第24話 無属性魔法→間接キス
その後の女子高生活は、順調そのものだった。
女装がバレそうになる場面はなかったし、魔法の授業にも何とかついていけている。
今も授業中で、姉ちゃんが教壇に立って魔法学理論を熱弁しているところだ。
「魔法の可能性は無限とも言われているのだよ。その気になれば、ブラックホールを生み出せるという理論だって存在している。無の属性、つまりはあらゆる物質を消滅に導く力だ。そうだね、例として光と闇の魔力で説明してみようか」
ふーん、無属性って属性がないことじゃないんだな。
無に帰す魔法属性ってことなのか……。
前方のスクリーンには、2枚の風景写真が映し出される。
「まずは光だ。世界中に光の魔力を放射したとして、それを可能な限り濃くしていくとどうなるのだろうか。だんだんとまぶしくなっていき、いずれは世界のすべての色が消えて、何も見えなくなってしまう」
姉ちゃんの言葉に合わせて右の写真の輝度が上がっていった。
するとその写真は、真っ白になってしまう。
「次に闇の魔力を上げてみよう。だんだんと暗くなって、こちらも何も見えなくなる」
今度は左の写真が、真っ黒になっていった。
「これがそれぞれの要素をきわめて強くしていった結果だよ。ではこれらを、消滅に導く力だと言えるだろうか。答えは――否。これは強力な光や闇の魔力によって、物質の存在を隠したにすぎない。ではどうすれば無を生み出せるのかというと、こうすればいい」
2枚の写真が近づいていき、重なった。
すると写真は、お互いに混ざり合って消えてしまう。
「まったく同じ量の相反する魔力をぶつければいいのだよ。このとき双方の魔力がスパークを起こし、まわりの物質を飲みこんで消滅する。自然界の要素では起きえない、魔法ならではの現象だ」
へー、そういうものなのか。
他の生徒たちも納得したような表情を見せている。
隣の春日はよく理解しているようで、懸命にノートを取っていた。
すごいな、春日。
俺なんて何となくわかったってくらいの感じなのに。
姉ちゃんは、さらに講義を続けていく。
「ただしまったく同じ量の魔法がぶつかるなんて、そう起きるものではない。その種の魔力を持つ、別々の使用者が必要だからね。どんなに綿密な打ち合わせをしたって、人間には多少のずれが生まれる。双方の力にわずかな差でもあれば、強かった方の魔力が暴発を起こし、無は生まれないのだよ。もっとも、ブラックホールくらいの力にするには膨大な魔力が必要なので、はなから現実的な理論ではないのだけどね」
うーん、なるほどなあ。
とりあえず、難しい話だってことはわかった。
そういや風呂のシャワーが使えない件についてだが、お湯をはるときに浴槽に余分にためておくことで解決した。
俺が先に入ってシャワーがわりに浴槽のお湯を使い、リーゼロッテが入る前に入浴剤を投入する。
これでリーゼロッテと一緒に入らなくなってもいいってわけだ。
これでカツラを外して頭を洗えるし、1人でリラックスする時間も作れる。
「では次の問題を……アーちゃんに解いてもらおうかな」
つーか最近、リーゼロッテがやたらと俺の近くに来ようとするんだよな。
昨日は俺が床に座って教科書を読んでたら、携帯ゲーム機片手にこっちに来て、何も言わずに背中合わせに座ってくるし。
驚いて見てみたら「何よ。文句あるの?」だってさ。
「アーちゃん、アーちゃん? ……和灯アヤメさん?」
しかも、遠慮なしに体重預けてきやがって。
いや、まああんまり重くはなかったんだけどさ。
でもそっちは女同士だと思ってるから恥ずかしくないだろうが、こっちは勉強どころじゃないっつーの!
