第四夜*五人の罪人たち*

 茨城県笹浦市警察署。

 笹浦駅から徒歩十分の国道沿いに建立こんりゅうされた、真夜中でも闇を照らす白き建物。日付をまたいだ深夜の現在は、灯りに包まれた入口すぐの受付カウンターには人一人見えず、静観と極まっていた。


 しかし現在、数多の警察官で内装された、広々しい会議室が開かれていた。ホワイトボードを正面に着席した人数は署内以上ほど数えられ、いつにも増して多いパトカーの台数と比例している。


 壇上に犯罪取締役の年配上官――葛城かつらぎ厳師げんじが上がることで、改めて厳粛げんしゅくで緊張感が走る空気に包まれる。


「これより、連続空き巣盗難事件、及び、連続強盗殺人事件について会議を進める」


 しわがれを感じさせない厳師の一声が放たれると、一人背の低い男性警察官が挙手で立ち上がる。



「――笹浦駅前交番担当、羽田信太郎です。自分からは、空き巣盗難犯の園越岳斗について申し上げます」



 隣にもう一人の笹浦駅前交番巡査官――児島秀英を置きながら、巡査長の信太郎は分厚い胸板を突き出して続ける。


「今回取り逃がした園越岳斗ですが、現在も逃走中。行方は未だにわかりかねます」


 十二月一日の駅前の夜では、岳斗を追ったは良いものの、結局は二人の手から免れてしまった。担当箇所であるだけに悔しさが押さえきれず、太い両腕に備わった拳が震えていた。自身の心に掲げた、“検挙率百パーセント”という崇高な目標にもかえってさいなまれながら。


「しかし、これまでの犯行現場を考慮する限り、岳斗は市内から出る恐れはないと推測してます。ですので……」


 辺りに視線を配りながら、自身の思いを浸透させようと試みる。


「今後も、市内警官の皆様には是非協力を得たいのです! どうか……」

「……なぁ、羽田巡査長?」


 ふと厳師に言葉尻を被せられた信太郎は口が閉じ、真剣さを秘めた瞳を向ける。すぐに肘を着けて鼻下杖を構えた睨みに遭遇し、犯罪取締役代表者の隠れた口許から咳き払いを受けてしまう。



「――君、犯人に情を注いでいるだろ?  この捜査から外れろ」



「な、なぜですか!? 自分は決してそんなことありません!!」


 猛反対だと言わんばかりに轟き声をぶつけた。確かに、罪を背負った岳斗とは高校以来の親友関係だ。が、警察服をまとう者として、彼の犯罪を許そうとしたつもりはない。


「嘘は言わんでいい。別に免職させるつもりもないし、今回目撃者という理由だけでここに来てくれたことも敬意を評する。安心してもう一方の捜査に集中してくれ」


「嘘なんて一つもついてませんって!! それに、笹浦市で連続してるこの事件は、同じエリアを護る自分にとって重要です!! 例え上官命令でも、引き下がる気はありません!!」


