第19話 ごきげんよう→姉ちゃん

 女子寮を出たあと、俺はリーゼロッテとは別々にセントヴァルハラへと登校した。

 これが俺の初登校。そして今日は入学式だ。


 現段階でさえ、波乱に満ちている女子高生活。

 これ以上問題は増やしたくないし、できるだけ目立たないように過ごそう。

 そう考えて校舎に入ると、俺は入学式が行なわれる大講堂へと向かった。


 受験のときには案内されるがままに進んでいたのでよく見なかったが、とにかくここの校舎は最新鋭のオフィスビルのようだった。

 ここは設立してまだ3年なので、ビルのような校舎でも不思議はないのだが、それにしても名門の女子高というイメージからは、ほど遠い。


 そのとき、向かいから先輩だと思われる生徒が近づいてくる。


「ごきげんよう」


「え……? ごき……ごきげん、よう?」


 は? 何だ、このあいさつ。ごきげんよう?

 とまどう俺に、先輩らしき人はクスクスと笑って通り過ぎていった。


 改めて周囲を気にしてみると、驚いたことにみんながこのあいさつを使っている。

 実際に「ごきげんよう」なんて言う学校があるんだな。見た目は最新鋭でも、そこはやはり名門の女子高ということか。しかしこのあいさつ、校舎の雰囲気とはまったく合っていなくて、馴染むのには時間がかかりそうだな。


 そうこうしているうちに、俺は春日の後ろ姿を発見する。

 ちょっとおどおどしていて、緊張している様子だった。


「おーい、沙也花ちゃーん」


「あ、アヤメちゃん!」


 俺に気づくと、すぐに春日は明るい笑顔になった。

 しばらく恥ずかしそうにしたあと、思いきったように声を出す。


「あ、あのっ、アヤメちゃん! その……ご、ごきげんよう!」


「うん、えっと、ごきげんよう」


「はあ、よかったですー」


 春日がすっごく力んであいさつをしたかと思ったら、いきなり脱力する。


「どうしたの、沙也花ちゃん。よかったって何のこと?」


「初めてごきげんようのあいさつをするのは、アヤメちゃんにしようって決めてたんです。無事にできたから、安心しちゃいました」


 うわー。

 この春日、すんごくかわいい。


「そっか、ありがと。……あ、でも私、さっき先輩とあいさつしちゃったな」


「そうなんですか。わたし、アヤメちゃんの一番にはなれませんでした」


「ご、ごめんね」


「ふーんだ。アヤメちゃんなんか嫌いです」


「えええええええええっ!?」


 か、春日に嫌われてしまった。

 俺はこの先いったいどうやって生きていけば……っ。


「ぷっ、ふふふふ……っ。ごめんなさい、嫌いだなんてウソですよ」


「え? ……そっかあ、よかったあー」


「えへへ、アヤメちゃんがそんなに落ちこんでくれるなんて、嬉しいです。それよりアヤメちゃん、今日までずっと何をやってたんですか?」


「え? 何っていうと?」


「あれから学校には来なかったし、卒業式だっていなかったじゃないですか。受験の次の日からずっと会いたくて、学校中探し回ってたんですよ」


「あ……」


 そうだった!

 受験の後、アヤメが中学に登校しなかったら変じゃねーか!


「え、えっとね……そう! 田舎のじいちゃんが亡くなって、向こうに帰ってたんだ」


「あ、ごめんなさい。わたしってば……ぐすっ」


「いやいや泣かないで! 沙也花ちゃんが気にすることじゃないって!」


 ごめんよ、まだ元気なじいちゃん。そして泣かせてごめんよ春日。

 しかし思わぬところでボロが出るもんだな。

 春日に対しては特に気をつけないと。


 その後、俺は春日と一緒に入学式に出た。

 式は割とあっさりしたもので、15分程度で終わった。

 クラス分けが発表されて、新入生はそれぞれの教室へと移動する。


 俺も自分の教室へと向かった。


 何と、春日とは運良く一緒のクラスだった。

 これには嬉しさのあまり、2人で一緒に喜び合った。

 教室の席は自由とのことなので、春日と隣同士になるように座る。

 他の生徒達はにぎやかなもので「担任の先生どんな人だろ」「優しい人だといいよね」なんて声が飛びかっていた。


 そして、担任の登場。

 ドアが開く音がして、教室がいっせいに静かになる。

 入ってきたのは1人の先生。だがその姿に、生徒全員があぜんとしてしまう。


 スーツ姿のその人は、明らかに先生には見えない容姿だったからだ。


 まず身長が小さい。まるで小学生かと間違うほどだ。

 しかし、胸のふくらみがちゃんとあることから俺たちより年上であることがかろうじてわかった。顔のつくりもとても幼い感じで、一応がんばってキリッとした表情をしてるのだが、それも子供が背伸びして大人っぽくしてるようにしか見えない。


 いや、それよりも……この顔は!


