第8話 リーゼロッテ→ひかえめ

 そしていよいよ、試験開始の時刻となる。


 まずは教室に、先生がやってきた。

 胸には案内係と書かれたネームプレートがついている。

 その先生は軽くあいさつをしたあと、一通り注意事項の説明を始めた。この教室にいる第1組は100人ほどだが、全体の受験者数は1000人を超えていて10組のグループにわかれているという話だった。


 わかっていたことだが、受験人数がものすごく多い。去年の合格率は、たったの数%だったのだと聞いている。はたして春日は、ここにいる大勢の受験生をのきなみ倒して、合格することができるのだろうか。


 ……いや、そうじゃない。


 俺が春日を合格させるんだ。

 そのために、女装をしてまで受験に来たのだから。


 その後は先生から、受験番号の順に名前を呼ばれた。

 教室を移動して、いよいよ面接が始まるか――と思いきや。

 試験監督の先生から着替え一式を渡されると、更衣室へと案内された。



 え……、何で更衣室に…………?



「今からこちらの、汎用の戦闘法衣バトルドレスに着替えてください。そしてまたこちらの教室に戻ること。面接はその後に行なわれます」


 き、着替えだって……?

 こんなの、予想してなかったんですけど!?

 ど、どうしよう。みんなの前で着替えなんてしたら――


 俺が男だって、バレちまうだろ!!



 それでも、俺はがんばって更衣室で着替えようとした。

 だけど大勢の女子に囲まれたうえ、着替え途中のカラフルな下着姿を見てしまったうえに、ほぼハダカの春日にまで近寄られたとなると……もう更衣室から逃げだすしかなかった。そうして俺は、からくも脱出に成功したんだ。


 しかし逃げた先がシャワー室だったのには驚いた。

 さらにまさか、春日が話していた氷結の戦女神ヴァルキリーと、お互いハダカで出会うことになるなんて、いったい俺はどうなってしまうのだろうか――







 さて、現在の状況を整理しよう。


 シャワー室の脱衣所で、上半身ハダカの俺。

 喉元に当てられているのは、氷の剣。

 それを構えているのは、一糸まとわぬ氷結の戦女神ヴァルキリー――リーゼロッテ=アセスルファーム。


 おい美鳴、こりゃアイコラどころの騒ぎじゃないぞ。本物のハダカだ。

 ちょっとひかえめな胸も、秘密の部分も……全部見えちまってる!

 ただそのかわり、俺は絶体絶命だけどな。


「あなた、受験生よね?」


「……え? はい、一応そうですけど……」


 リーゼロッテの質問に、とまどいながらも答える俺。

 これ、男だとバレたにしては少しおかしくないか?

 普通は質問なんかせずに、問答無用で追い出しそうなものだけど。


 けれど今の俺には、彼女に何かを聞き返せる余裕などはなかった。


「そう……」


 リーゼロッテが絶対零度のような視線でにらみつけてくる。

 部屋の温度は氷点下かと思うくらいに冷え切っていた。

 俺の体が寒さでふるえてるのに、彼女は平然としている。


戦女神ヴァルキリーの命令よ。今見たことは忘れなさい。綺麗さっぱり、すべてね」


「わ、わかりました……」


 と、答えたものの――俺が見ているのはハダカの女の子。

 こんな刺激的で衝撃的な光景、忘れられるはずがなかった。

 それでも素直に答えた俺に納得したのか、リーゼロッテが氷の剣を消す。室温がもとに戻り、冷え切った俺の体もあたたかくなった。彼女は俺から視線を外すと、何事もなかったかのようにロッカーを開けて下着を取り出し始める。


 ――――あれ?


 これで終わり? 俺、解放された……のか?


 いくら俺が無抵抗だったからといって、女子高に侵入した男にハダカを見られたのだから、悲鳴を上げるとか警察を呼ぶとか、やることはいろいろあると思うのだが。


「…………あ」


 そのとき、俺は彼女のロッカーの中に、あるものを見つけた。

 コンタクトレンズを入れておくためのケースだ。


 シャワーで流されるのを防ぐために、外しておいてあるのだろう。今も着替えを取ろうとする手つきが、おそるおそるになっている。ということは、彼女はものすごく視力が悪いのだ。


 ということは――

 目が悪いせいで、俺が男かどうか判別できないのか?


 それならさっきのひと言目で、まず受験生かどうかを聞いてきたのも納得がいく。


 …………。

 よっしゃあああああああ!

 神は俺を見捨てていなかった!!


 い、いや待て。喜ぶのは早い。

 まだひとつだけわからないことがあるだろ。


 彼女は先ほど「今見たことは忘れなさい」と言っていた。

 俺はあのとき、彼女のハダカを忘れろと言われたのかと思った。

 だが俺が男だと思われていないなら、別に見られたって構わないはず。

 ならいったい、何を忘れろというのだろうか。


 俺が見たものといえば、えっと…………。


 ――――あっ!

 もしかして、胸…………か?


 かわいらしい、彼女の小ぶりな胸。

 だが俺が見た動画では、確か彼女の胸は揺れるほど大きかったはずだ。

 俺は気になって、もう一度彼女のロッカーをのぞきこんだ。

 ところが――


「あなた、永遠に氷漬けにされたいのかしら?」


「い、いえ! めっそうもない!」


 こ、これ以上はまずい!

 俺は慌ててあさっての方を向く。

 でもチラリと見えた。ロッカーには、確かに豊胸用のパッドが入っていた。


 そうか。リーゼロッテの大きな胸は、偽物だったのか……。

 何でわざわざ大きく見せる必要があるのだろうか。

 小さい胸がコンプレックスなのかな。


 まあしかし、彼女の胸が大きかろうと小さかろうと俺には関係ないことだ。美鳴は盛大に悲しむかもしれないが、俺としては今この瞬間に男だとバレていないのなら、何だっていい。


 とにかく今は、さっさと着替えをすませて退散しよう。

 俺は着替えが入った袋を破って広げる。



 セーラー服だった。



「これって……」


「それはね、この学校の制服よ」


 リーゼロッテが、下着を身につけながら話しかけてくる。


「その制服は、自身の魔力伝導率を高めると同時に、魔法攻撃に対する優秀な防具にもなるの。面接では実際に魔法を見せてもらうから、受験生にも着てもらうことにしてるのよ」


「そう……なんですか」


 まあ、魔法が使えない俺には何の恩恵もないのだろうけれど。


 だからといって、受験するなら着ないわけにもいかない。

 それなら急がなければ。早くしないとリーゼロッテがコンタクトをつけてしまいそうだ。


 俺は胸パッドの位置を合わせてスポブラをつけると、急いでセーラー服を着る。準備が整って外に出ようとしたとき、彼女はちょうどコンタクトをつけようと、鏡の前で悪戦苦闘している最中だった。ふう、ギリギリ間に合ったか。


「あの、それでは失礼します」


「ちょっと待って。その……さっきは悪かったわね」


 リーゼロッテは鏡に目を向けたまま、そう言った。

 本当に申し訳なさそうに思っている声だった。


「それとあなた、合格したいのなら死ぬ気でがんばりなさい」


「え……? はい、ありがとうございます」


 言われなくても、春日のために全力を尽くすつもりだ。

 しかしただの面接に、死ぬ気という言葉は妙な違和感があった。圧迫系の面接だったりするのだろうか。それとも倍率が高いから覚悟しろという意味だろうか。



 いや、ここであれこれ考えたって仕方ない。

 早く戻って春日と合流しよう。

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