GiFT＊ガキのままの俺に届いた贈り物＊

第三夜＊連れてこられた理由＊

「さ、サンタ!?　この俺が!?」

「そうそう！　だからよろしくね～ん!!」

　赤い人混みと灯りはあれど、野球ドームの如く広い空間内にて、岳斗の悲鳴が幼女のかん高い声で返された。

　スカート型のサンタコスプレで出現した、癖毛目立つセミショートにサンタ帽を揺らす小娘。無邪気さ故の火照る瞳からは、小学生低学年程に窺える。

　しかし、なぜ彼女が声を掛けきたのだろうか。またどうして自分の名前を既に知っているのか。

　この場に拐（さら）われてから驚き三昧の岳斗は、目前のサンタ幼女をただ茫然と見下ろす。もちろん親戚の娘でもなければ、記憶にも存在しない赤の他人だ。

「――アタシの名前はイブ!!　ずっと探してたんだよ～岳斗！」

『今さらだけど、いきなり呼び捨てかい……』

　ふと思ってしまったが、敬語の概念などまだ学んだことがないのだろう。無邪気とは、規則を破っても良い特権を秘めているのかもしれない。

　名前は教えてくれた少女だが、やはり岳斗の脳に“イブ”という顔は記憶されていなかった。営業マンとしての勤務中、どこかで出会った顧客の娘様なのかもしれない。

　跳び跳ねて歓喜するイブを見下ろしつつも、もしや今は迷子なのかと心配した岳斗は、現役時代に身に付けた作り笑顔を構え、膝を曲げて目線を合わせる。

「あのさ、お嬢ちゃん……もしかして、迷子かな？」

　大人として話術と表情の切り出し方には、元営業マンとして自信がある。きっと顔見知りだったため、不安ながら声を掛けてきたのだろう。サンタをやってもらうなどと下手な冗談まで考えて。

　幼女のはしゃいだ様子も止まり、穏和な目で見守る一時を迎えようとしたが。

「うわぁ～笑顔ヘタッピュア～。それでも元営業マンのつもり～？」

「は、ハァ!?」

　突如変化を見せたイブは目をにやつかせ、大人の岳斗を下に見る態度で平らな胸を突き出す。

「てかさ～、子ども扱いしないでくれる～？　アタシ、岳斗の世話役なんだからさ～」

「せ、世話役!?　……お、お前が？」

「あッ!!　ま～た子ども扱いした～!!　まったく酷い大人だよ!!　子どもを何だと思ってるんだかぁ～」

　完全にペースを乱されて立ち上がり、思わず唇を噛みながら幼女を見下してしまった。大人げない行動だとは自覚しているのだが。

『う、嘘だろ……さっきまでのかわいらしさはどこ行っちまったんだ？　てか世話役って、この娘（こ）が!?　俺の!?』

　無邪気で快活的な幼女かと思いきや、まさかの大人を小バカに貶（おとし）める悪女だった。何よりも困惑したのは世話役だと聞かされたことで、更なる驚きが寒気として襲う。

「まぁまぁとりあえず、サンタのおじいちゃんのお話聞きな。ここに連れてこられた理由、これからやる内容とかも、教えてくれるからさ」

「え？　あ、あぁ……」

　妙に説得力のあるイブに狼狽（うろた）えながら、壇上の自称サンタクロースの老爺（ろうや）に再注した。幼女の言った通り、ここに誘拐された理由は依然として不確かではある。

「きっと手荒い真似で連れてこられたじゃろぉ～。そこに関しては、皆の衆にはたいへん済まなかったと思っておるぅ」

　嗄（しわが）れた声のサンタクロースには、未だに不審目が止められない。しかし、徐々に現状が明らかになることで眉間の皺が取れていく。

「ワシが御主らを招かせたのは、無論他でもない。今年のクリスマス、ワシの代わりにプレゼント配りをお願いしたいのじゃあ。理由は見てわかろう」

『確かに……。じいさん今にも死にそうだしなぁ。立つのもやっとだろ、あの見た目じゃあ……』

　還暦どころではないほど老いたサンタクロースには、岳斗も甘んじて妥協していた。

　とはいえプレゼント配りの手伝いという、面倒事に巻き込まれた感が拭い切れず、反って白のため息を溢す。

「――もちろん、タダで働いてもらおうとは思っておらん。プレゼントを無事に最後まで届けた者には、ワシからプレゼントを送りたもぉ～。御主らが今、一番欲している物をじゃ」

