クリスマスイブ*プレゼントの中身*

 午前五時半をまたいだ笹浦市。

 依然として雪景色が拡がる中では、徐々に厚着な社会人たちの姿が現れた。予報によると、粉雪が降り積もる心配はないらしいが、交通機関の乱れを懸念した出勤者たちが早くも駅へ向かっている。真面目極まりない、勤勉な日本人らしい景色さえ垣間見え、ホワイトクリスマスももうじき終演を迎えそうだ。


「ほら岳斗~! こっちだよ~!!」

「ちょっとイブ、待てってば~! 滑ったら危ないだろ~?」


 薄暗い小道には、岳斗とイブの追いかけっこシーンが公開されていた。


「こっちだよ岳斗~! 急いで急いで~!」

「なぁイブ~! 俺たち一体どこに向かってんだよ~?」


「ニヒヒ~! それは着いてからのお楽しみだよ~!!」

「はぁ~?」


 なぜ目的地を隠そうとしているのか、不思議でならなかった。今は亡き聖が最後に残したプレゼントを配るため再開したのだが、その宛先も認知していなければ、白袋に包まれた箱の正体すら見たこともない。


『イブは一体、俺をどこに連れてくつもりなんだろ……?』


 イブが白袋に入れたままプレゼントを運んでいるため、何もかも知らない岳斗はただ幼女を追いかけることしかできなかった。サンタスカートが上下に揺れ、風になびいたクセ入りセミショート姿からは、ずいぶんと楽しそうな様子が窺える。また午前六時のタイムリミットも迫っているため、最後の最後で妙な不安感の沸き起こりも覚える。


「キャハハ~!! こういうの、ずっと前からやりたかったんだよね~!!」

「こういうのって……っ! い、イブ!? 大通りに出るのかよ!?」

「だって入り口はこっちにしかないも~ん!」


 ふと小道の十字路を曲がったイブに、罪人は戸惑いをハの眉で示す。大通りで姿を現せば、自然と人目に付くことになってしまう。


「裏から侵入とかできないのかよ~?」

「ムリムリ~! だって今までみたいな民家じゃないから~!」

「み、民家じゃない?」


 声を挙げながら愉快に駆けていくイブの後ろで、更に不審の念が強まる。確かにここまでの届け先といえば、時おりアパートで大多数が一般民家だった。空き巣犯として侵入を何度も繰り返してきた訳だが、どうも今回は大通りに面した入り口からという、正面突破らしい。

 だとすれば、一体どこに向かっているのだろうか。

 民家でなければアパートなのだろうか――いや、アパートに侵入しようとした際には停めなかったため、また別の建物だろう。

 はたまた、子どもたちが多く集まる施設なのだろうか――だが、この時間帯ではさすがに子の居場所は家に限るため、これも考えにくい。

 もしや、プレゼント配りの振りをして、このまま警察署にでも連れていくつもりなのだろうか――しかし、市内の警察署とは別ベクトルに進んでいるため、これも違うようだ。


『まさか、イブのやつ……ただ追いかけっこやって、遊んでるだけとかじゃないよな……?』


 このに及んで、無邪気な幼女に不信感が生まれかけた。サンタ教習所でコメットとおこなっていた“ケイドロ”を思い出してしまうほど、遊戯ゆうぎに浸る幼い背中が見受けられてしまう。しかし、大通りに出た少し後にイブが立ち止まり、隣に立って白息を溢す。


「イブ、どうしたんだよ……?」

「ここだよ、最後の届け先……」


 微笑ましい顔をふと左に放ったイブにつられ、岳斗も侵入先に目を向ける。


「こ、ここ……?」

「うん……ここの、最上階なんだ」


 一般的な民家とはたいへん異なるほど大きな建物で、警察署よりもさらに体積を誇る、マンションにも比毛をとらない建築物だった。横長に延びているにも関わらず、縦に並んだ窓の見る限り五階建てで、 見上げるほどの高さが顕在だ。一言で表せば、白い巨塔と称することができるだろう。

