過ぎた現在でも、二十七歳の岳斗は鮮明に覚えている。全てが昨日起きた出来事だと感じるまでに。


 だからこそ余計に、今回の抱き締めの強さには違いを感じ取れた。


 常海の言葉を拾う限り、やはり大きな怒りが全身にみてくる。か細い両腕なのに、肺が潰れそうになるくらいに。


『抱き締め返すなんて……俺に許されるのか……?』


 抱き締め返そうとはした。空いた両腕で、最愛の妻を包もうと静かに動かす。が、あと数センチのところで離れてしまい、再び近づけてもまた離してしまう繰り返しだった。


 ひたすらに不安だったからだ。このまま抱き締め返したところで、常海を、風真のことも、今後幸せに導ける力があるのか疑わしい。もはや罪人である自分とは離れてもらい、他の信頼できる男と暮らしてほしいとまで、気持ちがいたっていた。

 抱き締めで互いの胸は合わされど、抱き返しがないばかり心が一つになれない。


「グズッ……ゴメンね。まだ、言っちゃいけない気がするけど……」


「へ……」


 鼻のすすり音で沈黙を破った常海に呆気あっけに取られた。抱き締めが徐々に弱まり、身が離れていく未来を感じさせる。


「と、常海……?」


 一歩後退あとずさりされたことで、再度常海と目を合わせる。先ほど俯いていた彼女の瞳には、やはり溢れそうな涙が浮かんだままで、白い頬をつたった跡まで残っている。


「やっぱり……もう、我慢できないんだ……」


 両腕を背中で組んだ常海が、華奢きゃしゃな身体を僅かに左へ傾ける。晴々とした笑顔まで放ち、むしろ抱き締めていた側の彼女の方が解放されたという印象だ。


「常海……」

「ゴメンなさい……。だからこの場で、言わせて……?」

「…………あぁ」


 嫌な予感しか思い浮かばなかったために、目線を地に落としてしまう。諦めた意図を悟らせるトーンまで届くのか懸念されるほど、深く首を前傾させる。


『きっと、離婚の話だ……』


 犯罪者に成り果てた自分に嫌気が差し、抱き締め返すこともできなかった父親を、もう見損なったに違いない。“園越家”という看板を汚し、挙げ句の果てには、多大なる疲労と心配を強要させたのだ。

 そんな頼りない夫に、妻にも我慢の限界が訪れたのだろう。


『でも、かえってその方が、二人のためだ……』


 瞳を閉じ、心のままに声を鳴らすことした。


「常海……」

「ん……?」

「早く、言ってくれ……」

「…………うん、わかってる……」


 覚悟はできている。愛する二人が幸福な未来を歩めるならば、離婚など容易たやすく受け止められる。いくらになるか見当がつかない慰謝料も安く感じてさえいる。命よりも大切な二人の幸せを、自分が買うと考えれば。


「……じゃ、目を開けて?」

「え……?」


 しかし、なかなか言い出さない常海に不思議さを覚え、顔を上げて指示に従うもまばたきを繰り返していた。涙目で表情に光を帯びる彼女が目前で、離れた際と全く変わらないこころよさを見受けられる。


 一度常海の深呼吸が行われ、ついに宣告の時を迎えた。どんな離婚条件でも受け入れる勇気を抱いて、岳斗は握り拳型どり直立する。



――笑顔の常海が、両腕を開くまでは。



「――おかえりなさい、あなた……。ずっと、待ってたよ」



「――っ! 常海……なんで……」


 離婚話など一言も鳴らされなかった。常海はただ両腕を左右に開き、岳斗を心から包もうと笑顔の灯火を煌めかせ続ける。


「ホントなら、岳斗が出所してから言おうと思ってたんだけど……やっぱり、もう我慢できないや」

「常海……なんで、俺なんかを……?」


 次第に岳斗の瞳にも、温暖前線が観測され始める。覚悟の崩壊が内心に緩みを生ませ、目頭に激しい熱を帯びていく。


「だって、岳斗はわたしたちにとって、お父さんだから」

「……グズッ、そんなの、他の人の方が、常海も風真も幸せになれるんじゃ……グズッ」


 感極まった語りは、もはや無茶苦茶だった。二人を護りたいというのに、二人には離れてほしいという、矛盾した論理に他ならない。愛する家族を、自ら手離そうとするような言動だった。

