第十夜*アスタリスク*

 サンタ教習所。

 本日のカリキュラムを終え、深夜と早朝の狭間。夜慣れした罪人たちは眠りに着き、冬の隙間風すら聞こえない無音空間が拡がる。


「なぁイブ? 沫天はホントに大丈夫なんだよな?」

「うん。寝不足に重なった、軽い貧血みたい。しっかり食べてしっかり寝れば、すぐ治るよ」

「そっか……。良かった~」


 緊張の肩がほぐ項垂うなだれた岳斗は現在、濡れタオルで汗を拭き看病するイブと共に、サンタ衣装から患者服に換わった望の部屋に訪れていた。暗雲ががった雰囲気は、今回ボケなかった幼女を窺えば容易に感じられる。


 基礎体力特訓中、突然倒れてしまった望は只今ベットで仰向けに横たわり、イビキもかかず眠っている。

 救急車を呼ぶべき緊急事態に見舞われたが、踊り回る担当者のダンサーとプランサーには、

「ムリィ!!」

「ムリィ!!」

「「ぜぇ~ったいムリィィ~~!!」」

 と、悲壮な顔で誠心誠意告げられてしまった。確かに住所など世間に知られれば、ここにいる罪人たちが一斉摘出されるに違いない。その考慮もあって全面否定したのだろうが、保険室もない屋内設備には正直ガッカリだ。


「ねぇ岳斗? アタシ、ちょっと用があるから出るね。望のこと、よろしく」

「え? どこに?」

「まぁ、チョッチュねぇ!」

「おいイブ!」


 イブは理由も明らかにせず退出し、静寂な一室は成人男女二人だけの場に変化する。

 そういえば、初めてサンタ教習所にさらわれた時は、今の望の状況とよく似ている気がした。勝手に衣服まですり替えられ、ベッドから起き上がった初日と。

 改めて立場が変わると、あの日ブリッツェンは自分を看病してくれたとさえ思えてしまう。気絶させたのが彼なのは間違いないが、今回のような境遇で目覚めを待っていたのかもしれない。ただ、これから目覚めるであろう望があの日の自分のように驚き、嫌なデジャブにならぬことを期待したいが。


「うっ……うぅ……」

「――っ! 沫天!」


 望の細眉が微動し、目覚める瞬間を迎えていた。夢にうなされた様子だとも捉えられる苦き表情で、少しずつ開眼していく。


「……あれ? どうして、ここに……?」

「沫天! 大丈夫!?」

「お前……何がどうなって……ッ!!」


 ふと気づいた望はハッと起き上がり、岳斗から距離を置こうとベッド上で後退あとずさる。

 鋭い睨み付きと赤い頬の彼女には思わず首を傾げたが、強き歯軋りを見せつけられた。


「テ、テメェ……見たのか……?」


「見た? …………ッ!! いやいやいやいや違う違う!! イブだよイブ!! イブが着替えさせたんだよ!! 俺は一切見てないって!!」


 恐れていたデジャブが、無情にも振りかかってしまった。


「イブ……あのロリっが? でも、どこにもいねぇじゃんかよ……? 嘘くせぇ」


「マジ側のマジだって!! ついさっきまでいっしょだったんだって!! 頼むから信じてくれよ!!」


 証人不在の中、取り乱しながらも説得を試みた。まるであの日と同じように疑われている。


『ゴメン、ブリッツェン……。あのときは、何も知らなくて……』


「……そっか。じゃあイブだけには、見られたんだな……」

「へ……?」


 しかし、望は反って落ち着いた様子でため息を鳴らし、再び仰向けに横たわる。意外にも素直に信じてくれたのは良かったが、どこか諦めた台詞とも聞こえる弱音だった。


「……恐喝きょうかつ犯」

「はぁ?」


「それが、ウチが罪人になった理由。まだ誰にも、言ってなかったっけな」

「きょ、恐喝犯!? ま、沫天が?」


 初めて打ち明けた真実には、思わず固唾を飲み込んでしまう。細身でモデル体型の彼女が、暴力に等しい恐喝など想像できなかったからだ。


「まぁ結構簡単だったよ。弱そうな男にしぼってやったけど、みんなすぐビビって、金置いてったっけ」

「マジで、やったんだ……」

「それぐらいしか、家出したウチにはできそうになかったからさ……」


 自重気味に笑う望は白い天井へ、残念がるよう俯いた岳斗は足下のタイルへと、各逆ベクトルで想いの言葉を発した。

 どんな心境で行動したのか知らぬが、他者が罪を負う過程をいざ知ると、同じ罪人として胸が窮屈きゅうくつになる。罪を負う悲しさを知り、罰を受ける前に襲う罪悪感の恐怖を知っているのだから。