 冷徹な発言に屈伏することなく、真っ正面から意思を貫いた。相手が親しき人間だからこそ、自分が絶対に捕まえて理解させねばと。

 しかし、厳師からはついに呆れ気味のため息を吐かれ、次の瞬間、信太郎の心がじ開けられてしまう。



「――じゃあなぜ君は一度も、“園越容疑者”と呼ばない? しかもさっき、“岳斗”と下の名前で呼んだよな?」



「――ッ!! そ、それは……」


 正直言えば、呼び方など意識していなかった。どちらも当事者が同じであるため、気に留めるまでもないと感じていたからだ。

 上官からの思わぬ台詞で、信太郎は勢いを失い、相乗して視線が下がっていく。脳と心の意見が食い違うことで、嘘という失言しつげんが生まれるのだと実感しながら。


「羽田巡査長?」

「は、はい……」


「正義をまっとうする警察官において、最もやってはいけないこと……覚えてるか? 入校時で学んだはずだぞ?」

「もちろん、覚えてます……」


 全国民の生活安全を守護するという目標の下、日々たいへんな疲弊ひへいを受け持ちながら、正義という誇り高き職務を任される者こそ警察官。

 正義の味方が最もやってはいけないことなど、もちろん信太郎にはわかっていた。



「――どんな理由であろうとも、警察官は犯罪者に同情してはいけない……です」



 同情とは、警察官が犯罪者に加担する結果を招く危険性を秘めているからだ。それはもはや共犯とも捉えられてしまい、二度と正義を語る資格などない。

 善と悪の隔離された狭間でこそ、存在意義を抱くのが正義。なぜなら正義とは、善悪の二極化された世界全てを監視する義務があるからだ。いつか悪の人間が、正義という煌めく架け橋を経由し、善の範疇はんちゅうに訪れることも期待して。


 しかし正義と呼ばれる中立的概念は、善悪と比べてしまえば、三種の中で最も薄情でいなくては務まらない。それは言わずもがな、同情を禁じられているのだから。

 

正義を語り貫く者ほど、残酷さを秘めている。正義こそ善だという意見は、とんでもない語弊だ。


「……じゃあ次は、連続強盗殺人について、誰か伝達できる者はいるか?」


 信太郎は静かに着席したが、後半の会議内容など取り入れる余裕がなかった。隣の児島秀英はしっかりと聴く体勢で臨み続ける一方で、巡査長らしからぬ俯きが継続する。



『岳斗……なんで犯罪になんか、手を染めたんだよ……?』

 


 多くの警察官で満たされ進む深夜の会議。信太郎は一人心の中で葛藤し、岳斗の今後を考え続けた。未だに、“園越容疑者”と呼べぬまま。



 ***



 サンタ教習所。

 依然として壇上の、スーツ八人衆で囲まれた老人サンタの長話が続いていた。その一方で、脱出困難だと理解した岳斗も今は落ち着き、静かに耳を傾けている。


『まさかこの場にいる全員が、犯罪者だとは……』


 傍で腕組みをしながら寄り立つ、サンタコスプレ少女――イブの教えもあってようやく現状が頭に入ってきた。

 罪を犯した者たちが集められ、その中に空き巣犯の自分がいることは、何も違和感を覚えない。GPSを備えられたサンタ衣装からは囚人服よりも束縛を感じ、プレゼント配りという名目のもと罰を与えられるのだろう。二十日以上の滞在はもはや懲役期間のようなもので、どことなく逮捕後の未来とよく似ている。


「ではではぁ、これより御主らにはグループを作ってもろぅ。五人一組となりて、クリスマス当日まで仲良く励むのじゃぞぉ?」


 どうやらサンタクロースの長編説明も終わったようだ。辺りの赤の他人たちも初めてざわつき歩き回る。

 これから始まる未来は、苦難の連続であることに違いない。しかし、空き巣という困難を多く繰り返してきた岳斗は臆することなく、眉を立てて動き出す。



『待ってろよ、風真。絶対お前を、生かしてみせるから……』


 全ては儚き息子のために。


「なぁイブ……?」

「どうしたのいきなり~? アタシが見る限り、岳斗は言うほど無垢むくに見えないけど?」

naiveナイーブだなんて言ってねぇだろうが……」


 流れの勢いをき止めがちなトンデモ堤防――イブの返しにはウンザリし、思わず白く鮮明なため息が出てしまう。


「確か、五人一組って言ってたな。要はあと三人いればいいってこと?」

「いや、四人。アタシはあくまで世話役だから、プレゼント配りとかしないよ!」

「……まぁそうだよな」


 小学生低学年ほどの少女には、あまりにもランドセルを重くさせる仕事内容だ。イブの幼い肩ならば、背負った瞬間にも外れてしまうだろう。

 とはいえ、あと四人とグループを組むということは、現在一人歩きの状態だ。別に個人行動でも良いのではと反論したい胸中きょうちゅうだが、辺りの他人をテキトーに誘ってみようとしたときである。