 そんな夫を救ってあげられるのが、一家を影で支えてくれる妻――首を左右に振った常海だ。



「――わたしと風真にとって、お父さんは岳斗一人だけなんだよ? 代わりがあるかもしれない幸福と違ってね」



「ウゥ……常海ィッ……」

「だから、またみんなで暮らそう? 岳斗を嫌いになんか、わたしにはできないから……。だって、結婚したんだもん」

「ウゥ……グズッ……あぁ……ありがと」


 涙ボロボロと情けなさを覚える夫だが、今度は自ら妻へ歩みより、開かれた胸の扉へ全身を捧げる。なかなか抱き締め返せなかった狭い両肩も包み、互いの立場が逆転していた。



――唯一、抱き締めた岳斗を、常海が抱き締め返すという特異点とくいてんを、新たに取り入れて。



「ゴメン……。ホンッットにゴメンな、常海……」

「良かった……。岳斗が、生きてて……」


 501号室の部屋では、しばらく夫妻の抱き合いが継続した。互いの身を着け、離れていた心を一つにしようと、心身共に温もりを共有する。それは愛の儀式とも称するべき行動で、白き粉雪の舞いと、カラフルなイルミネーションの輝きが祝福してくれていた。


 今宵、聖夜に奇跡が一つ訪れたのだ。


 常海は涙を落としながらも笑顔を灯し続け、やがて岳斗も泣きながら微笑みを浮かべる。これまでの辛かったこと、悲しかったことを一掃いっそうさせる歓喜が舞い込み、思わずにやけてしまうほど心地よかった。


「……へへ。こんなとこ、風真に見られたらどうしような……?」

「そうねぇ。風真が生まれてから、見せたことないもんね……。こんなすが、た……っ!」

「常海……?」


 突如常海の異変に、岳斗は抱き締めているが故に気づいた。どうも何かを見つけたせいで驚いたという様子だが、一体何が現れたのだろうか。

 見開いた目先へ焦点を当てようと、岳斗は身体をひねって自身の背後を窺う。すると、同じく息を飲んでしまうと同時に、愛する妻が驚いている理由を察した。



「「――ふ、風真!! 起きてたの!?」」



 綺麗なまでに息も声を合わせ、シーンとした廊下に伝わるほど大きなハーモニーを奏でた。すぐそばに置かれたベッド上で、息子の風真が目を開き、にこやかに笑っていたからである。


「ふわぁ~……やっぱりパパだぁ~。サンタパパだぁ~……エヘヘ」


 弱々しい声を響かせた風真は、起き上がるまでには至らなかった。が、小さくか弱い右腕を上げて、岳斗に向けて手を振ってくれた。久方ぶりの再会を、心から喜んでくれている様子で、酸素マスクに白の跡が頻繁に浮かぶ。


「風真……久しぶりだな。……げ、元気だったか?」


 そんな訳がない。


 患者である息子にすら相応しい言葉も並べられない中、風真は手のひらでピースサインを現す。


「もちろんだよパパ……。ママがずっと、そばにいてくれたし」

「もう……風真ったら……」

「そっか……。良かったな、風真!」


 苦笑いで恥じらいを顕にした常海と並び、満面の笑みでベッドごと照らした。


「ところで、パパとママは、セップンって、しないの……?」

「はぁ……? ふ、風真……お前、どこでそんな言葉覚えた……?」

「ママが買ってきてくれたマンガに書いてあってさ……。さっきのパパとママを見てたら、なんか似てたんだけど~……」


 やはり先ほどの抱き合いは、風真に見られていたようだ。とはいえ、四歳児の口から接吻せっぷんという不相応な言葉が飛び出したことで、隣の常海をギロリと睨む。


「……常海~? お前、風真に何見せたんだ~?」

「ウッ……そ、その……恋愛~関係のぉ~ですねぇ~……」


「四歳児に何を見せとんじゃい!!」

「し、仕方ないでしょ!? 間違って買っちゃったんだから!!」

「どうやったら幼児本と間違えんだよ~!?」


 小さな小さな夫婦ゲンカが、久しぶりに始まってしまった。しかし、両者の頬が互いとも赤らんでいたせいか、間で風真がおもしろおかしく笑うことで、岳斗と常海もすぐに笑みを取り戻すことができる。息子の存在は、夫妻を仲良く繋げる、笑顔の架け橋なのかもしれない。