『プレゼント……金とかも有りなのか……？』

　この話が真実であれば、金品のため空き巣を繰り返す岳斗には都合が良い。難病を抱える息子の手術費に充てられるのであれば、乗っても良い交換条件に思えた。

「あ、あの!!　おじいさん!!」

　即座に挙手し、遠くのサンタクロースを振り向かす。

「俺！　今すぐやります!!　とっととやって、ここから出ていきたいので!!」

　仕事に追いやられているほど、時間の余裕はない。いつ途絶えるかわからない風真の命があるからこそ、急いでこの暗屋より脱出しなくては。

　周囲の赤なる他人からも視線を集めていたが、恥ずかしさなど毛頭抱いていない。が、返答は老爺からではなく、その隣で立つブリッツェンから返される。

「テメェ!!　勝手なことぬかんしてんじゃねぇぞゴルアァ!!」

「は、はぁ？　どこが勝手なんだよ!?」

　気に障る発言をしたつもりなど無かった。何もブリッツェンがそんなに怒らなくても良いではないかと、怒号をぶつけられ、後退（あとずさ）りで焦燥を示す。

「ねぇ岳斗？」

「な、なんだよイブ？」

　ふと背後から囁いたイブに、岳斗は困りつつも振り返ってみる。

「今日はまだ十二月二日だよ？」　

「だ、だから何だって言うんだよ？」

「はぁ～……かわいい息子がいるっていうのに……」

　やたらと個人情報を知るイブも気になるところだが、呆れたような細目で合わされる。片足重心で腰に手幼女と向き合い、嫌な予感が的中してしまう。

「――クリスマスプレゼントを贈るのは、二十四日の夜中からに決まってるでしょ？　大人のハヤトチリで、子どもたちの笑顔まで奪わないでよね」

「は……ハアァァァァ～～ア゛!?」

　クリスマスイブの夜にプレゼントを貰えるシステムは、父親には確かに認知している。しかし、現在の日時と当日の大きな開きには壮大なビブラートを奏（かな）で、しゃがんでイブの狭い赤毛布の両肩を握る。

「うわっ！　ロリコンだ!!」

「うるせぇ!!　どこでそんな言葉覚えた!?」

「ハハ～ウケる～」

「何で嬉しそうなんだよ!?　責めて否定してくれ!!　……じゃなくて、二十日以上もここにいろってことかよ!?」

　この娘が本物の性犯罪者に直面しなくて良かったと、一時は取り乱しかけた。

　何とか思考軌道を取り戻し、イブからサンタの関係者として答えを求めた。二十日もあれば空き巣など何件もできるため、このまま長期滞在など望ましくない。

「当たり前だよ。今日からクリスマスイブまでは、基本的に外出はできないよ。箱詰め作業とか、訓練だってあるし。むしろ二十日じゃ足りないくらいだよ」

「ふ、ふざけんな!!　仕事の内容は届けることだけじゃねぇのかよ!?」

「人様の話は最後まで聞く。サンタのおじいちゃん、まだ全部話してないんだからさ～」

「……もういい、断る！　もう今日で、今すぐここを出るからな!!」

　幼女にもからかわれたことで怒濤（どとう）の火を吹き、岳斗はイブに背を向けて去ってしまう。

『冗談じゃねぇよ……。こんなのやってられっか！』

　不審者率いる八人のスーツ男女集団に、嘘偽りの可能性しか感じられないオンボロ老爺。加えて、こちらが世話をするはめになるに違いない自称世話役のイブには、すでに我慢の限界を迎えていた。一番欲している物を贈呈するなど、労働させるための見えないエサに違いない。世の中を生きてきて、そんな虫のいい話など体験した試しがないのだから。

「ここでもねぇし、あっちでもねぇ……ったく、出口はどこなんだよ？」

　損（そこ）ねた機嫌を高鳴る足音と早歩きで表す。多くの扉の開け閉めを繰り返すが、どこも元の個室と似た空間ばかりで、外の景色など依然として目に訪れない。

「ねぇ岳斗？　脱出なんて止（や）めときなって」

　一度はイブに振り向くもすぐに目を逸らし、再度数々の取っ手に触れ移る。

「ねぇ岳斗ってば～？」

「俺はそこらの暇人と同じじゃないんだ。一刻も争う中で、グズグズしてる場合じゃないんだよ」

「気持ちはわかるけどさ……でも、脱出なんてしたら、それこそ未来が決まっちゃうよ？」

「未来が、決まる……？」

　意味深いものを感じ取った岳斗は行動を止め、もう会うつもりもないサンタ幼女に瞬（まばば）きを示す。するといつの間にか落ち着きの少女像に変換され、円らな瞳からは幼い者なりの真面目さが妙に伝わる。