 確かにイブが言っていたように、空き巣の如く壁をよじ登る侵入法は難しそうだ。いかりつきロープを引っかける凹凸も発見できず、足をかける場も観察されないが。


「――っ! まさか、ここって……」


 不意に目を見開き、無意識にも独り言を鳴らした。独特な構造物の名称は言わずもがな、届け先の相手まで脳裏によぎったからである。だからこそイブは自分に届けさせようと、聖にまで協力してもらったことまで悟る。


「い、イブ……」

「うん。部屋番号は前と変わってないから、わかるでしょ?」

「……あぁ」


 驚き目は開いたままだったが、ゆっくりと歩み出したことで、今度はイブが後を追う体制を整える。


 透明ガラスの自動入り口から踏み入れると、まずはたきぎが燃えているような温暖地に触れる。横に目を送れば、岳斗の身の丈ほどある、レースからサンタクロースの小物まで装飾そうしょくられた、煌めく緑のクリスマスツリーが直立していた。薄暗い建物内を確かに照らしている一方で、遠い奥まで続いた廊下には、カラフルなイルミネーションが延び渡っている。闇の中でも道を示し、まるで光の架け橋のような役割を果たしていた。


「確か、階段は廊下の奥だったはずだ……」

「うん……。行こう……」


 建物内構造が頭に残っている岳斗はイブを連れて直進し、“待合室“と掲げられた空間から、イルミネーションの廊下へ向かう。人気ひとけは皆無だが、恐らく院内の子どもたちが作製したであろう、クリスマス関係の絵たちが所狭しと並んでいる。テーブル上に七面鳥を配膳された家族団欒だんらん、サンタクロースが乗ったソリをトナカイたちが引き飛ぶ夢模様など、発光体でもないのに輝き放った錯覚をしてしまうほど、笑顔の表情ばかりが描かれていた。


「あった……。イブ、疲れてないか? 一応エレベーターもあるけど……」

「平気平気。アタシたちは、病人じゃないんだから……」


 元気は有り余っている様子だが、静寂な雰囲気を気遣う小声で囁いた。見た目は小学校低学年幼女にも関わらず、たいへん立派な気配りだ。

 階段に足裏を置き、無音空間にサンタブーツのセッションを響かせながら、見づらい一段一段をゆっくりと登っていく。しかし二人の会話は一切鳴らされず、気づけば二階、三階、四階と、ついに最上階の五階にたどり着くまで沈黙のままだった。


「“501”号室……だったよな?」

「うん。右奥の方だね……」


 確認も取りながら、静かな廊下を右方向へ曲がり歩んでいく。五階の廊下でも様々なイルミネーションがほどこされ、非常階段を表す緑のランプも気にならないほど周囲を包んでいる。


「着いた……。やっぱり……そっか」

「エヘヘ。黙ってて、ゴメンね、岳斗」


 ついに目的部屋へたどり着き、イブと共に標札へ目を置く。部屋番号は間違いなく“501”と記され、室内で暮らす子の名前も想像と一致していた。


「さぁ、入ろう……。プレゼント、心待ちにしてるから……」

「よしっ……」


 イブの穏和な囁きもあって覚悟できた岳斗は、眉を立ててスライド式扉をゆっくり開ける。


 室内に入ると心電図の一定音が奏でられており、やはりたった一人の少年がベッド上で横たわっていた。小さな口を大きな呼吸器に覆われ、四歳児の安らかな寝顔と言ったら何ともいとおしい。

 眠れる少年のそばで岳斗は見下ろし、一度は唇を噛み締めるが、徐々に微笑みが生まれ、暖まった心の中でそっと呟く。



『――風真……。久しぶりだな……』



 目の前にいるのは、紛れもなく息子の風真だった。空き巣に身を捧げて以来の再会で、ずいぶんと長い間が空いてしまった気がする。

 現在も変わりなく、闘病生活を強いられている。以前見たときよりも一回り痩せていることに気づき、心配のあまり固唾を飲み込む。眠っているとはいうものの、何とも弱々しい四歳児だと感じるばかりで、瞳に嫌な潤みが生まれていた。


