2章

第10話 試験開始→最初の脱落

「氷結の戦女神ヴァルキリー、リーゼロッテ――」


 俺が口に出すと、リーゼロッテが一瞬ピクリと反応する。

 そして彼女にジロリとにらまれた。


 ああ、今の声でシャワー室の受験生が俺だとわかったんだろうな。そしてこの視線は、口止めに念を押してるということだろう。今の彼女の胸はパッドで底上げしているのか、巨乳と言っていいほどに大きい。


 わかってるって、もともと言うつもりはないから。

 俺が何も言わないのを見ると、リーゼロッテは解説を始める。


「……ここはね、仮想空間ヴァーチヤルアプリの中なの。仮想空間ヴァーチヤルアプリというのは、魔法アプリの一種。魔法アプリというのは、使用者の魔力に反応したスマフォのプログラムが様々な現象を引き起こして、あたしたちをサポートしてくれるのよ。あなたたちも二年生になれば飛翔フライングアプリが提供されるわ。それからこれも、魔法アプリのひとつよ」


 リーゼロッテはスマフォを操作すると、頭上に掲げる。



「――変身チェンジ戦闘バトルフォーム!」



 リーゼロッテが叫んだ瞬間、彼女の全身がまばゆく光った。

 着ていた制服が消えたと思ったら、いつかの動画で見た氷結の戦女神ヴァルキリー専用の青い戦闘法衣バトルドレスがパーツごとに出現する。そして最後にリーゼロッテが華麗なポーズを決めた。


 まるで子供の頃に見た、魔法少女のアニメの変身シーンのようだった。

 他の受験生からは「さすがリーゼロッテ様」とか「カッコいいですわ」だとかの声が聞こえてくる。春日も尊敬のまなざしで、目を輝かせていた。


「……説明を続けるわね。そしてここ、仮想空間ヴァーチヤルアプリは、あたしたちが授業で魔法の戦闘訓練をおこなう際、実習室からログインして使用するの。今日あなたたちがやったようにね。ここにあるものはいくら破壊しても損害は出ないし、ここの中で受けた傷はログアウトすれば元に戻ってるわ。だからいくら全力で戦っても問題ないのよ」


「すごいです。こんな設備があったんですね」


 春日が感激していた。他の受験生たちも驚きの声を上げている。

 しかしここで、リーゼロッテがその手の中に氷の剣を生み出した。


 そして――



「でも覚悟することね。――痛みは、あるわよ」



 その声に、受験生全員の表情が一瞬で凍りつく。


「ちょっと、何おびえた顔してるのよ。これからあなたたちには、あたしと戦わないといけないのよ?」


「ど、どういうことですか……?」


 受験生の1人が、おそるおそる質問する。


「今年の受験は、実際の戦闘で合否を決めることになったのよ。あたしと勝負して、見事勝てたら合格、負ければ不合格ってこと。どう、わかりやすいでしょ?」


「そんな……っ」


 春日だけじゃない。誰もが困惑していた。

 氷結の戦女神ヴァルキリーといえば歴代でも屈指の実力を誇る戦闘力だと言われている。その彼女に勝たなければ、合格はできないというのか。

 また別の受験生が、リーゼロッテに質問をする。


「あの……受験は毎年、面接をするって聞いてたんですけど……」


「残念だったわね。今年から変わったのよ。今頃は他の受験生も、別の先輩たちと戦っているはず。さあ、あたしたちもさっさと始めましょ――と、言いたいところなんだけど」


 リーゼロッテは、戦闘法衣バトルドレスの小手についたホルダーにスマフォをしまう。そしてその上から操作をすると、画面をのぞきこんだ。


「試験管用のガイドには、受験生の志望動機と使用魔法の属性は、実際に確認するようにって書いてあるのよね。だから……受験番号31番の人」


「……は、はい!」


 俺たちのうちの1人が、緊張気味に返事をする。


「志望動機は『世界のために自分の魔法を役立てたい』ってあるけど、合ってる?」


「はい! その通りです!」


「そ。じゃあちょっと、あなたの魔法を見せて」


「は、はい! わかりました!」


 彼女は目を閉じて、両手に魔力を集め始める。

 彼女を中心に風が舞い上がり、長い髪とスカートがふわりと揺れた。

 次の瞬間、彼女の両手には――二本の刀が握られていた。


「これがあたしの魔力武装マテリア、風神二刀流。属性は風です」


 魔力武装マテリアとは魔力で精製した武具のことで、人によって様々な形状を取り、生み出せるのは1人につき1種類となっている。魔法はただ魔力を垂れ流し状態で放出しても、あまり威力は上がらない。魔力武装マテリアを介して放ってこそ、爆発的な攻撃力を発揮することができるのだ。


「じゃあ次は、もっとも威力の高い攻撃を、あたしにしかけてみなさい」


「……え? いいんですか?」


「いつでもどうぞ」


「じゃあ……」


 31番の子が刀を構えると、刀身に魔力が伝わっていく。

 突如、荒々しい風が巻き起こり、彼女の近くにいた数人がたまらず後ろに下がった。今の彼女は、まるで小型台風の目だ。


「ハァァァァ……ッ、飛燕衝風破ひえんしょうふうはっ!」


 彼女が左右の刀をクロスするように振り下ろす。風の刃が×印を描いて、リーゼロッテ目がけてまっすぐ飛んでいく。その威力はすさまじく、刃が通ったあとの床がえぐれていた。


 迎え撃つリーゼロッテは氷の剣を掲げると、縦に一閃させる。

 風の刃はふたつに裂けると、リーゼロッテの両脇を抜けて後方へと飛んでいった。


 リーゼロッテは余裕の表情だ。ダメージはまったくない。

 周囲の受験生から感嘆の声が上がる。これは両者に対してのものだろう。

 もちろん俺も驚いていた。魔法を使った戦闘って、やっぱりすごいもんなんだな。俺、魔法使えないけどだいじょうぶなんだろうか。一応、対策は練ってきたけど……。


「なかなかの魔法ね。新入生なら充分合格点よ」


「本当ですか!?」


 リーゼロッテの言葉に、彼女が笑顔を見せる。

 しかし次の瞬間、突然姿が消えたかのようにリーゼロッテが高速移動したかと思えば、31番の子の目の前に現れて――


「でも、試験は不合格ね」


 ズブリ。

 彼女の胸に、氷の剣を突き刺していた。

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