「あのさ……なんであんとき、助けたりしたんだよ……?」


 あのときとは、実技演習中に望が落下しかけたときだろう。彼女をただ助けたいあまり、何も考えず右腕を伸ばして支えた、あの出来事だ。


「無理してまで、助けられるのは御免だっつうの」

「え? 別に無理なんてしてな……」


「……右肘。痛めてんだろ?」

「――っ! どうして……」


 言葉尻を被せられ目を向けたが、合わせてもらうまでに至らなかった。

 右肘は高校野球部時代に壊してしまい、今でも力を入れると電気が流れるほど戦力外だ。しかし隠してきた真実でもあり、常海以外知られていないはずなのだが。


「しかめた顔に書いてあったぞ? ウチの手首掴んだ瞬間、右肘メッチャ痛いって。しかもロープ投げたときもそうだった。ホント、嘘つくのヘタクソ……」


「そのときから、気づいてたのか……」


 一瞬しか見せていない、しかめた表情から。


「痛がるヤツの顔は、何となくわかる……。実際にウチも、そうだし」

「え……?」

「そんな訳アリなヤツに、ウチは助けてもらいたくない……。だから二度と、助けんな……」


 引っ掛かる発言ばかり繰り返した望だったが、岳斗は最後の一言から、彼女の真心に気づき見開く。



『沫天は、ケガしてる俺を無理させないために、一人でやろうとしてたんだ……』



“「……いいから! そういうのいいから、もうウチを助けたりとか、二度とすんな……」”


 過去の望の台詞は決して、傷つけるための暴言ではなかった。地上に戻ってしまったことも反抗的行動ではなく、一人の訳アリ男の身を案じる、心遣いの表れだったのだ。今の今まで気づけなかった、彼女の優しさである。


「……ありがと、沫天」

「なんだよイキナリ? 気持ちわりぃなぁ……」


「沫天もさ、嫌いじゃなかったら、みんなと仲良くやろうよ?」

「はぁ?」


 すると久方ぶりに、両者の瞳が交差する。尖る疑心と穏やかな信心という、相反した色が対立したが、信者の言葉は穏やかなままに紡がれる。


「輿野夜はまだわからないけど、留文と芽依ならきっと、こころよく迎えてくれるしさ」

「……なんでウチが、仲良くしなきゃいけねぇんだよ? いいじゃんか、その眼鏡ヤロウみたいに放っておけば……」


「いや、沫天には是非、仲良くやってほしい。というか、仲良くやりたいんだよ」

「はぁ?」


 視線を逸らしかけた瞳は、岳斗から逃れることができなかった。


「だって俺ら、五人一組のチームだもん。一人も欠けちゃいけない、家族みたいなチームにしたいんだ」

「クッ、家族なんて、嫌いだ! くだらねぇ……」


「だったら尚更なおさらだ。沫天が望む、理想の家族を作ればいいんじゃないか?」

「……ウチが望む、家族?」


 少しずつ尖り目が弱まっていた。丸みを帯びた純真さえ観察される。


「バタバタした家庭になりそうだけど、俺がアホな長男だとして、留文と芽依が仲良し弟妹ていまい。反抗期真っ只中の次男が輿野夜で、イブはもちろん末っ子だなぁ……」


「じ、じゃあ、ウチは……姉になれってか?」


 興味アンテナをついに立てた望へ、岳斗は一度首を左右に振ってみせ、無邪気な微笑みで解答を明かす。



慈愛じあいに溢れた、母親に決まってるっしょ」



 驚愕した望の目は潤みが生まれ、困惑の揺れが見て取れる。確かに岳斗の家族選抜には違和感があり、妙な不在者の存在があったからだろう。


「確かに、これじゃあシングルマザーだけどさ。結婚相手は、自分で見つけるもんだろ?」

「なんで……なんでウチが、親だなんて……」


 その理由は、一児の父親として生活してきた岳斗だからこそわかる、家族愛に関連した結論だ。



「――相手の痛みを理解し、見えない優しさを振りいてくれるから。俺、思うんだ。ステキな母親っていうのは、一番近くの家族に、当たり前に優しくできる……隠れた大黒柱的存在なんだろうなぁって」



