第25話 特訓→和解 

 放課後は毎日、神々の運命戦ラグナロクに向けての特訓をするのが、俺と春日の日課となっていた。


 まずは春日と一緒に基礎トレーニング。

 ランニングにストレッチ、精神をコントロールするための瞑想。

 加えて春日が、空手の基本となる型を俺に教わるようになっていた。


 体幹を鍛えたいという、春日本人たっての希望だったりする。

 もちろん俺は、1から丁寧に教えた。

 もともと勉強家の春日は、なかなか飲みこみが早かった。


 基本の練習を終えたあとは、実習室から仮想空間ヴァーチャルアプリにログインして模擬戦を行なう。

 神々の運命戦ラグナロクと同じルール、1対1の実戦形式だ。

 このアプリはチャット部屋のように、誰かがすでに作っている部屋にお邪魔したり、新たに自分たちの部屋を作成できる。

 今日の俺たちは、闘技場の部屋を新たに作ってインした。


 そして俺たちは向かい合い、模擬戦を始める。


「――紅蓮の超砲光クリムゾンブラスターっ!」


 春日が魔力武装マテリアを顕現し、俺めがけてバスター砲を撃つ。

 狙いは絶妙。しかし俺は、当たる直前で何とかかわしていた。

 そのままダッシュで春日に向かう。春日は次砲のチャージが間に合わない。

 俺は拳を繰り出した。春日は無防備なまま何もできず、俺は寸前で拳を止める。


 ――勝負あり。俺の勝ちだ。


「参りました。あー、またアヤメちゃんに負けちゃいました」


 また、というのは春日が何度も俺に勝てないでいるからだ。

 ちなみに今のところ、俺の全戦全勝だったりする。


 完全な後衛タイプの春日には、決定的瞬間を生み出す力が皆無だ。

 連射ができない以上は何が何でも1発でしとめなければならないのだが、攻撃方法がバスター砲しかない以上、相手の意表を突くことができない。

 その1発を避けられたり防がれたりしたら、その場で負け確定だ。


 1対1である以上、どうにかして戦闘を有利にする手段が必要なのだが……。


「はあ、これじゃあリーゼロッテさんの言うとおりですね」


「どういうことだ?」


「受験のときに聞かれたじゃないですか。連射や曲げることはできないのかって」


「そういや、そうだったな」


 そのどちらかでもあれば攻撃が多彩になり、相手の隙を生むこともできるだろう。

 あのリーゼロッテの発言は、それを想定してのことだったのか。


「曲がれーってどんなに思っても、ぜんぜん曲がってくれないんですよね」


「うーん、何かコツがいるんだろうけど……」


 魔法が使えない俺には、それが何なのか見当さえつかない。

 そのとき、思わぬ声が闘技場内に響いた。


「――回転を意識しなさい」


 聞き慣れた声に驚く俺。

 振り向くと、そこにはリーゼロッテがいた。


「…………えっ?」


「何よアヤメ、来ちゃ悪いの?」


「い、いや、悪いなんて言ってないだろ。ただ単にビックリしただけっていうか」


 リーゼロッテの言われて、困惑してしまう俺。

 しかし春日は、目を輝かせてリーゼロッテに駆け寄っていた。


「リーゼロッテさん! その、今言った回転って何なんですか!?」


「え……? そうね、例えば野球のボールを投げるときに、回転のかけ方を変えることによって変化球を投げることができるでしょう? 同じように、射出したレーザーに回転をかけておけば、きっと曲げられるはずよ」


「ありがとうございます! えっと、変化球ってどんな回転なんでしょう……?」


「いくつかでいいなら、私知ってるけど」


「アヤメちゃん、ぜひ教えてください!」


 俺は春日にカーブやフォーク、ついでにストレートの持ち方や回転のかけ方を教えた。

 春日はある程度理解すると、俺たちから少し離れてバスター砲を構える。


「リーゼロッテ、こんなんで本当にできるようになるのかよ」


 ボールとレーザーが同じだとは思えない。

 うまくいくようには思えないのだが。


「魔法とは念――つまりは想いの力。物理的には間違っていても、ある程度の理屈から確固たるイメージを思い浮かべることができれば、その通りになるものよ。きっかけはあげたわ。あとはあの子があたしの言葉を、どれだけ信じるか次第ってとこね」


「ふーん、そういうもんか」


 はっきりとわかったわけではないが、とりあえず納得しておく。


「まあ、できるようになるまでには、1週間はかかると思うけどね」


 リーゼロッテがお手並み拝見とばかりに、春日をながめている。

 その春日は、すでにバスター砲のチャージを終了させていた。


「回転、回転…………行きます! ――紅蓮の超砲光クリムゾンブラスターっ!」


 春日がレーザーを射出する。

 打ち方は今までとは特に変わらない。

 軌道は真っ直ぐ進んでいく。


 だがすぐに、途中でぐんっと曲がった。


「で、できた……」


 撃った本人の春日は、ぽかんとしていた。


「う、嘘でしょ!?」


 それ以上に驚いていたのは、リーゼロッテだ。


「なあ。今の、そんなにすごいのか?」


「あたしは魔法を曲げられるようになるまで、3日かかったわ」


「は? リーゼロッテが……?」


「この子が持つ魔法のセンスは、本当に――底が知れないわね」


 リーゼロッテにここまで言わせるなんて。

 春日、すごいな……。

 その春日はというと、笑顔でリーゼロッテの元に駆けよってくる。


「できましたよ、リーゼロッテさん! ありがとうございます!」


「春日さん、お礼なんていいのよ。これはあたしのお詫びだから」


「お詫びって……何のことですか?」


「春日さん、受験のときは本当にごめんなさい」


「リーゼロッテさん……?」


「あたしはあなたに、ひどいことを言ったわ。あのときは優しいあなたが戦闘に不向きだと思ったから、どうしても不合格にしようと思ったの。でも違ったわ。春日さんは強い。魔法の能力においても、精神的にもね。だから全力で戦女神ヴァルキリーを目指しなさい」


「リーゼロッテさん……、リーゼロッテさん!」


 喜びのあまり、春日はリーゼロッテに抱きついていた。


「え、ちょっと! 春日さん!?」


「わたし、すごく嬉しいです! 絶対に戦女神ヴァルキリーになってみせます!!」


「えっと、その……」


 春日に抱きつかれて困っているリーゼロッテは、腕を振っておたおたしていた。

 だが本気で引き離そうとしないあたり、きっとリーゼロッテも嬉しいのだろう。


 そんな2人を、俺は嬉しく思いながらながめていた。

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