四幕*赤鼻のトナカイ*
第十五夜*プレゼント配りの幕開け*
サンタ教習所。
十二月二十三日の夜を迎え、全罪人たちもついに教習訓練を終えた。
本番である明日クリスマスイブの下準備は万端で、業務が無事に終了すれば、グループメンバー同士の顔合わせも無くなることだろう。
それを踏まえてか、今夜は各個室から
しかし唯一、二十四班だけは集まっていなかった。
「……」
「ねぇ、岳斗……」
岳斗専用室で、イブの悲しげなツイートが一言投稿された。ベット上でグッタリと横たわり、寝返りを打って幼女サンタに背を向けている。
「岳斗……ごはん食べないの? もう、三日も食べてないよ? 明日は本番なのに……」
「いらない……ごはんとか、どうでもいい……」
弱音を室内へ
『――望が除名されたんだ……。俺だけ助かって……
二十日の深夜から今まで、胸中はそれでいっぱいいっぱいだった。
イブたちの救出劇もあって、岳斗は無事に教習所に帰還できた。が、虐待幼女を護ろうとした望は逃走に働かず、この場に帰らぬ一人となってしまったのだ。
今頃警察官に逮捕され、暖房も整わない
“「――また右腕伸ばしやがって。二度と助けんなって言ったろうが……」”
最後の台詞は今でも耳奥に焼き付いたままで、つい先ほどの出来事にも思える。彼女の顔が触れられそうなほど近く浮かび、つい右手を伸ばしてしまう錯覚を解けなかった。
一番近くにいながら、大切なメンバーの望を護ることができなかった。
塀から離れさせた彼女の気遣いもあっての、意図的幕切れだったかもしれない。それでも岳斗は、自身の無力さ故に生まれた罪悪感に駆られ続けていた。心的ショックが
『望……ゴメンな……』
枯らしたはずの涙が、再び瞳に
――ガチャ……。
ふと扉が開けられ、岳斗とイブの悲哀色な瞳が向かう。
「おつかれ~ライス~!! ということで、カレー持ってきたよ~!」
「お邪魔、します……」
「チッ……なんでオレまで……」
「留文!! 芽依!! それに聖も!! みんなちゃんと来てくれたんだぁ!!」
「……」
息を吹き返すのように歓声を上げたイブの一方で、岳斗はまだ
「はい! 岳斗の分!! これ食べれば、明日は絶好調なり~!!」
「……わりぃ留文。今は、いらない」
「岳斗……もしかして、インフルエンザ!?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
高らかな振る舞いには、思わず瞳を逸らしてしまう。元気を分け与えようとしている気遣いはありがたいが、正直デリカシーに欠けるチャラ男にうんざりだった。
一人のメンバーが消えてしまったというのに、なぜ笑顔でいられるのか。不思議を通り越した人格不審まで陥りそうだ。
「岳斗……」
「芽依……」
「食べないと、明日、持たないよ?」
「それでも、ちょっと……」
少し離れた芽依にも温声を受けたが、やはり岳斗の瞳は冷めきったままだ。身体の健康を考えてくれる優しさが伝わりながらも、胸奥までには受け入れない。
「……」
「チッ、おい!」
「――っ! な、何すんだよ聖……?」
舌打ちを響かせた聖が動き出し、胸ぐらを掴まれたことで無理矢理起こされる。得意の鋭い目付きを眼鏡レンズを破らんばかりに向けられたが、面倒な嫌気が増すだけだった。
「テメェ……誰の前で、そうしてるつもりだ? 本番は明日なんだぞ?」
「んなの、わかってるよ……」
「だったら食え! ただでさえ体力仕事なんだ。食わねぇんなら、オレが無理矢理でも
「……」
恐ろしいガン付けも岳斗の目には写像されず、無言の反抗精神を演じた。
確かに明日は本番で、婦人用自転車でプレゼントを運ぶ、真冬の酷な肉体労働が待っている。が、正直どうでも良いくらいとしか思えてならない。
「……」
「チッ、テメェ……」
「なんで、だよ……?」
「ア゛ァア?」
「なんで聖は、明日のことばっか、考えられんだよ? 留文も、芽依も……イブだって……」
全員を敵に回す呟きだった。部屋中の空気がより一層冷え込んでいく。聖からは呆れたように解放され、ついに留文も芽依と同じ姿勢で目を落とす姿を捉えた。
『なんでだよ……。みんなは、望がいなくなったことがショックじゃねぇのかよ……?』
不思議から進化した不審がさらに強まることで、人格批判の念が生まれてきた。誰とも目を合わせない俯き
