第6話 毛の処理→おっぱい

 受験日までの間、とにかく俺は女装に励んだ。

 放課後になると、真っ先に家に帰って自室にこもり女装開始。

 意外とスキルが必要で、何度も練習しなければならなかった。


 その間、美鳴はというと毎日俺の部屋に来ていた。

 いざというときのために、女装は俺自身が身につけなければならないが、それでもわからないことは美鳴に助言をもらったりもした。





「美鳴、カツラってどんなのがいいのかな」


「そんなん、もちろんツインテールや! そんで色はピンクな!」


「お前の好みは聞いてねーよ! しかもそれ二次元の好みだろうが!」


「ええやん、アヤト女の子のコスプレしてウチに写真撮らせてーな。そしたらアイコラでハダカにしたるから!」


「うるせえ! 気持ち悪いこと言うな!」


「やーん、叩かんといてー」


 容赦なく美鳴の頭をチョップする俺。

 つーか裸にしたらコスプレの意味なくねーか?

 結局カツラは、動きやすそうなショートボブの茶髪を買った。


 値段は…………うげっ、高いんですけど。





「美鳴、すね毛の処理ってどうするんだ?」


「んー? 勢いよく抜くって方法もあるんやけど」


 パソコンで作業中の美鳴が、こっちを見ずに答える。


「こうか? ――――いってえええ!!」


 気合いで何本か引っぱってみたら、涙が出るほど痛かった。


「それは痛いからやめた方がええよ――って、もうやってしもうたんか!? 脱毛用のワックスとかあるん、それ使うた方がええよって言おうとしたのにー」


「は、早く言ってくれよ……」


「アヤトはこの痛みで、ドMに目覚めたのだという」


「目覚めないから! 変なナレーション入れるんじゃねえよ!」


 美鳴が勧めたワックスを使ったところ、驚くほどもっさりと抜けた。

 ちょっと感動を覚えてしまうくらいの量だ。


 女って……すごいもん使ってんだな。




 特にどうしたらいいかわからないのは、化粧のやり方だ。

 とりあえず百円ショップで化粧品を買いそろえたあと、ハウツー本を読んで実際にやってみることにする。

 なになに、ビューラーでまつげを上に上げて、アイライナーを入れて、まつげにマスカラを入れて……。


「ぷっ、あははははははははははっ! オカマや! ここにオカマがおる!」


「うるせえ美鳴! ……って、ぶふっ、うはははははっ!」


 改めて鏡を見て、俺まで笑ってしまった。

 集中しているときにはわからなかったが、化粧ってやりすぎるとオカマっぽくなるんだな。とりあえず一度落とさないと。


「……あ、メイク落とし買ってない! 美鳴、急いで買ってきてくれ!」


「ええー、アヤトが行きーな。もちろんその顔でな!」


「無茶言うなよおおお!!」





 いよいよ最後の関門。それは…………胸。

 通販で届いた箱を開けてみると、そこにはおっぱいがあった。


 すげえな。

 俺、今からこのおっぱいをつけるんだ……。


 正確に言うと、すごくリアルにできたおっぱい型の胸パッドだ。

 ぷよぷよしていて、先端の突起まで再現してあり、赤く彩られている。

 大きさはひかえめのBカップ用。美鳴と相談した結果、ブラの下にこれをつけることにしたのだ。

 さすがに装着を見られるのは恥ずかしいので、美鳴には部屋から出てもらっている。


 俺は片方を手にとると、むにゅむにゅと揉んでみた。

 むにゅむにゅ。むにゅむにゅ。やわらかい。


 …………ごくり。


 本物ってこんな感触なんだろうか。むにゅむにゅ。

 そのときのことだった。バンッ!

 ドアが音を立てて、勢いよく開く。

 その奥には、白い目で俺を見ている美鳴の姿があった。


「アヤトのヘンタイ。そんな何度もおっぱい揉んで……」


「うわあっ! 美鳴、何のぞいてんだよっ! 頼むから引かないでくれ!」


 むにゅむにゅ。





 女装が完成するまで、こうしていろいろなことがあった。

 それでも俺は困難に負けることなく、受験日の前日になると……女装はひとまずバレない程度のものにはなっていた。


「すごいやんかアヤト、かわいすぎてヨダレが止まらんわ!」


「こんなに嬉しくない褒め言葉は初めてだな。あと美鳴、ヨダレはやめろ」


 美鳴がヨダレ垂らしてるってことは、俺……かわいいってこと?

 かわいいって思われるの、何かヤだなあ。


 一方の願書はというと、美鳴が精密に作ってくれたものを、すでにセントヴァルハラ女学院に提出してある。氏名は和灯わとうアヤメと変更していた。響きを似せたのは、俺がとっさに反応できるようにしたためだ。バレを恐れた俺はまったく別の名前にしたいと思ったのだが、美鳴によると不安ならその分堂々としてればいいとのことだった。


「いよいよ明日は受験やね。アヤト、ファイトや!」


「美鳴、今までありがとな」


「どうってことないんよ。あ、でもお礼なら、もし氷結の戦女神ヴァルキリーサマに会うことがあったら写真撮ってきてくれへん? そしたらアヤトにアイコラ作ったる!」


「いや、いらないから」


「そういやセントヴァルハラは全寮制なんやてな。もしアヤトが合格したら……ウチらご近所さんじゃなくなっちゃうんやね。こうして気軽に会えなくなるのかもなあ」


「美鳴……」


 美鳴は笑顔こそ浮かべていたが、さみしそうにしている。

 だから俺は、思っていることを伝えることにした。


「俺の目的は受験自体にある。春日が無事合格すれば、その後は俺のサポートなんていらなくなるだろうし、男の俺が受かるわけないからな。それにもし仮に受かったとしても、通う気なんかないから」


「ほんまに!? じゃあウチ、全力全開で応援したるわ!」


 とたんにぱっと、美鳴の表情が明るくなった。


「せっかくのかわいい女装なんやから、ヘマしてバレひんようにな!」


「ああ。それじゃあ行ってくるよ」

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