 何でもない家族の一時が、幸せに感じる瞬間がある。

 当たり前に出される朝御飯を食べられ、いつも通り登校や出勤の着替えを用意され、帰宅すれば日常的に“おかえりなさい”と迎えられ、関係ない愚痴や悩みをごく普通に聞いてもらえる。


 そんな当たり前に被された幸福の生産者こそ、家事や仕事に身を削る母親と呼ばれる存在だ。


 楽しむべき空き時間を我慢し、時には自己を捨てる覚悟まで抱く。稼ぎ働く夫のため、学び成長する息子娘のため、新たに生まれる赤子のため、崩れてほしくない家族皆のために、尊い身を捧げているのだ。


 なぜならテーブル上で、家族からは笑顔を配膳してもらいたいからである。


 母親の大切さなど、男の岳斗は結婚し子どもが生まれるまで知らなかった。父親となったことで改めて知ることができた。


「……バカ」

「沫天……」

「バカ……バカバカバカバカバカバカバカバカァ!!」


 突如連呼した望は寝返って背を向け、布団で頭を隠してしまう。なぜか息も荒く変わり、僅かにも鼻をすする音色さえ耳に入ってきた。


『沫天……泣いてるのか……?』


 彼女が嫌悪を示す家族に例えたことが、胸中を大きくえぐってしまったのかもしれない。泣き叫ばずとも、すすり泣きは継続され、向けられた細い背中がずっと震えている。


 また新たな罪を犯してしまったようだ。


「がァ、岳斗ッ……」

「沫天……」

「望で、いい……。グズッ、苗字で呼ばれんの、嫌いだから……」


 背景全てを理解した訳ではない。家族を嫌い家出した程度で、詳細は謎のままだ。逆に家庭の大切さを知る岳斗には、想像しても毛頭理解に及ばない。


 しかし、思わず頬を緩めてしまった。今は過去の真実よりも、目前で起きた現実の方が大切に思えたからである。何も考えず前を突き進んでいく、ガキのままの大人として、心を渡す。


「わかった。じゃあよろしくな、望」

「……」


 静かな白煙の声は、師走の空気に凍えて固まりそうだった。が、望が被った布団は僅かに揺れたことより、どうやら無事に届けられたようだ。



 ***



 時が流れた、サンタ教習所。

 クリスマス本番まで一週間を迎えた十二月十七日。現在も教習を進める罪人たちだが、日数が増えるに連れ、和気わき藹々あいあいとした雰囲気が見て取れる。自身の犯罪内容を告白するのみにとどまらず、好きなスポーツやテレビの話、憧れる俳優や女優の話題で盛り上がり、初日ではバラバラだった赤の他人の面影も嘘のようで、まとったサンタ衣装と共に振る舞っていた。


「チッ、おい留文! 箱の設計雑過ぎだ! やり直し!!」

「えぇ~え!? 望お姉さん厳し~い~」


「口より先に手を動かせっつうの!! それと芽依! もう少しプレゼント大切に扱いな! 壊れやすいゲーム機とか置物があるんだから、もっと丁寧で慎重に!!」

「フフフ。ホントの担当者みたい」


「何か言ったか?」

「いいえ。わかりました、お姉さん」


 箱詰め作業を営む二十四班では、望が主導権を握っていた。元軽作業関連の仕事を行っていたため、彼女の厳しいチェックは、崇高すうこうたるプロ意識を覚える。時には気が退けるほど指摘され、ヤル気までごっそり奪われたこともあったが。