「違うよ、岳斗。アタシたちは、望のことばっか、考えてるよ」
「――っ! イブ……」
「ねぇ岳斗。望はアタシたちに、何を残してくれてったっけ?」
「え……」
突然の質問には困惑してしまい、久しぶりに頭を働かせる。
「トラン、シーバーしか……」
「ブッブゥゥ~~!! そんな安い機械なんかじゃないでしょ?」
改めて訪ねると、細腕をクロスさせたイブは一度頷きを見せ、上がった頬で大きさが増した口を開く。
「――一個一個、チョ~丁寧に結んでくれた、赤いリボンのプレゼントだよ! 一つ一つの愛を結んだリボンをムダにしちゃったら、怖~い望にまた怒られちゃうよ?」
「リボン……そっか……そうだったっけな……」
結論を耳に取り入れたことで、少しずつ瞳の温度が生まれていく。
教習所内での主な活動といえば、やはり大量のプレゼント箱詰め作業が鮮明だ。箱の組み立てから始まり、子どもが求める物品を挿入し、最後に赤いリボンでくるみ、おまけに
そのとき、綺麗なプレゼントを作製しようと人一倍意識していたのが、体調不良から復活後の望だった。手荒な留文の組み立てを注意したり、
一結び一結びごとに、真心という“愛”まで、中味へ閉じ込めんばかりに、強くキュッと結んでいたのだ。
「岳斗。ボクたちは、ボクたちがやるべきことをやろう。望お姉さんのためにもさ……。きっとお姉さんも、それを願ってるはずだから」
「留文……」
誰かからの贈り物とは一般的に、愛という不可視的貴重品まで潜んでいる。知り合いや友人、恋人や家族ならば尚更、一箱に収まり切らないほどの、溢れる愛が。
「そうだよ、岳斗。望さんの分まで、わたしたちが、気持ちごと、運ばなきゃ……」
「芽依……」
それでも届け先とは無関係な望は、一つ一つ細かいところまで愛の化粧を施した。全く手を抜かず、真面目にしっかりと。
「フっ。少しぐらい働いてもらわなきゃ困るんだよ……。プレゼント配りには、オレらの野望が掛かってんだから……」
「聖……」
そこで望は証明してくれたのだ。どんな相手であれ、贈り物には必ず愛を込めて作製するべきだと。見えなくても、気づかれなくても、たとえ相手が誰だかわからなくても、中身への愛は
だから人は贈り物を
「ねぇ岳斗」
「イブ……」
三人の後、ベット上で居座る岳斗は正面のイブから、煌めく瞳を直視させられる。
「ね? 明日は、望のためにもガンバらなきゃだよ。辛い気持ちはわかるけど、元気出して、いっしょにガンバろ?」
「イブ……ウッ……ウゥ……うん」
初めてイブが世話役に見えてしまった。途端に残された温かい涙が溢れ出し、大人として情けないが、幼女の目前で何度も拭っていた。
嬉し涙とは、まだまだ程遠い味だ。
仲間が欠けてしまった、悲しさ。
残りの仲間に支えてもらう、嬉しさ。
二つが入り交じった感動の涙が、岳斗のサンタズボンを湿らせていた。
「……なぁイブ……。俺たち、また望に会えるかな……?」
「望とは、きっとまた会えるよ。だって、みんな同じ笹浦市出身なんだし。それに……」
間を空けたイブの表情は落ち着いた微笑で、見た目不相応の大人らしい眼差しを受ける。
「――望は、死んじゃいないんだからさ……。絶対にまた、同じ空の下で会えるって。……ニヒヒ~」
「イブ……」
「それに岳斗だって、叶えたいものがあるんでしょ? だったら
「……フフ、試合って、何のだよ?」
結局最後は、いつもの無邪気な幼女笑いを浮かべていた。が、同時に岳斗の涙も晴らす魔法のようで、再起を促す原動力すら誕生させる。
『何やってんだろ、俺は……』
やっと立ち上がり、まずは扉に貼られた二枚の写真の元へ訪れる。
片方の写真はついこの前発行されたばかりの一枚で、箱詰め作業が終了した際に撮影してもらった、二十四班唯一無二の集合写真である。
中央には、嬉しそうな岳斗に飛び付き抱き締める、笑顔満点のイブ。
右側には、ひっそりと手を繋ぎながらピースを伸ばす、微笑ましい留文と芽依。
また左側には、端で横を向いてしまっている、乗り気でなさそうな聖。
そして、お母さん指と呼ばれる人差し指を立てながら甲を放つ、得意気な笑みの望。
このメンバーで作製したプレゼントなのだ。仲間の欠員で途中辞退しては、再会したときの面目が立ちそうにない。
『望への感謝だって忘れてはいけない……。それに、もっと大事なことだって、俺にはあるんだ……』