――「あの~! そこのお兄さん!! 良かったら一緒に組まない?」



「え、俺のこと……?」


 突如振り向かせたのは男性の、夜道も明るく照らすような高い一声だった。若干二十歳を思わせる茶髪青年が、うつろ気味な瞳を下げた中学生程のショートボブ少女の手を引いている。もちろん二人もサンタ衣装で、女子の方は黒タイツのスカートでほどこされていた。


「そうそう! 良かったらボクらと組まない? まだ二人だけだからさ~」


 笑顔を絶やさず紡ぐ若者には、何と助けられたことか。早くも二人を集められたと言い換えても異ならない、恵まれた出発を迎えられそうだ。


「よ、よろしく! 俺まだ一人だったから助かるよ」

「御互い様だって~! てか、その隣のは?」


「ハロハロ~!! 呼ばれて飛び出てイブちゃんで~す!!」

「イブちゃんって言うんだぁ~! かわいい名前だね!」


「おっ! ロリコン注意報発生!! ウケる~」

「だから何で嬉しそうなんだよ? 頼むからやめてくれよ」


 生意気幼女に呆れたが故に、肩が外れるほど落ち込む。あの一言だけでロリコンと罵られては、もはや全国の大人全てが性犯罪者になってしまう気がする。


「よろしくねイブちゃん! それにお兄さんも!」

「お、おぉ。俺は園越岳斗。これでも一応子持ちなんだ」


「岳斗か~! かっけぇなぁ~!! ボクは……その、えっと~」

「え……?」


 流れよく自己紹介に移れたと思いきや、男の目は泳ぎ始め、流暢りゅうちょうだった口がとどこおってしまう。緊張のせいか、鼻を人差し指で拭ってみせる。もしや彼は記憶喪失なのだろうかと疑いかけたが。


――「りゅうどう、とめふみ、だよ……」


 すると、彼が手を握る寡黙な少女の初音が鳴らされた。か細く聞き取りにくい弱音だったが、男はスッキリ思い出せたかの様子に変わる。



「――ゴメンゴメン! ボクは流道りゅうどう留文とめふみ!! んで、この路端土みちばと芽衣めいちゃん! これからよろしくね岳斗! それにイブちゃんも!!」



「キャハハハ~!! ロリコン注意報ステージスリーへ移行しま~す!」

「何段階評価なんだよ、ったく……」


「ステージスリー!? やったぁ~!! レベルアップってことだよね!! どんな技覚えるの? それとも進化!?」

「お前も乗るな!! このチャラ男!!」


 流道りゅうどう留文とめふみというおバカ民が増えてしまったことを考えれば、先が騒々しそうで悩める。残る路端土みちばと芽衣めいがどうか真面目な娘であってほしいと、切実に願ってしまうほどに。


「み、路端土さん……その、よろしくね?」


 今のうちに仲良くしておこうと、営業マン時代に身につけた作り笑顔で手を伸ばす。なかなか目を合わせてもらえなかったが、まずは始めの一歩として握手を試みる。


「うん、よろしく……」

「うん……あれ?」


 しかし岳斗の手には芽衣のたなごころが送られず、握手を諦めた。どうやらまだ、心までは開いてくれていないらしい。思春期の女子ほど手強い相手はいない。


 二人の間には早くも重い沈黙が訪れていた。だがその一方で、イブと高らかに笑い楽しむ留文が眉の形を切り替え、若者の勇敢でヤンチャ気味の面構えに変わる。


「さぁ~! この勢いでドンドン仲間を集めちゃお!! ……あっ! そこの綺麗で美しくて凛々しいキュンキュンキラキラお姉さ~ん!!」


 恐らくは女好きだと思わせる留文が叫び呼んだ。

 振り向いた彼女は長い金髪で、岳斗と同年代程の女性だった。背丈は小さいがスレンダー体型で、芽衣と同じサンタ衣装で細身をいろどり着こなしている。

 また尖り気味の目付きからは恐れ多さまで窺え、“お姉さん”よりも“姐さん”と呼びそうになる第一印象だ。


「ハァ? ウチのこと? テメェ、バカにしてんのか?」


 やはりヤンキー染みた恐ろしい返しに襲われた。舌打ちまでトッピングされ、下から上へのガンつけは本物極まりない。恐らく笹浦市の夜中にでも、バイクの大音騒を風に靡かせる一味だろう。