『――でも良かった。望のやつ、体調も良くなったし。何よりも、留文と芽依も楽しそうに付き合ってくれてるし』



 望の復帰を待っていたのは、決して岳斗だけではなかったのだ。同じく多大な心配をした留文と芽依が歓迎し、全ての教習場で今の現状が続いている。ただ、大抵の景色は望がいい加減な留文を叱り、その隣で芽依がコソコソと笑うライン作業だ。

 別に大したやり取りもしていないが、端から眺める岳斗にとっては、待ちに待ったイルミネーションにも目に映っていた。


『まぁ、輿野夜は相変わらずだけど……』


「おい岳斗! 手ぇ停まってんぞ? とっととひいらぎと宛先シール加えな」

「ら、ラジャー!」


 聖の独り作業が未だに続く一方で、望に叱られた岳斗はすぐさま柊と宛先シールを箱に飾る。


「ん……? そういえば……」

「どうしたの岳斗? やらないと、また望に怒られちゃうよ? ママより恐~い、あの望に」


「怒ってやろうかーイブー?」

「ば、バレたァァ!!」


 イブと望のとんだ茶番劇はさて置き、まだ知らされていない謎を呟く。


「どうしてクリスマスに、柊を飾るんだ?」


 柊とは、プレゼント箱を始めケーキや玄関などに飾られる、ギザギザで緑葉と赤実が印象的な花。クリスマス関連では必需品とも称せるほど見覚えがある。


「フフフ。それは良い質問ですね、園越岳斗様」

「あ、キューピット……」


 質問に反応したのは、箱詰め監視役の担当者のキューピットだ。もう一人のコメットが飛び回って作業材料を運ぶ一方で、穏和な微笑みで近寄る。



「――様々な諸説はございますが、主に柊とは、魔除まよけのために飾られております」



 イエス・キリストの誕生日として名高いクリスマス。そこに魔除けとして飾られるのが、赤と緑で彩った柊。世間で目にする柊はセイヨウヒイラギと称され、日本でも主にクリスマスのリースとして活用されている。ちなみに花言葉は、先見の明、用心深さ、そして保護である。


 またクリスマスに柊の存在が欠かせなくなったのは、やはりキリスト教にまつわる伝統が関係している。柊の実は酷にもキリストが流した血を表し、またギザギザな固い葉はいばらの冠を示しているのだ。どうも圏内では、キリストが信者の罪を抱えた“受難”を忘れないためのシンボルとされ、感謝の意を評して飾るそうだ。


「へぇ~。……ちゃんと意味があったんだな……」


 クリスマスの季節になれば、必ずと言っていいほど現れる柊。少なくとも存在意義があることは岳斗も察していたが、茫然を迎えるほど意外な真実だった。他にも諸説があるとはいえ、小脳が深い意味に溺れそうになっている。クリスマスケーキの飾り付けとして存在し、毎回邪魔だと言わんばかりに別皿に移してきたが、今日から簡単に取り除けることはできないだろう。


「へぇ~……。へぇ~……」

「いつまで停まってんだよ? ほら、さっさと作業に戻れ」

「あ、ゴメンゴメン、望……」


 望の一喝で作業を再開し、いつの間にかたまっていたプレゼントたちへ、清し柊を贈呈する。

 留文が組み立て、芽依がプレゼントを入れ、そして望によって丁寧に取りつくろわれた、リボン付きプレゼントボックス。

 最後は岳斗の手で、宛先シールと柊が飾られていく。


「……あれ? 望、次の箱は?」


 未完成箱が無くなったことに気づき、作業一つ前の望に首を傾げる。


「運ばれてきた分は、今のでラストだ」

「そっか……。じゃあ、一旦休憩って感じか……」


 彗星の如く箱やプレゼントを用意してくれるコメットの幼いミスだろう。全二十五グループに運んでいるのだ。イブよりも未熟な彼だからこそ、多目に見てやるべきだ。


 しかし、ビューン!! と飛び回るコメットは岳斗たちの用意を始めなかった。メンバー揃って立ち竦んでしまう中、フフフと静かな笑みを漏らしたキューピットが現れる。


「どうやら、貴殿あなたがたが運ぶクリスマスプレゼントは、今ので全て完成したようですね」

「えっ! じ、じゃあそれって……」

「はい!」


 キューピットの表情が、聞かされた岳斗にも次第に伝染していく。実際に数えた訳ではないが、確かに今日まで数多の箱詰めを終えた。待ちに待った未来が今、目の前であらわになろうとしていた。