もう片方の写真に焦点を当てる。この場に誘拐されてからずっと貼っておいたその一枚には、現在進行形で心臓病に苦しむ風真の
『全部プレゼント配って、風真の命を助けなきゃいけないっていうのに……』
だからこそ、今日までアホらしいクリスマス活動を続けてきたのだ。ただひたすらに、大切な息子の命を救うために。
望がいなくなったことはショック極まりない。が、絶望している場合でもない。彼女が込めた愛、そして息子の命が掛かった未来のためにも、明日のプレゼント配りに奮闘しなくては。
『――ホント、流されてばっかの、ガキだよ、俺は……』
「留文、カレーちょうだい!」
振り向いて見せた瞳には
「おぉ岳斗! 待ってました~!! はい、あ~ん」
「そ、そうじゃねぇよ! 膳ごとだっつうの!!」
「フフフ……」
「チッ、くっだらねぇ……」
改めて気持ちを原点回帰させた。明日への心の準備が整ったようで、無事にスタートできそうだ。
ただ、今回のきっかけが生まれたのは、イブが昨晩考えていた、“みんなでごはん! おつかれ~ライス!!”という決起宴会のおかげであることを忘れてはいけない。
***
十二月二十四日――クリスマスイブ当日。
時刻は夜の十時前。早ければ既に眠りに就く子もいる就寝時間帯だ。サンタクロースとトナカイ側による決起会などの
前回と同様、サンタ教習所の異世界から現実世界へ舞い戻り、現在は人気が皆無な路地裏に佇んでいる。今回はブリッツェンとキューピットの二頭によって運ばれ、
「待ちに待った本番だな! くれぐれも、サツには気をつけろよ?」
「二十四班の皆様。どうか、有終の美を飾ってくださいね」
ブリッツェンとキューピットが話し出した頃には、聖は自転車で疾走し、留文と芽依までも、どこか急がんばかりに姿を消していた。望がいなくなったことで、一人当たり百軒以上配らなくてはいけない酷務を考慮すれば、急がない方がおかしい。
『今の俺みたいにな……だけど、これじゃ……』
大きなプレゼント袋を背負った岳斗は、やっと自転車に
「よ~しっ! いっけぇ岳斗!! でんこうせっかだぁ!!」
「待て待て待て!! 二人乗りならギリ分かる! けど
どうしてなかなかスタートできなかったのか。それは言うまでもなく、イブが自転車籠へ尻からスッポリとはまり、危険及びペダルの重さへの懸念が発生していたからだ。
「じゃあ何よ!? アタシは走れってか!?
「うるせぇうるせぇ!! 誰かに見つかったらどうすんだよ!?」
「ジ~! オ~! エム! オー!! 拷問!!」
「あ~もうわかったわかった!! わかったから黙ってくれ!!」
「ワ~イ!! エムシエー♪」
トゥーヤングガールの歓声に
「うぅ~さむ……」
「へへ。これでオメェらとも、お別れになりそうだな」
「そうですね。出会いと別れは付き物ですから」
「え……ブリッツェン、キューピット……そうなの?」
突如背後から別れを告げたブリッツェンとキューピットに、
「なんだよ岳斗? まさかここにきて、俺様に惚れたのか~? この変質者め」
「お前にだけは言われたくねぇよ! てか、俺たちホントにこれでサヨナラなのか?」
自転車を旋回させるとキューピットがコクリと頷き、性別を惑わせる優しい微笑みを上げる。
「
「え……教習所に帰りもしないの?」
「はい。でも御安心ください。教習所内での忘れ物、及び公約の贈呈物は、無事にプレゼント配りが終了した際に、ボス直々に御訪ねしますので」
「……キューピットも、サンタのことボスって呼んでるのね……」
ついオカマ口調になったが、別れとなれば何か感謝の一言でも伝えたいところだった。特にこの二人には、入所時から何度も顔合わせや会話があったため、尊敬の念は無くとも、一応礼ぐらいは申し上げよう。
「キューピット」
「はい?」
まずはキューピットから、岳斗は胸を張りながら述べる。
「あのとき、みんなで写真撮ろうって言ってくれて、ありがと。おかげでサンタ教習所の生活が、良い思い出になりそうだ」
「そんな、御礼を受けるまでもございませんよ?」
「いや、それでもありがと。柊の話も聞けて良かったし、結構感謝してる」
「岳斗、様……」
「それから、相棒のコメットにも、よろしくな」
「いっしょに遊べて楽しかったよ~って言っといてね!」
「イブさんまで……フフフ。こちらこそ、感謝の意を評します」