「風真……」

「大丈夫だよ、岳斗。風真はまだ、しっかり生きてる……」

「イブ……」

「ほら……」


 背後のイブが顎突きした先へ目を向けると、心電図が飛び込んできた。映し出された心拍数では、一般人よりも半分近く少なかったが、緊急音が鳴るような様子は感じられない。また波形に関しても、触れ幅は狭いが、一定のうねりを繰り返している。


『良かった……。まだ手術には、間に合いそうだ』


 不安を拭えたことで微笑み、かえって瞳の熱が増し、自慢の息子を安心して見つめるようになっていた。正直言えば、今すぐ起こしてやりたいほど声を掛けたかった。が、時間はまだ二十五日の午前六時前。昨晩はサンタクロースからのプレゼントが待ち遠しいあまり、慣れない夜更かしをしたかもしれない。

 また、サンタクロースの正体は父親だという真実を目の当たりにさせ、夢見る四歳の心を傷つけたくもない。


 ここは話し掛けず眠らせ、父親として我が子の邪魔をしないよう、声を静寂にゆだねることにした。


『風真が無事で、なによりだ。ホントに、良かった……』


「ねぇ岳斗……。風真のプレゼント、岳斗が開けてあげて」

「え……。お、俺が?」


 小声に振り返った岳斗はイブより、白袋から取り出されたプレゼントボックスを受け取った。

 箱には確かに、国立協同病院の住所と部屋番号に、“園越風真様”と記載された宛先シールが貼られ、送り先に間違いはない。しかし手に持ってみたところ、やたらと軽い感触でどうも不思議だった。

 また、貰い手本人が開けるべきプレゼントを、果たして配り手の自分が開封してしまってよいのだろうか。まるでプレゼントの意味がなくなってしまう気がするのだが。


「……」

「ほら? 開けてやって。願った風真のためにも、さ」

「あ、あぁ……」


 疑念が消えることはなかったが、イブの指示に従うことに決め、聖が隠し持っていた最後の一箱に目を置く。望が綺麗に整えた赤リボンをほどき、留文に設計され芽依に閉ざされた箱口を恐る恐る開ける。

 風真は一体サンタクロースに何を頼んだのかと、考えながら。



『――あ、あれ……? 何も、ない……』



 中身に何も存在せず、まさしく重さ無き空気のみが封されていた。箱を逆さにしてまで揺さぶってみるが、やはり空箱以外何物でもなかった。


「な、なぁイブ? これ、空箱なんだけど……」

「うん。空箱だよ」

「は、はぁ? お前こんな場面でもふざけるのかよ~?」


 あくまで小声のまま突っ込んだが、自信ありげに微笑するイブが不審にも映り込んだ。最後の最後で幼きイタズラが始まったのかとにらんでしまったが、世話役幼女サンタの微笑みが左右に振られる。



「――空箱だけど、中身はちゃんとある……。すぐに、わかるよ」



 ますます理解困難な言葉を浴び、首もかしげられぬほどまばたきを繰り返した。空箱なのに中身があるとは、大いに矛盾した結論に感じてならない。結局は幼女がテキトーに考えたイタズラへの言い訳なのかと思えたときだった。



――ガラガラ……。



「――ッ!! ヤベっ! 見つか、った……っ!」


 突如スライド式扉が開かれると、岳斗は二度も心臓が止まりかけてしまう。容疑者として見つかったショックもあるが、むしろ現れた一人への驚愕の方が増していた。


「……岳斗、なの……?」


 一方で、同じように固まってしまった登場者は、目下のくまが目立つ女性だった。同年齢かつ、高校時代に同じ部活動にも所属していた、今では一つ屋根の下で暮らすべき御相手である。


 目を見開いた岳斗。

 すぐそばにはイブ。

 背後には眠る風真。


 そして扉の前で立ち止まった女性に囲まれながら、プレゼントを抱く罪人サンタクロースは、ただ漠然と彼女の名を囁く。



「常海……」


「岳斗……」



 妻の弱声が室内に響き渡ると、その一家はクリスマスの沈黙に包まれた。外の粉雪が地に落ちる音が聞こえそうなほど、静寂な空間が誕生した。


 一家の再会を、きっかけに。

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