「……それにしても、サンタさん、ぼくの願いを叶えてに来てくれたんだね~」


「え……風真の願い……?」


 ふと窓越しの雪空を見つめた風真の一人言に、岳斗は思い出したように聞き返す。そういえば異変があったと、謎の真実に迫る。


「……なぁ風真……? 風真はサンタさんに、何をお願いしたんだ……?」


 思い返せば、ここに訪ねてからの一番の謎だった。持ってきたプレゼントの中身は、確かに空っぽだったことを覚えている。


「へへへ。ママにも恥ずかしくて言ってなかったんだけどねぇ~……」


 それでも贈り物を無事受け取ったかのように、風真は穏やかな微笑みを向ける。


 息子が叶ったと言っている、サンタクロースからの贈り物とは何だったのか。

 それがついに、嘆願者自身の幼い口から公開される。



「――家族みんなで、いっしょに笑うことだよ。エヘヘ」



 それは二人の両親にとって、予想もしていなければ、簡単でわかりやすい、幼すぎた願い事だった。サンタクロースが配るオモチャやゲーム機などの物品とは、正直程遠い気がしてならない。が、夫妻の瞳には再び潤みが甦り、誰よりもまばゆく微笑む息子を見つめる。



『――風真がお願いしたのは、家族の奇跡だったんだ……』



――ピロピロピロピロリ~ン♪


 携帯電話の着信音が鳴り渡る。常海の電話が音源のようだ。


「はい、園越です……。あ、はい。そうですが……え!? ど、どうし、て……」


 突然にも背筋がピンと延びたからは、何やら相手先から驚かされた様子が見受けられる。


「……はい……。でも、ホントによろしいのですか? ……はい、わかり、ました。この度は、誠にありがとうございます……」


 常海が見えない相手に御辞儀をするまで感謝を告げると、電話を切った途端に目を合わせられる。相変わらず涙ぐんだ瞳を目の当たりにされるが、再会してから一番頬が上がっている気がした。


「ど、どうした……?」

「集まったって……」

「集まった……?」


 何が何だか全く理解不能だ。風真も同じく呆然と呼吸だけを繰り返していたが、一方で常海は光る落涙を降らし続ける。



「――風真の手術費が、集まったそうなの! 今すぐにでも渡米して、手術受けられるって!」



「――っ! ホント、に……グズッ、良かった……良かったぁ!」


 それはそれは突然の、サプライズプレゼントだった。


 常海は、岳斗が空き巣を始めた頃に、ボランティア団体への協力を要請ようせいしていたらしい。時には自身も基金活動に出向き、人々が集まりやすい駅前やショッピングモールで声を張り上げていたという。


 しかし、依頼してからの期間は約三ヶ月。当時では長き期間が掛かると言われ、つい最近確認したところでも、目的額の半分も満たしていなかったそうだ。

 どう考慮しても僅かな期間にも関わらず、医療費の約一億円が集まったそうだ。

 それも、たった今。


『プレゼント配りを達成したからだ……』


 間接的ではあったが、岳斗は確かにサンタクロースからの贈り物を頂いたと認識した。全てのプレゼントを配り終え、使命を果たすことができた故に。


 もちろん目前にサンタクロース本人はいない。窓から見える雪空を眺めることしかできず、声ではなく、想いを御返しに届けることにした。



『――ありがと、サンタのおじいさん!!』



 息子の願い、そして父親の願いが重なり、その一家には一日で二つの奇跡が届いた。


「……良かったぁ! 良かったなぁ風真!!」

「ぼく、病気が治るの?」

「そうよ風真。ちょっと痛いかもしれないけど、乗り越えれば、また外で遊べるわ!」

「うわぁい! じゃあまた、パパとキャッチボールできるんだねぇ」


 家族の絆ほど、多くの人々は気づけないし、気づこうとしない。灯台もと暗しと言ったように、日常生活で最も近くに感じ、当たり前の関係だと捉えてしまうからであろう。家族と共に過ごす時間が年々減り続けていることも、結果として家族の絆をおろそかにしているのだ。


