第9話 魔法アプリ→闘技場

 着替えを追えた俺は、先ほどの教室に戻った。


 他の受験生はというと、全員すでに着替えを追えて待機していた。

 俺は席につくなり、隣の席の春日に話しかける。


「ただいま沙也花ちゃん。さっきは急に飛び出してごめんね」


「アヤメちゃん、どこ行ってたんですか? 遅いから心配しちゃいました」


「ちょっと……いろいろあってね」


 そのいろいろ――リーゼロッテのハダカを、つい思い出しそうになる。

 何があったのか、春日に聞かれたらどう答えればいいだろうか。

 しかし幸運なことに、春日は次の話題へと移ってくれた。


「それにしても着替えがまさか制服だなんて、びっくりしました」


 春日がすごく嬉しそうにしている。

 まわりを見ると、他の受験生たちも何度も制服をつまんでみたり、そわそわと自分の姿をチェックしたり、スマフォを取り出して自撮りしていたりと、テンションが上がっているようだ。憧れの学校の制服を着られたことが嬉しいのだろう。


「アヤメちゃん、わたし変じゃないですよね?」


「う、うん。その……すごく似合ってるよ」


「うふふ、ありがとうございます」


 うおおおっ、な、何か幸せだぞ。

 まるで恋人のような会話じゃないか。

 女装中っていうのが残念だけど、いつか綾人の姿のときに、春日とこんな会話をしてみたいものだ。


「アヤメちゃんも、すごくかわいいですよ。背が高くてスタイルよくてうらやましいです」


「えっと……。うん、ありがとう」


 褒められたけど、やっぱり嬉しくはないなあ。

 俺の笑顔、引きつってなければいいけど……。


 そのとき、扉が開いて1人の女性が入ってくる。

 先ほど制服を配布した、案内係の人だ。

 波が引いたように教室が静まる。いよいよ試験が始まるのだ。


「みなさんお揃いですね。それでは受験番号1番から10番の方は、今から面接会場に移動します。わたしの後についてきてください」


 10人の受験生が、緊張した面持ちで廊下へと出て行く。

 春日は38番、俺は39番。

 順調に行けば、次の次には俺たちも移動することになるだろう。


「アヤメちゃん、もうすぐですね」


「うん、一緒にがんばろう」


「はいっ!」


 春日が、自然な笑顔を返してくれた。

 よし。もう緊張はしてないようだな。

 この分なら、試験もきっとだいじょうぶだ。



「それでは受験生31番から40番の方、こちらへどうぞ」



 ――来た。

 俺と春日は並んで廊下に出ると、他の受験生と一緒に案内係の人についていく。

 しばらく歩いたあと、特別実習室と書かれた教室の前で止まった。


「それでは、こちらの部屋にお入りください」


 案内係の女性が、扉を開く。

 俺たちは受験番号順に並んで、中へと入っていった。

 俺が入ると、先に入ったみんなが困惑の表情で立ち止まっている。春日もだ。

 何事だろうか。俺は教室を見渡してみて――すぐにわかった。


 俺たち以外に、誰もいない。


 机や椅子すら、ひとつも置かれていなかった。

 案内係の女性は、扉を閉めるとどこかへ行ってしまう。

 おそらくは、次の受験生たちを案内しに行ったのだろう。


「これが、面接……?」


 そう誰かがつぶやいたとき、前方にスクリーンの映像が出現する。

 そこには学内サイトのURLが書かれていた。そして指定のアプリをダウンロードし、起動するようにとも書かれている。メンバー内にスマフォを忘れたり、電池が切れていたりする者がいたら、誰かが所定の電話番号にかけるようにとあったが、俺たちの中には該当者は誰もいなかった。


 春日と一度顔を見合わせたあと、スマフォを出した俺たちは手順の通りに進めていく。アプリのダウンロードを終えると、起動ボタンをタッチした。


 

 それと同時に――いきなり全身が淡い光に包まれる。




「な、何だこれ!?」


 思わず叫んでいた俺は、ハッとして春日を見た。

 春日も同じような状態だった。

 まるで蛍光塗料を全身に塗りたくったかのようだ。

 他の受験生も光っている――が、突然瞬間移動をしたかのように、姿が消えた。


 え……? おい、何だよ。

 人が、消えた……?


「うそ? 何……。アヤメちゃん! アヤメちゃ――」

「沙也花ちゃん!!」


 そして春日もまた、消えてしまった。

 俺に向けて伸ばした手を、俺が握り返す前に。

 いったい何が起こったのだろうか。しかしそう考える前に――



 俺の体も透明になっていって、すぐに目の前が真っ暗になった。










「…………あれ?」

「……アヤメちゃん!」


 混濁した意識が、急激に明確になってくる。

 隣には心配そうな表情の春日。

 他の受験生たちも、すぐ近くにいる。


 俺は周囲を見渡すと、驚いて声を失ってしまった。

 俺たちが立っていたのは、先ほどの教室ではなかったからだ。

 周囲にはスタジアムのような客席と、巨大なスクリーンに音響機器、それと照明。


 しかし中にあるのはトラックやコートではなく、円形の闘技場だ。広さは野球の内野ぐらいだろうか。これはまるで、歴史の教科書にのっていたコロッセオ――ローマ時代の闘技場のようではないか。そして俺たちは、その中央に立っていた。


 ここは、いったいどこなんだ……?


 そして少し離れた場所には、俺たちと対峙するかのように、氷結の戦女神ヴァルキリー――リーゼロッテが立っていた。

 彼女は俺たちと同じ制服を着て、凍るような冷たい眼力を放っている。


 どうしてリーゼロッテが、俺たち受験生と一緒にいるのだろうか。

 

「…………っ」


 春日は硬直していた。憧れの戦女神ヴァルキリーに会えたのだから、心が躍って少しくらいはしゃいでもいいものなのに。リーゼロッテが放つ無言の威圧感に、縮こまっているようだった。他の受験生たちも、そして俺でさえも、同じような状況だ。



 面接だけだと言われていた受験なのに、これから何が始まるのだろうか。

 静けさに包まれた闘技場内には、重苦しい緊張感が漂っていた。

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