 子どものように叫びたいほど胸が高鳴る一方で、先に歓喜するのは自称世話役のイブだった。



「――ヤッタァァァァ!! これで箱詰め作業終了だよォォォォオ~~!!」



「ヨッシャァァア!!」


 負けじと岳斗もガッツポーズで叫ぶと、留文と芽依も手を繋ぎながら笑い合う。聖は相変わらず冷たげに無表情を保ち続けるが、望も額をサンタ袖で拭い、安堵のため息と微笑みをさらけ出していた。


「ヤッタ~! ヤッタ~!」

「あ、イブお姉ちゃん!! どうしたの~?」


「コメット聞いて聞いて!! アタシたちの班、箱詰め卒業なんだよ!!」

「エェェェェエ!! スッゴォォォォイ!! じゃあ、勝利のポーズやらなきゃだねぇ!! せ~のっ!」


「「ヤッタ~! ヤッタ~! ヤッタ~マ……」」

「……やめんかい!! お前らはその世代じゃないだろ!!」

「「ワッハハハハ~!!」」


 再び盗作疑惑を懸念し、二人の幼男女を止めることに成功した。隙を与えればすぐに発展してしまう、イブの悪癖だ。近頃は盗作やら転作やらと制約が厳しい世の中だというのに、聖書も持たない自由の幼女が顕在だった。


「二十四班の皆様。この度は、たいへんご苦労様でした。皆様は、箱詰め卒業グループ第一号です」


 キューピットが何やらスーツ内ポケットから取り出していた。手のひらサイズの黒い直方体だが、その正体に気づけた岳斗は歩み寄る。


「インスタントカメラ……?」

「はい。記念に一枚、仲良しの皆様でどうですか?」


 箱詰めを無事に終えた二十四班の、記念撮影を撮るそうだ。


 当初に比べればメンバー同士の仲は向上した。ヤンチャな留文が何かふざけ、そこで姉御肌――いや、厳しい母の如く望が叱り、その間で芽依の静寂な瞳が笑う。まるで大家族のワンシーンを思わせるようなライン作業が生まれたことが、二十四班の環境向上を明確化していた。


 聖だけはまだ打ち解けていないが、いつかこの輪に彼も入る未来を期待したいところだ。


「よしっ! せっかくだし、みんなで一枚撮ろう!」


 班のリーダーを任されている訳ではないが、岳斗が早速仕切ったことで、望に留文と芽依がキューピットの前へ身を運ぶ。記念撮影には三人とも前向きな様子で、すでにシャッタースマイルの準備は万端だった。