「岳斗はさ、ここを出て行って、どっか行く宛（あて）とかあるの？」

「……いや、無いけど」

「じゃあなおさら、ここに残るべきだよ！　だって、そうでもしないと……」

　すると嫌な間を空けてから、岳斗に瞳を尖らす。

「――警察に捕まっちゃうよ？　それも、今すぐに」

「――ッ!!　い、今すぐ!?」

　空き巣常習犯として、身内にまで凍えさせる一言だった。するとイブは岳斗へ、僅かな冬風で折れてしまいそうな人差し指を向ける。

「実はその衣装には、“グランプリンセス”と同じ機能があるの」

「ぐ、グランプリンセス……？」

「ほら、どこにいても居場所がわかっちゃうやつだよ。スマホの機能にもあるでしょ？」

「……それ、GPSじゃない？」

「まぁ、そうとも言うのかな？」

「いや、そうとしか言わないんだけど……」

　百歩譲ったとして、“GP”をグランプリンセスと訳したことは許そう。しかし最後の“S”はどこに抹消されてしまったのだろうか。まさか、プリンセスの“ス”に当てはめたというのだろうか。幼女の発想とは何と豊かなことだろう。

　しかし、大人しく一変したイブを真に受け、岳斗は固唾を飲み込んでここまでの記憶を整理する。

『そっか。やっぱアイツら、警察関係者なんだな……』

　ブリッツェンを始めとするスーツ男女集団、そしてサンタクロースを名乗る老爺の正体を予測した。岳斗はもはや逮捕された感覚に陥（おちい）り、諦めの視線が徐々に下がっていく。

『何がサンタクロースの代わりになってもらうだ……バカにしやがって』

　警察にも舐められたものだ。犯罪者の心を弄（もてあそ）ぶなど、何とも人となりが酷に思える。終いにはイブという、悪（あ）しき現実も未知に違わない幼女にも手伝わせている。正義としては無論、人としても呆れてしまうほど見ていられなかった。

『まぁある意味、俺も同犯だけどな……』

　空き巣をして金品を奪い、法を犯してきた自分自身を考慮すれば、むしろ己の方が幼さを感じてならない。無邪気など皆無なだけに。

　この場は監獄だったのだと、やっと理解することができた。故にこの場へ、無理強いにも連れてこられたのだ。少し前に轟かされたブリッツェンの脅し言葉も受け止められる。

『ん？　いや、待てよ……ブリッツェンは通報するって言ってたけど、どこにだよ……？』

　ふと疑問に思い目線を上げ、壇上のサンタクロースらを眺める。仮に彼らが警察だとしたら、もう既に手錠を掛けられてもおかしくない状況だ。にも関わらず両手は自由で、しかも囚人服でもない。

「岳斗どうしたの？」

「イブ……。あの、一つだけ聞かせてくれ。アイツらは、ホントに警察なのか？」

　打って代わり、今度は岳斗が眉を立てて尋ねると、イブからは鼻で笑われてしまう。

「んな訳ないじゃ～ん！　岳斗はハヤトチリの天才だね」

「じ、じゃあ、アイツらは、それにお前は一体何者なんだよ？」

「もぉ～！　いい加減受け入れてよ！　サンタさんと愉快な仲間たちだって！」

　機嫌を損ねた様子のイブからは大きなため息まで吐かれてしまったが、次の刹那、明かされる真実が岳斗の胸に射（い）られる。

「――だってここは、サンタ教習所だよ？　サンタクロースが罪人たちを集めて、警察の干渉無しに更正を願って整えられた場所なの。空き巣なんてやっちゃった岳斗みたいな、ガキのままの大人のための、神聖な施設なんだよ」

「……へ？　じゃあ、ということは……」

　焦り目で周囲を窺った。なぜなら、バラバラに彷徨（うろつ）く赤の他人たちの正体まで理解することができたからだ。この場にいる者たちの、素性まで明確に。

『――みんな、犯罪者ってことかよ……？』

　罪人の特徴とは、他者と接したがらないことである。常に不信感という暗雲より深い闇が、胸内に秘められているからだ。

　それは同じ範疇（はんちゅう）で生きる男にはよく理解でき、ここに来て初めて素直に飲み込めた真実の一つだった。