第5話 受験→女装開始

「あれ……? わ、和銅くん!?」


 そんな俺に気づいた春日が、目を丸くする。

 ピタッと動きが止まったかと思ったら、ボンっといきなり顔が真っ赤になった。

 見てはいけないものを見てしまっただろうか、俺はちょっと気まずい思いをしながらも、春日に声をかけた。


「よ、よお」


「え、あの……、和銅くん、いつからそこに……?」


「えっと、魔法使う前くらいからかな」


「ずっと見てたんですか!? は、恥ずかしいです……」


 それから俺は、なりゆきで春日と少し会話をして、春日が戦女神ヴァルキリーに憧れていることと、セントヴァルハラ女学院を受験しようとしていることを知ったのだ。


 魔法に目覚めるのは、10代後半の女子の中でも200人に1人程度の割合。この辺の公立学校なら同学年に1人いるかいないかの割合だ。しかもそれから、18歳を超えたあたりで一気に魔力が衰えて、魔法が使えなくなってしまうのだとか。


 このことからも、魔法が使える人間の数はごく少数だということがわかる。


 まさかクラスメイトの春日が、そんな珍しい力を持っていたなんて。

 俺は驚くと同時に、すごいと思った。


 戦女神ヴァルキリーになりたいという春日の夢、かなうといいな――






「なあアヤト、もしかしてあの子に惚れとるん?」


「――はあっ!?」


 美鳴の言葉で、昨日のことを思い出していた俺は、一気に今に引き戻された。


「ば、バカ言ってんじぇねえよ! そんなんじゃねえって!」


「えー。あやしいわ。まさかアヤト、自分で気づいとらんの? 春日さんが教室出てくときな、アヤトすっごく嬉しそうな顔して見送ってたんよ。あんな笑顔になったアヤト、えらい久しぶりやったなあ」


「――えっ!?」


 俺、そんな顔してたのか……?


 そんなの、信じられない。

 だがずっと一緒に過ごしてきた美鳴の言葉だ。

 きっと本当のことなのだろう。

 

 俺は空手を捨ててから、一度として笑うことなんてなかった。

 でも笑えるようになったというのなら、それは春日の魔法のおかげだろう。

 感情を失ってた俺の心を、あの炎の魔法が癒してくれたのだ。


「美鳴、何て言えばいいかな。春日は俺の――奇跡の恩人なんだよ」


「なるほどなあ。それは確かに惚れてるんとちゃうね」


「わかってくれたか!」


「それはベタ惚れって言うんよね」


「あーもう、だから違えって言ってんだろ!」


 どう言ったら美鳴は納得してくれるのか。

 春日は大切な恩人なんだって言ってるのに。

 つーかそうだよ。恩人なんだから恩返しがしたいよな。

 それなら春日の夢を叶える、手伝いができたら……。


「――――あ」


 俺はふと、あることを思い立った。

 まるで電撃が走ったように、体中に衝撃が走る。

 神の啓示というものが本当にあるのなら、こういうことを言うのだろう。


 俺はペンを取り、目の前の紙をつかんだ。

 あれだけ迷っていた進路調査用紙に、すぐさま記入を始める。


「え……? アヤト、どこ受けるか決めたん?」


「ああ、たった今な。俺が受験する高校は――」


「えええええっ!? だってアヤト……ここって!?」


 美鳴が声を上げるのも無理はない。

 俺が書いたのは――セントヴァルハラ女学院だった。


「ここ、女子高やないか! どうやって受けるつもりなん!?」


「そんなの、やることは決まってんだろ」


「え……? ま、まさか――女装する気なん!? あんな嫌がってたのに!?」


「喜べ美鳴、お前の願いがかなうぞ」


 本当は女装なんて、死ぬほど嫌だ。

 でも、すべては春日のため。

 春日のためなら、死を超えるほどの価値がある。


 先ほど美鳴が言ったように、春日は極度の上がり症だ。

 受験するとなれば、すごく緊張することだろう。

 だから俺が隣にいて、少しでも緊張をほぐしてあげたい。

 春日が実力を出し切って、納得のいく結果が得られるように協力したい。


 美鳴はそんな俺を笑い飛ばすこともなく、ただジッと見ていた。


「しゃあないなあ。ならウチも手伝うわ」


「――は? まあ、女装を手伝ってもらえるのはありがたいけど」


「ちゃうよ。女装は自分で練習しとき。いざというときにできないと困るやろ?」


「じゃあ、何の手伝いだよ」


「願書の偽造や。こっちはアヤトにはできひんもん」


「…………あ」


 言われてみるとそうだ。学校から渡される受験用の調査書には、成績だけではなく様々な情報が載せられる。当然その中には性別や氏名も含まれている。こんなの、パソコンの知識が皆無と言っていい俺には、できるはずがない。


「その点ウチは、データ改ざんのプロや。氷結の戦女神ヴァルキリーサマのヌードアイコラを作って、とあるサイトに公表したら、何と1日で10万PVを達成したほどなんやから!」


「確かにすごい数字だけど、それってエロ画像のことだろ? 問題にならなかったのか?」


「なった! 悔しいことに、翌日には運営に削除されたわ! でもそれはウチの実力が確かだという証。学校のデータベースからアヤトの調査書を引っぱってくれば、改ざんなんかちょちょいのちょいやで!」


 自慢げに語る美鳴は、確かに心強かった。

 ……しかし。


「それ、バレたら美鳴もまずいことになる。本当にいいのか?」


 俺はもう腹をくくった。

 春日のためなら、どうなったって構わない。

 でも、美鳴を巻きこんでしまうことになるのは……。


「せっかくアヤトが熱くなれるものを見つけたんよ。いいから黙って手伝わせてーな」


「美鳴……」


「よっしゃ、そうと決まればさっそくアヤト女装計画の開始やね!」


「おう! 俺、がんばるよ! 絶対に女になってみせる!」


「その意気やよ! ぐふふ……っ、アヤトの男の娘、どんだけかわいいんやろな……」


「あのー美鳴さん、ヨダレ垂れてるんですけど?」


 こいつ、手伝いついでに俺の女装姿が見たいだけじゃないだろうな。

 でも手伝うって言ってくれたことは――本当に嬉しかった。


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