1章

第3話 芥川美鳴→幼なじみ

 俺がセントヴァルハラの受験を決めたのは、1ヶ月ほど前のことだった。



 放課後の教室、俺はスマートフォンである映像を見ていた。

 広い海の上を舞台に、1人の少女とイカに似た姿の巨大な魔物が激しい戦いを繰り広げている。

 見た感じ10代後半くらいのこの少女は、空を飛び回り、氷の魔法を使用して魔物と戦っていた。

 吹雪を生み出し海全体を凍らせると、氷の魔力でできた剣と盾を持って、魔物の激しい攻撃をかいくぐり、勇猛果敢に接近戦を何度も何度もしかけている。


「覚悟なさい! ――氷柱散弾撃ニードルショット!!」


 少女が無数の氷柱を生み出し、魔物に向けて射出する。

 複数の足をムチのようにしならせて、そのすべてをはたき落とす魔物。

 だがそこに生じた隙を、少女は逃さなかった。


 少女は剣を振りかぶると、魔物の真上から落下をしながら一刀両断。

 氷の剣によって引き裂かれた魔物は、断末魔の叫びを上げると――絶命した。



 この映像、特撮のワンシーンのようにも見えるが、そうじゃない。

 これは最近に起こった戦女神ヴァルキリー侵略魔アグレストとの戦闘だ。彼女は氷結の戦女神ヴァルキリーと呼ばれていて、いずれは歴代最強の戦女神ヴァルキリーになるかもしれないということで、世間を騒がせているらしい。メディアに疎い俺でも知っているくらいの有名人だ。


「なあアヤトぉ」


 そんな俺に、快活そうなポニーテールの女子が声をかけてくる。


「なあなあ、なあったら! アヤトぉ!」


「……何だよ」


「やっと返事してくれたわ。もう、さっきから何度もウチが呼んでるのに」


 彼女は芥川あくたがわ美鳴みなり

 俺の近所に住んでいて、幼稚園から小学校中学校までずーっと一緒の、いわゆる幼なじみってやつだ。パソコンなどデジタルコンテンツの知識に長けていて、なぜか東京出身なのにエセっぽい関西弁を使いたがる、何とも不思議なやつだった。


「アヤトが動画見とるなんて珍しいなあ。何見てるん?」


「いや、別に……」


 俺が歯切れ悪く返事すると、美鳴が勝手にのぞきこんでくる。


「これ、戦女神ヴァルキリーサマやんか! しかも氷結の子! はや~、すっごくかわいいなあ! アヤトにしては目のつけどころがええんちゃう?」


「……そうか?」


「えー? この子がかわいいから、アヤトはこれ見てたんやろ?」


「違えよ。そんなんじゃねえって」


 これが恥ずかしがって言ったのなら、美鳴は喜んで俺のことをいじってきただろう。だが俺の返事は実に素っ気ない声で、本当にこの少女に興味がないとわかるものだった。だからなのか、美鳴が嘆くように声を上げる。


「っもおおおおおっ! あかん、あかんよアヤト! アヤトはいつもこれやから! 見てみ、この子の格好! 露出度の高いバトルスーツに、まるでメロンのように大きなおっぱい! なのに何でそんな冷めた反応してんねん! それでも男かあっ!」


 美鳴の言うとおり、ツインテールをなびかせて懸命に戦っている少女は、確かに美しい容姿をしている。

 そして彼女専用の戦闘法衣バトルドレスを着ているのだが、これがいわゆるビキニアーマーと呼ばれるような形状で、さらに素材は金属ではなく魔力に強い布地を使用しているため、水着のグラビアモデル並と言ってもいいほどきわどい姿だった。


「男なら誰でも、かわいい女の子に熱くなるもんやろ! こういうときは『すげえ今おっぱい揺れた! おいカメラもっとアップだ、がんばれがんばれ……うおおお、おっぱいプルンプルンキターッ!!』ってヨダレ垂らすもんやないの!? ――って、今ほんとに揺れたやんか! うはーっ、もう一回! もう一回オナシャス! じゅるるる……っ」


「おい、俺のスマホにヨダレ垂らすな! まったく、お前は酔っ払っいのオヤジか!」


 美鳴は、かわいい女の子に目がないのだ。

 この性癖、もうちょっとどうにかならないものか。

 でもそんな美鳴はとても楽しそうで、正直俺はちょっとうらやましいとも思う。


 俺には、何かに熱くなるという感情がなくなってしまったから。






 小学校の頃から、俺は空手をやっていた。

 強くなるのを実感したときが嬉しくて、中学に入ったあとも夢中になって続けた。

 そして今年の夏、次勝てば全国大会出場、というところまで来た。

 しかしその試合の前日、俺は不良の集団に絡まれる。

 結果――腕を折られた。

 しかもその不良たちは、決勝の相手が仕向けたものだった。

 俺は試合に出ることはできず、対戦相手は不戦勝で全国行きを決めた。

 大会の運営や警察に申し出れば、もしかしたらどうにかなったかもしれない。

 でも、俺はそうはしなかった。

 すべてのやる気を失ってしまったからだ。

 左腕が治ってからも、俺が空手を再開することはなかった。

 そして今もまだ、次のやりたいことを見つけられずにいる――





「うーん、アヤトは女顔やもんなあ。そのせいで女の子に興奮しないんかな」


「顔は関係ないだろ。つーかそれ、気にしてるんだから言うなよ」


「えー、ウチとしてはむしろ褒めとるのにー。アヤト、男のって知っとる? あ、『こ』っていうのはむすめって書く方な」


「――知るかよ、んなもん」


 知ってはいる。が、俺は美鳴に冷たく言い放った。

 俺に女装をさせたがっているのだろうが、そんなのは絶対にごめんだ。


 美鳴が言った通り、俺はかなりの女顔だ。しかも身長は背の順で前から数えた方が早く、体の線も男にしては細い方で、声も高い。

 このせいで幼少時代、よく姉に無理やり女物の服を着させられたりしていた。リアルな着せ替え人形くらいに思われていたんだろう。これは今でもトラウマになっている。


 空手を始めたきっかけだって、男らしい体になりたかったからだしな。

 まあ結局のところ、そうはなれないまま今に至るんだけどさ。

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