「こらっ、アーちゃん!!」
「はいっ!」
俺は飛び上がるように席を立った。
……やばい、いつから思考が脱線してたんだろ。
「じゃあこの問題を解いてみるのだよ。授業聞いてたんならできるよね?」
「え、えーと……」
どうしよう。まったくわからなかった。
そのとき、隣の席から紙切れが差し出された。
解答らしきものが書いてあり、それを書いた本人である春日がこっちを見ている。
「えっと、答えは『魔法はその効果や属性を失い
「はい、正解なのだよ」
俺はホッとして席につくと、紙の下半分が折れて隠れていることに気づいた。
開いてみるとそこには『プリン1個おごりです♪』と書いてある。
春日が満面の笑顔を俺に向けていた。
もう、かわいいなあ。何個でもおごっちゃうぞー。
そして、この学校生活でもっとも幸せなのが昼食時だ。
俺と春日は、いつも2人で食べていた。
春日と一緒の食事はすごく楽しい。
「アヤメちゃん、妹がいたらいいなあって思ったことはありませんか?」
「えっ? うーん、どうだろ……」
本当は欲しいと思ったことがあるのだが、それは俺が兄としての話だ。
俺が女だったら、妹が欲しいかどうかはわからないので、ぼかして答えることにする。
「あの、わたしはお姉ちゃんが欲しいなーって思うときがあるんですけど」
何だろう。
春日が意味ありげにチラチラと俺を見ているような……。
「よし、じゃあうちの姉ちゃんでよかったらあげるよ」
「ダメですよ、いいお姉さんじゃないですか!」
「えー、どこが?」
「それよりも、わたしが言いたいのは……いえ、やっぱりいいです」
「…………?」
春日は何を言いたかったのだろうか。
わからないけれど、すぐにいつもの春日に戻ってしまった。
教室内では他の生徒達が、こうして楽しそうにしている俺たちを不思議そうに見ていたりする。
俺はそういう視線をしょっちゅう感じていた。
AランクとFランクが仲良くしているのがおかしいと思っているのかもしれない。
俺は他のやつらに、自分が「無能」と陰で呼ばれているのを何となく知っていた。
魔法が使えないからその通りではあるのだけど、さすがに気にしてしまう。
春日が「アヤメちゃんが無能だなんてあり得ません!」と怒ってくれたときは、かなり嬉しかったけど。
「――あ、そういえば約束のプリン買っておいたんだった」
「わああ。アヤメちゃん、ありがとうございます! えへへへ~」
俺が取り出したプリンを受け取った春日は、すぐにひと口ほおばる。
「んー、やっぱり食後のデザートはこれに限りますねっ」
いや、俺には幸せそうな春日の笑顔が最高のデザートだ。
そんなこと、絶対に言えないけどな。
「……あれ? プリン、アヤメちゃんの分はないんですか?」
「うん。それ、最後の1個だったから」
「そうだったんですか。何か申し訳ないです」
「別に気にしないで。解答教えてもらえて助かったし」
「それじゃアヤメちゃん……はい、あーん」
春日がプリンをすくって、俺の前に運んでくる。
え……? いやあの、これって間接キスなんじゃ……。
でも春日はまったく気にしてない様子。
そりゃそうだ、見た目は女同士なんだし。
ここでためらうと逆に変な気がする。
俺は仕方なく口を開いた。
「あ……あーん」
「はい」
俺の口に、プリンが入ってくる。
なるべくスプーンに触れないようにと思ったが、それは至難の業だった。
引き抜かれるときに、舌がモロに当たってしまう。
「どうですか?」
「うん、……すごく甘い」
このプリンは特別甘い。飲みこむのがもったいないくらいに。
というかすごく恥ずかしくて、俺は顔が熱くなるのを必死で押さえていた。
誰も見てなかったら、床に転げてもだえていたことだろう。
だって、春日の味がしたような気がするんだから。
「これ、ほんと美味しいですよね。アヤメちゃんにもらったからかな」
そう言って春日がプリンをすくうと、自分の口に入れる。
うわ……、俺の口に入ってたスプーンが、春日の口の中に……っ。
「ん、おいしい……」
春日がスプーンを抜いて、唇をペロッとなめる。
そんな春日に、俺はついつい見とれていた。
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