 岳斗もイブに手を引かれながらカメラ前に参上し、望、岳斗、イブ、芽依、留文の順に立ち並ぶ。仲良しカップルはやはり手を繋ぎ、ヤンキー金髪女性も腕組みで得意気に笑う。


 明るく穏やかな間に、世話役幼女と世話され役男性が身を引き合わせる。が、やはりレンズ内には一人だけ入っていなかった。


「こ、輿野夜! せっかくなんだから、お前も撮ろうよ」

「フッ、くだらねぇ。思い出なんか作る分だけ、束縛が増えるだけだ……」


 勇気の一矢は脆くも、分厚い氷を貫けなかった。背中を放たれながら遠退とおのいてしまうが、イブが一歩前へ踏み出す。


「聖!! 一生のお願いだから、記念撮影撮ろ!!」

「……」


『え……輿野夜が、立ち止まった……』


 心で思った岳斗は確かに、去り姿の聖が停止した像を捉えた。自分の言葉掛けには見向きもしないほど反抗的だった彼が、イブの幼い一言だけで。


「ねぇ聖!!」

「……また、一生のお願いか? これでもう二つ目だぞ……?」


「一生のお願いっていうのは、その人に全部で十個までお願いできるんだよ。だから問題ない!!」


『そんなルール聞いたことねぇぞ? ……っ!』


 やはりいい加減なイブ理論には肩を落とした。しかしその刹那、幻とも感じてしまうほどの光景を目の当たりにする。



『――輿野夜が、入った……』



 動き出した聖がシャッター内に入ったことは、イブの力による驚愕のワンシーンだった。

 思い返せばこの二人は、時おり何か話し合っている姿が垣間かいま見えた。主に食堂で一人済ませる聖にイブが寄り添っていたが、詳しい話題内容は現時点でも知らない。


 しかしその関係もあったが故に成り立ったのか、聖はシャッター内に身を投げたことで、二十四班とイブの六名が集まった。

 芽依は上の空に目を向けていたが、留文と共にピース。

 望はお母さん指とも呼ばれる人差し指を立てた裏拳。

 そして岳斗はイブに抱き着かれながら笑顔を放ち、キューピットからのシャッター音を待つ。


「……」

「き、キューピット? どうかしたの?」

「……え、あ、いや……失礼致しました。では、撮りますね」


 妙に静止していたキューピットが慌てて返事をすると、クリスマスに相応しい枕詞を掛ける。


「それでは、撮りますね。メリークリスマス!」


――パシャッ……。


 こうして箱詰め作業だけは終えることができた。インスタントカメラで撮られた写真は後日、みんなに一枚ずつ配られるそうだ。


 クリスマス当日までは、あと一週間。他の教習も終わった訳ではないが、大台の一課が終了を告げたことには満足だった。あとはプレゼントたちを宛先通り無事に運び、サンタクロースから公約された、一つ願いを叶えてもらうことに限る。


 各メンバーの願い事は未知だが、岳斗はもちろん、心臓病で苦しむ息子の手術費を願っている。

 ただ、彼らの願い事が完全に叶う予定は保証されていない。最後のプレゼントを届けるまで、どんなトラブルに巻き込まれるかわからない。最悪の場合、誰もが願いを叶えられない未来だって想像できる。


 しかし、岳斗はどことなく安心だった。なぜなら、このメンバーといっしょなら無事に届けられる気がしたからである。深い論理も理由もないが、瞳には自信を表す輝きが浮き彫りになっていた。



『――イブも含めて、この六人なら大丈夫だ。みんなでいっしょに頑張ろう!!』



 最初はバラバラだったはずの、六本の氷柱。今宵こよい初めて、 * アスタリスクを型どることに成功したようだ。



 ***



 本日の教習は終わり、罪人たちが眠りに着く頃だった。

 長く伸びる廊下も無音のベールに包まれていたが、聖だけが壁に寄りかかっていた。相変わらず表情は冷たいが、首もとより隠し持った小写真付きペンダントを覗き見ている。

 その写真には二人の像が浮かび、弱々しい母の傍ら、眼鏡を掛けた青年が立ち添っていた。


「あ、いたいた!! 聖~!! 探したよ~!!」

「チッ、しつこい小娘だ……」


 ペンダントをしまってから不機嫌な舌打ちを響かせた聖に、突如現れたイブが駆け寄ってきた。孤独の空気に包まれていた廊下に、相反した表情の温度が隣り合う。


「ありがと、聖!! 写真撮影、みんなといっしょに撮ってくれて」

「……」


「あと、もう一つの一生のお願いも、無事にやってくれたんだね」

「……」


 足下に移ったイブが見上げ、煌めく瞳を合わせる。



「――空箱のプレゼント、用意してくれてありがと」



「……おかしいとは思った。中身以外、一式余ったんだからな。でも、宛先を見たら……察しがついた」


 口数が増した聖だが、すぐにイブから立ち去ろうと動き出す。


「あのプレゼントを届けるのは、最後にしてあげてね」

「アイツが最後まで残ってれば、な……」

「うん! きっと大丈夫。よろしくね!!」


 やがて二人の影は距離を増し、廊下は再び孤独の空気が舞い降りようとしていた。

 聖の後ろ姿が消えるまで、イブは穏やかな微笑みを保ちながら見送る。一見冷徹染みた若い男だが、サンタ幼女の瞳には確かに、心のキャンドルを捉えていた。



『――やっぱり聖は、岳斗と同じで、家族思いで優しい人なんだ。とってもビッグな愛を持ってて、憎んじゃいけない罪人の一人なんだよ』



 表情の明るさを灯しながら、岳斗の部屋に戻ることにした。

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