「常海……俺、自首する……。だから、また風真のこと、よろしくな」


 また、いざ気づこうとしても、今度は心に羞恥が走ることで、せっかく動き出せた想いも、ただの思いに変換されてしまう。まるで最初からなかったかのように、胸の奥底に仕舞われてしまうのだ。


「うん……。ずっと待ってる。ずっと、生きてる限り、ずっと……」


 故に人々は、家族にこそ心を――つまり想いを届ける義務があるのかもしれない。唯一言葉を話せる人間にできることが会話であり、動植物には酷にも無き、贅沢な能力だ。自身の尊い気持ちを無駄にしないためにも、まずは素直になり、声を放つ勇気を出すことが必要である。その勇気が見えない手となり、絆を結びつけてくれる。


「パパ……ぼくもガンバるから、パパもガンバってねぇ」


 家族とは、当人が生まれてまもなく入部する、永久欠番だらけのチームなのだ。誰一人も代わりなんていない、最高のメンバーたちなのだから。


「あぁ……。今度は園越家で、な」


 だからこそ、誰一人も、忘れてはいけない存在なのだ。たとえ失踪しても、離婚しても、はたまた死別を経験したとしても。



 誰一人も……。

















――「よかったね、みんな!」



















「――っ! ……あ、あれ?」


 少し離れた場所より鳴らされた幼女の声に、岳斗は反射的に振り向いた。しかし目に映りこんだ景色は、開封された空箱のプレゼントが床に置いてあるだけで、人の姿などどこにも見当たらない。


 聞き間違い――いや、そんなことはないはずだ。共にこの部屋まで訪れ、いっしょにプレゼントを届けた者同士なのだ。いつの間に姿を消したのだろうか。また幼いイタズラでからかっているだけだと思ったが。


「なぁ、常海……? 俺といっしょに来てた女の子、知らない?」


 常海なら知っているはずだ。

 そう思ったのだが……。



「――え? 岳斗以外、誰も見てないわよ?」



「だ、誰も見てない……? いや、そんなバカな! 確かにいっしょに来た娘がいたんだ! 俺と同じサンタの格好して、小学二三年生くらいの娘で……」


 戸惑う捜索台詞は、長々と続いてしまう。確信があったからだ。目の錯覚など元より無いし、幻覚すら考えられない。

 しかし常海も、ましてや風真も口を揃えて、“誰もいなかった”としか告げられなかった。はじめから岳斗だけがこの部屋に訪れたと言わんばかりに、誰一人の顔も、姿も、影も、皆目見た覚えがないそうだ。


「そんな……。だって、マジでいたのに……」


 あの娘とサンタ教習所で出会えたおかげで、プレゼント配りを最後までやりとげられた。

 あの娘が二十四班の中心になってくれたおかげで、みんなと仲良くなれた。

 あの娘の見た目不相応な励ましのおかげで、折れかけた心を何度も復活させられた。

 そして、あの娘に案内されたおかげで、本日ここまで来れたのだ。


 しかし、肝心の本人は、どこにも見当たらない。


 諦めず部屋中を探し漁り、廊下にも飛び出して走り回った。が、やはりあの娘の姿は発見されず、一人の空想幼女と化していく。



『――どこにいったんだよ、イブ……? なんでいきなり、いなくなっちゃうんだよ……?』



――――――――――――――――――――


 十二月二十五日。

 午前六時四分。

 連続空き巣犯――園越そのごえ岳斗がくと

 年齢 二十七歳。


 家族との再会及び息子――園越そのごえ風真ふうまの医療費を得たという二つの奇跡をきっかけに、自ら署へ出頭。

 二十四班の中で唯一願いを実現させ、クリスマス活動から晴れやかに卒業。



――しかし、岳斗は気づいていなかった。


 奇跡は全部で、“三つ”起きていたことを……。


 むしろ一つ目は、とっくに起こっていたことを……。


 最終幕は、まだ続く――。

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