第7話 出会い→名前呼び

 そして、いよいよ受験日当日がやってきた。


 俺は、今通っている学校の、女子用の制服を着て出発する。

 今は家を出てしまった姉の部屋に忍びこみ、クローゼットに残してあった中学時代の制服を拝借したのだ。姉は昔、今の俺と同じ中学に通っていた。サイズがかなりきついが、そこは我慢するしかない。


 道中の俺は、とにかくいつバレるかわからない不安を抱えていた。

 しかしセントヴァルハラに向かう道中も、セントヴァルハラの敷地内に入ってからも、誰にも怪しまれることはなかった。どうやら俺は男だと思われていないようだ。教師らしき人にあいさつされたときはビビッたが、練習した高いトーンの声であいさつを返すと、特に何事もなく通り過ぎていった。


 肝心なセントヴァルハラの受験内容だが、前もって去年のものを調べておいてある。驚いたことに、試験科目は面接だけらしい。教師たちに志望動機を答えたあと、自分が使える魔法を披露するとのことだ。

 ペーパーテストはなく、成績は中学時代のものだけで判断される。それだけ実技――どんな魔法を使えるのかが重視されているのだろう。


 校舎に入った俺は、看板の案内に従って進んでいった。するとすぐに、試験会場となる教室にたどりつく。

 俺の受験番号は39。俺は39番の机を見つけて座った。


 ……さて、まずは春日を見つけないと。


 そう思っていたのだが、その必要はなかった。

 俺の隣――受験番号38番の席に、春日が座っていたからだ。

 沙也花で38番。これは覚えやすい。しかもラッキーなことに隣だとは。

 もしかしたら受験の手続きの関係で、同じ中学はひとかたまりにさせられているのかもしれない。そんなことを考えながら、俺は春日を見る。


 春日は、隣に座った俺に気がついていなかった。

 極度の緊張から、ただ下を向いて全身を震わせている。顔は真っ青で焦点が合っていない。まわりの生徒たちに「あの子だいじょうぶかな」「気分悪そうだよね」「先生呼んでこようか」なんて、ひそひそと心配されているほどだった。


 俺は汗ばんだ手のひらを隠すように強く握る。

 ――よし、行くぞ。



「あの……、春日沙也花さん、だよね?」


「……え?」


 春日が目をまん丸にすると、俺のことを上から下までながめていた。

 いきなり話しかけたらまずかったのか。俺の姿におかしなところがあるのか。やはり女装がバレて俺だとわかってしまったのではないか。今日すれ違ってきた人とは違って、春日は綾人おれのことを知っているのだ。


 そんな不安がよぎる中……。

 春日はいきなり、ふにゃあ~~っと脱力した。


「よ、よかったですううううううう~。同じ学校の人がいてくれてぇ……」


 どうやら俺だとはバレていないようだった。

 ホッとした俺は、自己紹介。


「こうして話すのは初めてだよね。私は和灯アヤメ、よろしくね」


「よ、よろしくお願いします! それとその……すみません。和灯さんはわたしの名前を知ってくれてたのに、わたしは和灯さんのこと、ぜんぜん知らなかったです……」


 それはそうだろう。本当は存在しない人物なのだから。

 そう思いつつ俺は、あらかじめ用意した受け答えを笑顔で話した。


「春日さんとは同じクラスになったことがなかったし、気にしないで。でも今日は春日さんが一緒でよかった。何だか私、すごく安心しちゃった」


「わ、わたしもです! 和灯さんがいてくれて、その……すごくよかったです!」


 それから俺たちは、夢中になっていろんなことを話した。

 春日は実は日本史が好きだとか、数学の先生がたまにタバコ臭くて苦手だとか、今は占いがマイブームになってるだとか、毎朝ほうじ茶がかかせないとか。

 それから――志望動機のことも。


「あの、和灯さんはどうしてセントヴァルハラを受けようと思ったんですか? わたしは、その……戦女神ヴァルキリーになることが夢だから、なんですけど……」


「えっと、私も同じ理由……かな」


「わあ、一緒なんですね!」


 春日は嬉しそうに笑っていた。

 でも春日は、大きなカン違いをしているのだ。

 確かに俺たちの夢は同じだ。しかし――

 

 春日の夢は、春日が戦女神ヴァルキリーになること。

 俺の夢も、春日が戦女神ヴァルキリーになること。


 俺は嘘をついてはいない。

 それでもこれは、騙していることになるんだろうな。

 だがこれでいい。春日がリラックスして試験で実力を発揮できるのなら。


戦女神ヴァルキリーはわたしの憧れなんです。特にすごいと思うのは、氷結の戦女神ヴァルキリーのリーゼロッテさんです!!」


「ああ、動画で見たことあるよ。確かにあの人はすごい魔法使うよね」


「知ってますか? リーゼロッテさんは、わたしたちと同い年なんですよ」


「……え? そうなの?」


 でも戦女神ヴァルキリーってことは、セントヴァルハラの生徒なわけだよな。


「私たちと同い年なら、まだ高校生にはなれないんじゃ……?」


「いい質問ですね和灯さん! 実は海外育ちのリーゼロッテさんは、魔力の高さ故にそっちで飛び級したんだそうです! これ、異例のできごとだって騒がれてて、半年前に日本に留学してきたときも大騒ぎだったんですよ! すごいですよね!」


「へえ、そうなんだ」


「リーゼロッテさんは無愛想だとか冷たいとかいう人もいますけど、わたしは感情が豊かな人だと思ってるんです。世界を背負う責任感から、冷徹を装ってるんじゃないかって。だからわたしも強くなって、リーゼロッテさんの負担を少しでも軽くしたい。そう思うんです!」


「そっか。春日さんは本当にリーゼロッテさんことが好きなんだね」


「はいっ」


 春日が満面の笑顔で答える。

 よかった。どうやら先ほどの緊張は完全にとけているようだ。

 これならきっと、試験でも自分の力を発揮できることだろう。


「あの、よかったら和灯さんのこと、アヤメちゃんって呼んでいいですか?」


「うん。それは構わないけど」


「じゃあわたしのことも、沙也花って呼んでください」


「え? いいの……? でも……」


 女子を名前で呼ぶのって、ちょっと恥ずかしい気がする。

 まるで恋人みたいだ……って、おい俺!

 いったい何考えてるんだ!!


「あの、もしかして嫌ですか?」


「い、いやいや! そんなことは全然ないよ!」


 そう、今の俺は女なんだよな。

 女同士なら下の名前で呼びあうなんて、普通のことだろう。


「えっと……、さ、沙也花ちゃん……」


 んくうぅぅぅあああ~~っ!

 なのに俺は、顔がすごく熱くなってしまった。

 きっと真っ赤になっていることだろう。


 何だよこれ、超恥ずかしいんですけど!


「はい、アヤメちゃん。一緒にがんばりましょうね」


 それでも、春日はすごく嬉しそうに呼び返してくれた。

 綾人って呼んでくれないのが、ちょっと残念かなって。

 いや、ちょっとだぞ。ほんのちょっとだけだからな。


 それにしても、笑顔の春日…………かわいいなあ。

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