「バカになんかしてませんって~! お姉さんも、ボクらといっしょに組みましょうよ!!」


『あれ……? 俺のときはタメ口だったよな……?』


「チッ……まぁしゃあねぇか。ウチも訳がわかんねぇまま連れてこられた身だし……」


 留文のタメ口には首を傾げた岳斗だが、どうやらグループ入会を認めた様子の女性。改めて自己紹介が、騒音とは大きく掛け離れた清音で鳴らされる。



「――ウチは沫天まつあまのぞみ。とりあえず、グループに入るわ……。まぁ、ヨロシク……」



「よろしくお姉さ~ん!! ボクは流道留文です!!」

「どもども~!! アタシはイブで~す!!」

「「二人合わせて、クリスマスイ~ブ!!」」

「……よくそんなテンションでいれんな……? ウチは追ってけねぇわ……」


『その気持ちメッチャわかるわ~。良かったぁ~共感してくれる人が現れて……』


 傍のコンクリート壁に背を預けた、金髪女性の沫天まつあまのぞみ

 留文とイブのコンビ結成を絶賛拒否の岳斗が見る限りでは、現段階において一番大人らしい雰囲気を宿す成人だ。しかし、心を通わそうとした友好的姿勢は垣間見えず、一言も話すことさえできず終いを迎える。


『まぁいいっか……あと一人だけ見つければいいんだから……』


 また一人と加わり、残るもあと一人。留文という気さくな男のおかげもあってか、事は緩やかに進んでいく。


「あとはどうしよっかな~?」

「女性ばかりじゃ、力仕事は不向きだよ……男性に絞って。る……留文」

「さっすが芽衣ちゃん! 頭いい~!!」


 やはり賢さを秘めている芽衣の一言で、留文は男性に的を絞る。彼女の言う通り、岳斗と留文の二人だけが男と言うのも肩身が狭い。


「……おっ! あの~! そこのお兄さん!! 良かったらいっしょに組まな~い?」


 すると留文は早くも五人目を見つけ出し、おバカコンビのイブも嬉しそうに隣で待ちわびる。その相手は岳斗より少しだけ若い眼鏡青年で、瞳の鋭さと寡黙な様子からは、クールな雰囲気を見て取れた。


「……オレが入ると、何人なんだ?」

「めでたく五人だよ!!」

「今なら年会費も手数料も無料だよ!! ポイントも付いちゃったり!!」


 留文とイブのくだらない内容は無視しておこう。


「そうか……じゃあ、入る」

「「やったぁ~!!」」


 意外と呆気なく終わった仲間集めだ。ただこれで一安心だと白いため息を溢す。何事も簡単に終わってくれた方が被験者は楽で、大層助かるばかりだ。


「オレは輿野夜こしのよきよる。一応先に言っておく……」


 自己紹介も終えて一件落着。次のステージへ移行しようと、岳斗が思った矢先だった。



「――お前らと手を組むつもりは、更々ない。あくまで名目上で、グループに入っておくだけだ」



「「ええぇぇぇぇ~~~~~~!!」」


 留文とイブによる、息ピッタリな大合唱が辺りへ響き渡る。驚愕のあまり、口から具現化した文字が飛び出しそうなほどに。



『――そりゃあそうだよな……だってみんな、約束ルール破るような罪人だもの』



 一方で岳斗は冷静だった。確かに危惧していた未来だが、罪を背負うべき者ばかり集められていることを考慮すれば、集団行動で協力的な人間などいる訳がない。なぜ取締役のサンタクロースが個人行動にさせなかったのかが、今回最大の疑問だ。


 集まった五人たちと一人のサンタ少女。しかし心はバラバラに散らばったままで、暗くいびつで深い闇の中で散乱していた。どうやら“五人いっしょで”という協力的集団行動は、まだまだ時間が掛かりそうだ。

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