無能男子の超戦女装神(ヴァルキュリア)

非常口

プロローグ

第1話 女子更衣室→絶体絶命

 俺は今、とある女子高の女子更衣室にいる。


 そこでは大勢の女子が着替えをしていた。その数ざっと100人ほど。

 それはもう一面に広がるつややかな素肌と、その中で鮮やかに彩られた面積の少ない布地――つまりは下着、ランジェリーがどこを見ても目に飛びこんでくる。


 色はピンクが多いだろうか。

 それに赤、白、黄色――っておいおい、チューリップの歌かよ!

 他には水色、黒、グリーン、オレンジ……中には金色なんてものも。

 形状はきわどいのもあればスポーティなものもある。しましま、ドット、チェックや英字プリントっぽい柄のものもあれば、中が透けて見えちゃいそうなレース、テカテカしたサテン生地のもあって、驚くほどに多種多様だ。


 すげえ。女子の下着ってこんなに種類があるんだな……。

 って、こんなことに感心している場合じゃねーだろ。


 その更衣室のド真ん中には、15歳の男子である俺――和銅わどう綾人あやとが立っているのだった。

 健全な男子であればまずお目にかかれないこの光景に、俺はどうすることもできずに心臓をバクバクさせながら、ただひたすらじっとしている。

 た、頼むから、誰か助けてくれえええええ!


 さて、ここでひとつ不可解なことがある。

 男子の俺がいるのに、なぜ女子たちは普通に着替えているのか。

 悲鳴を上げられたり、追い出されたりしてもよさそうなものだが。

 しかし、その答えは実に単純。


 俺が――女装をしているからだった。


 いや、違うんだ。待ってくれ。

 俺は決してのぞきがしたかったわけじゃないし、女装趣味があるってわけでもない。俺がこんな格好をしてるのは、深い深ーい理由があるんだ。


「あー、アヤメちゃん。こんなところにいたんですね」


「さ、沙也花さやかちゃん!」


 俺はとっさに、地声より1オクターブ高い声で答えた。

 アヤメというのは、俺が女装しているときの名前だったりする。


 声をかけてきたのは、同じクラスの春日かすが沙也花。


 俺が、その……特別な憧れを寄せている女の子だ。

 いや、別に好きとかじゃないんだぞ。

 彼女は、またとない恩人……みたいなものだからな。


 ――って春日ぁ!? おいおい、何て格好してんだよ!?


 ストレートの長い髪を揺らしてやってきた彼女もまた、下着姿だった。

 まあ更衣室なんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけどさ。

 でも、そんな格好の春日を見たら、俺……。


「どうしたんですか、アヤメちゃん? お顔が真っ赤ですよ?」


「えっ? い、いやあの、それはその……っ」


 俺はついたじろいでしまう。

 春日の下着は上下セットの、フリルがついたピンク。

 かわいらしくて、すごく春日に似合っていた。


 そして服を着ていたときにはわからなかったが、春日の胸は俺の予想以上に大きかったらしい。動くたびに、ぽよんぽよんと上下に揺れている。

 …………ごくり。


「アヤメちゃん、早く着替えないと試験に間に合わなくなっちゃいますよ」


「う、うん。そそそそそそそうだよね!」


 見るな、俺!

 春日の下着姿見るために女装したんじゃねーんだぞ!

 アヤメ=俺だってことを、春日は知らないんだからな!


 決死の思いで、俺は春日から目をそらしていた。

 俺は今、世界で一番の紳士に違いない!



 まあ……女装してるヤツが紳士とか、おかしいけど。



 そんなことを考えていたら、下着姿の春日が近寄ってくる。

 そして俺に密着してきて、俺の服を強引に脱がそうとしてきた。

 ぬわああーっ!! 春日の胸が、おっきなおっぱいが俺に当たるぅぅー!!


「急ぎましょうアヤメちゃん! わたしもお手伝いしますから!」


「ええっ!? ちょ、ちょっと……!!」


 春日ぁ、近い近い近いって!

 つーかダメだろ、ここで脱がされたら男だってバレる……っ!


「~~~~っ! や、やっぱり私、別の場所で着替えてくるね!」


 どうしようもなくなった俺は、着替えの服を抱えて更衣室を飛び出した。


「ちょっとアヤメちゃん! アヤメちゃーん!」


 俺は春日の声を無視して更衣室を脱出。

 下着姿だからか、春日は廊下までは追ってこなかった。


 ふう、危なかった……。


 ドッと疲れて息をついた俺は、仕方なく別の更衣室を探すことにする。

 しばらくうろついてみると、着替えができそうな部屋を見つけた。


 よし、とりあえず入ってみよう。


 中は無人だった。

 奥にガラス戸があるが、その先に人がいるような物音もない。

 そしてちょうどいいことに、この部屋にはロッカーが設置されていた。


 何だ、あそこ以外にも更衣室があるんじゃねーか。


 俺は上着を脱いで、スカートを脱ぐ。

 胸パッドがちょっとズレていたので、つけ直すためにパッドを固定していたスポーツブラをも外した。これで上半身は裸、下半身はスパッツ姿という状態だ。


 そのときだった。


 ――――ガラッ!

 奥のガラス戸が開いて、同い年くらいの女子が出てくる。


「…………えっ!?」


 俺は心臓が口から飛び出しそうになった。

 その女子が、一糸まとわぬ全裸だったからだ。

 タオルを持っているものの、それは濡れた髪へとあてがわれている。

 少しひかえめな胸のふくらみも、桜色に染まったその先端も、さらにその下の方にある大切な部分も……すべてが俺の視界に入ってしまっていた。


 開かれたガラス戸からは湯気が立ち上っている。

 嘘だろ、この奥……シャワー室だったのかよ!


 さっきまで、シャワーの音なんてしてなかったのに――いや、そういえばこの校舎、魔法の訓練をするために最大限の防音・防爆の処理がほどこされていると先ほど説明を受けた気がする。でもまさかシャワーの音まで消えるなんて、普通は思わないよな……。


 そして俺は今、史上最大のピンチに立たされていた。

 あろうことか、俺の上半身は丸裸の状態。おっぱいと言うには平坦な胸板が、丸見えになってしまっている。


 誰が見ても男だとモロバレだった。

 やべえぞ、これ……。


「……あなた、誰よ?」


 ハダカの少女が怪しむように、目を細めてジッと見ている。


 そして次の瞬間――シュワアアアアアッ!!

 けわしい表情の彼女が、全身から青く輝くオーラを噴出させた。

 その影響により部屋の温度が、まるで冷凍室のように急激に低下していく。

 天井や壁は凍りつき、室内にもかかわらず雪のような氷の結晶が降り注いでいた。


 彼女の全身から放たれているのは、氷の魔力だった。

 これが……魔法と呼ばれるものなのか。


 彼女はその手に、氷の剣を生み出した。

 そしてその切っ先を――俺の喉元に当てる。


「さて、覚悟はできてるのかしら?」

「へ……っ?」


 マジかよ、もしかして俺……このまま殺されちまうのか!?


 まさに風前の灯火。

 まさに絶体絶命。




 これが氷結の戦女神ヴァルキリー――リーゼロッテ=アセスルファームの、初めての出会いだったんだ。

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