「姉ちゃん!」


 俺はつい立ち上がっていた。

 教室中の視線が、いっせいに俺に集まる。


 彼女はまぎれもなく、俺の姉ちゃんだ。

 子供時代に俺を着せ替え人形のように女装させて、3年前に突然家を出てどこかに行ってしまった姉ちゃんだった。


 姉ちゃんは俺を見るなり、目を輝かせて駆けよってくる。


「アーちゃんアーちゃん! 会いたかったのだよーっ! よしよ……んー、んんー!」


 教壇に立つこともせず、自己紹介もせず、何より先に俺の頭をなでようとしてくる姉ちゃんだったが、身長が低いあまり手を目一杯伸ばしても、ギリギリで届かなかった。それでも諦めずに、一生懸命手を伸ばしてくる。


「んーっ、んーっ! あう……届かないのだよ」


「ったく、仕方ないなあ」


 俺は一度ため息をつくと、席に座って姉ちゃんに頭を向けた。


「やったー! よしよし、おーよしよしよしよしよしよし……っ!」


 うああ、そんなに激しくやるな! カツラが取れるだろうが!

 しかし姉ちゃん、女装してても俺だってわかるんだな。

 つーか女装してるからこそか。昔、散々俺に女物の服を着せて楽しんでたしな。


 そしてこの瞬間、教室が一気にざわつき始めた。


超戦女神ヴァルキュリア様だ……!」「え? あの超戦女神ヴァルキュリア様がわたしたちの担任ってこと!?」「それより超戦女神ヴァルキュリア様って妹いたんだ」「そういえばあの子って」「リーゼロッテ様を倒したって噂の……?」「あの子、超戦女神ヴァルキュリア様の妹なのね」「なるほど、それならリーゼロッテ様に勝ったのも納得かも!」


 いやいや、本当は妹じゃなくて弟なんだけどな。

 それにリーゼロッテに勝ったって、噂になってるのか。

 嫌だな。実際はボロ負けだったのに……。


 それより姉ちゃん、もしかして有名人なのか?

 何だろう、超戦女神ヴァルキュリアって。

 隣では春日が興奮のあまり、俺の体をガッツリとつかんでくる。


「すごいですアヤメちゃん! まさか戦女神の中の戦女神ヴァルキリー・オブ・ヴァルキリーと呼ばれた、伝説の超戦女神ヴァルキュリアたちばな鏡子きょうこ様の妹だったなんて!」


「え……? 姉ちゃんって、すごい人なの?」


「そりゃあもう! セントヴァルハラ初の戦女神ヴァルキリーにして、いまだかつて1人しか選出されていない戦女神ヴァルキリーの頂点の総称、超戦女神ヴァルキュリア様なんですから!」


「ああ、超戦女神ヴァルキュリアってそういう意味なのか」


 春日が説明してくれたおかげで、俺はやっと理解した。


「いやいや、正確には元超戦女神ヴァルキュリアなのだよ。19歳になろうとしているわたしは、魔力がなくなってすでに引退している身だからね。早く後任の超戦女神ヴァルキュリアが決まってほしいのものなのだけど……」


 それにしても知らなかった。

 姉ちゃんは戦女神ヴァルキリーだったのか。

 じゃあ3年前に家を出て行ったのは、セントヴァルハラの寮で暮らすようになったからだったんだな。


 そんなことを考えていた俺に、さらに春日が説明をしてくれる。


「鏡子様は、1年ちょっと前の侵略魔アグレスト大戦で侵略魔アグレストの世界へと飲みこまれてしまうも、つい1ヶ月前に奇跡の生還を果たしたんです。そしてその実績が認められて、18にしてセントヴァルハラの特別教師となったんですよね。でもまさか、わたしたちの担任だなんて……すっごく嬉しいです!」


「いやあ、照れちゃうのだよー」


「そんな……。楽しそうに私をいじめてた、あの姉ちゃんが……」


「いやあ、照れちゃうのだよー」


「褒めてないからな!」


 にひひと笑う目の前の姉ちゃんは、昔とまったく変わっていない。

 隙あらば俺をいじり倒そうとする、あの姉ちゃんだった。


 どうしよう……。

 頭を悩ませる問題が、またひとつ増えちまった。

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