御辞儀まで示したキューピットの白い頬には、明らかな陽の灯りが浮かんでいた。恋愛の神とも称される彼には、少しばかりだが愛情を向けられたようだ。
「それと、ブリッツェン!」
「んだよ~? 俺様は雄とイチャイチャなんてゴメンだっつうの」
「だからちげぇよ!」
会話の流れを塞ぐブリッツェンには呆れたが、気を取り戻して感謝を語る。
「まぁ、そうだな……。ブリッツェンが、俺を教習所に連れてったんだっけな。おかげで楽しかった。夢を叶えるチャンスまでもらった。だからありがと」
「フッ。まだチャンスの段階だろうが……。とっとと出向いて、さっささと叶えろよ」
「あぁ……っ!」
「ブリッツェン!! ドンダーにもありがと言っといてね! それとダンサーにプランサー。あと、ダッシャーにヴィクセンにも!!」
「よく覚えてんなぁ~。立派なロリっ
「でたぁロリコンブリッツェン!! ウケる~」
途中からイブとブリッツェンの会話に変わっていたが、それは岳斗が少し考えていたからだ。ふと脳裏に過った出来事に気を取られ、不思議ながら再び尋ねる。
「そういえばさ、ブリッツェン?」
「んだよ~? しつけぇな……」
「その、この前さ……イブたちと、俺と望のこと助けに来てくれて、ありがと。おかげで、教習所にも帰れたし……」
あの日ソリを引っ張って来たのは茶色い毛並みのトナカイで、彼と一致しているのだから。
しかし、突然にも空気の色が変わってしまう。
「――オメェ何言ってんだ? そのトナカイ、俺様じゃねぇぞ?」
「え……? だって、茶色だったから、ブリッツェンしか思い浮かばなくて……」
「茶色? ……ッ!! まさか、アイツ……」
「アイツ……?」
黒のサングラスを掛けているにも関わらず、ブリッツェンが目を見開いてるのがわかった。キューピットからも同じく窺え、彼らの思い描く“アイツ”が関係しているらしい。
「そっか……。アイツ、完全に人間へ染まった訳じゃなかったのか……」
「みたいですね。どうしますかブリッツェン? まだ、帰れる権利が、彼にもあるのでは?」
「はぁ? 二人して誰のこと言ってんだよ?」
妙な不穏の空気が漂い始めていた。二人のトナカイ人間からはなかなか名前を告げてはくれず、イブも
「……なぁブリッツェン?」
「岳斗! お前はお前で、ガンバれよ」
「え……あ、あぁ……」
質問を無理矢理消してしまうように返したブリッツェン。すると首もとの鈴を小指で揺り鳴らすことで、トナカイ姿へと変貌する。
キューピットも既にトナカイの身で、どうやら二人揃って教習所に向かうようだ。
「あばよ、二十四班の、俺様と同じ、リーダー」
――ビューン!!
「あ……行っちゃった……」
ブリッツェンは飛び去ってしまい、天高き曇る夜空へ姿を消してしまう。お別れとしては何ともやりきれない気持ちが生まれるが、残るキューピットも後に続こうと足場を
きっと彼らにとって、罪人との出会いや別れなど、大したことではないのかもしれない。それよりもクリスマス業の大切なのだろう。
そう思いながら飛び去り際のキューピットを観察していたが、岳斗は最後に、トナカイの円らな黒目を向けられる。
「――心優しき、園越岳斗様……。どうか、人間でも動物でも、分け隔てない無償の愛で、同じ目線で接してあげてくださいね」
「へ……?」
――ビューン!!
ついにキューピットまでも曇れる夜空へ飛び立ち、岳斗とイブだけが残された。トナカイたちが背負う闇に触れてしまった感覚も覚えたが、詳細までは想像が働かない。まさか最後の最後で、担当者側の疑問に染まることになるとは。
『――じゃああのとき、助けに来たトナカイは、一体誰だったんだ……?』
「岳斗? 早く出発しよ? タイムリミットは、明日の午前六時までだから、急がなきゃ」
「あ、あぁ……わかった」
イブの助言を受けて、ついに走り出しプレゼント配りを開始した。曇る夜空と冷えた気温を観測した限り、積雪の懸念もあるため、立ち漕ぎながらも突き進んでいく。
しかし、不思議な気持ちが失せたわけではない。あのとき助けに訪れた、一頭の茶色いトナカイの正体が一体何者なのかと。
――誰もが口ずさんだことがあるだろう、赤鼻のトナカイだったということも。
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