第14話 俺たちの夢→復活 

 俺は、身を挺して春日をかばいながら。

 春日と初めて会話をしたときのことを、思い出す――




 しばらくの間、俺と春日は言葉を交わすことなく子犬を見ていた。

 充分あったまったのか、子犬は走り回れるくらいにまで回復していた。

 静かな時間が、ゆるやかに流れていく。


「春日ってさ、魔法が使えたんだな」


「え……? は、はい。こんなことしかできませんが」


「そんなことないだろ。魔法が使えるってだけでもすごいよ」


 俺は心からそう思っていた。

 しかし、春日の表情は暗いままだ。


「子供の頃、アニメの魔法少女が好きだったんです。でも魔法なんて現実にはないっていうのもわかってて。それが突然、この世界に魔法が使える女の子たちが現れました。そして後にわたしも……。だからわたし、強い戦女神ヴァルキリーになりたいって思いました。でもわたし、自分の自己紹介もできないくらい、ちょっとしたことでパニックになっちゃいますし、運動もぜんぜんできません。世界のために戦うなんてとても……」


 春日の声は、そこで途絶えてしまった。

 俺はタイミングをはかって、口を開く。


「俺はさ……春日の魔法、好きだよ」


「……え?」


「だって子犬、元気になったじゃないか。春日は他の戦女神ヴァルキリーみたいには戦えないのかもしれない。でもそんな優しさにあふれる春日の魔法を必要としてる人は、きっとどこかにいるはずだよ」


 俺が、そうだったから……。


 その部分を、俺は心にそっと閉まっておいた。

 小さな花が咲いたように、春日の表情が笑顔に変わる。


「和銅くん、ありがとうございます」


「春日はさ、この子犬の戦女神ヴァルキリーだな」


「え……?」


「春日がこの子犬の命を救ったんだ。だから俺、春日の夢を応援するよ」


「わたしが、戦女神ヴァルキリー……。うん、わたし決めました!」


「決めたって、何のことだ?」


「進路のことです。わたし、セントヴァルハラ女学院を受験します! そして入学できたらいっぱい特訓して強くなって、立派な戦女神ヴァルキリーになるんです!」








 リーゼロッテの魔法は、その全弾が俺に命中した。


 肩に、背中に、腕に、足に……。

 俺の体に、何本もの氷柱が突き刺さる。


「ぐあああっ! く、くそ…………っ!」


 激痛で全身が熱くなる。

 しかし皮膚だけは氷柱とともに凍りつき、冷たい。


 氷柱は簡単に抜けそうになかった。

 その上、凍傷した指は思うように動かない。

 もう立つことさえできないほど、体中が悲鳴を上げていた。


「バカね、戦えない者をかばってどうするのよ。その子を見捨てれば、あたしが魔法を使った隙を突いて攻撃できたでしょうに」


「ああ、私はバカだよ。んなことはわかってる」


 俺は春日にかぶさったまま、顔だけをリーゼロッテに向けた。


「――だけど、それじゃあ意味がないんだ」


 俺だけが勝ち残ったって、意味がない。

 春日を合格させるという俺の目的が、達せられないから。


「そ、ならあなたもその子も試験は失格ね。くだらない感情は捨てなさい。常に冷静に、敵を倒すことだけを考えるの。ここが本当の戦場なら、あなたたちはもうとっくに死んでるのよ」


「確かにな。生き残るためには、非情にならないといけないのかもしれない」


 空手の決勝戦の相手は、非情にも俺に不良どもをけしかけた。

 そして怪我をした俺は、不戦敗となった。


「でもな……最終的に誰かを救うのは、その感情なんじゃないのか?」


 春日の感情がこもった、あのあたたかい魔法。

 やさぐれてた俺の心は、それで救われた。

 あの子犬だけじゃない。

 春日は俺にとっても――戦女神ヴァルキリーなんだ。


「なあ、戦女神ヴァルキリーってのは世界の希望なんだろ? みんなを救うことが役目なんだろ?」


「……そうね」


「だったら私の中では、沙也花ちゃんはとっくに合格してるんだ。沙也花ちゃんは、きっとみんなを救う戦女神ヴァルキリーになる! だからここで見捨てるなんて選択肢は、あり得ないんだ。たとえお前がどんなに冷酷な殺人マシーンであろうとも、この私たちの感情でもって、絶対に――倒してみせる!」


「…………っ。言うだけなら誰でもできるのよ」


 わずかに顔色を変えたリーゼロッテが、こちらに近づいてくる。

 剣で直接とどめをさそうというのだろう。


 ――迎え撃たなければ。


 でも、俺の体はまったく動こうともしなかった。

 このまま何もできずに負けてしまうのか。

 結局あいつの言うとおり、俺は口だけの人間になってしまうのか。


 そのときだった。

 懐からじんわりとあたたかいぬくもりを感じる。


 そっちに目を向けると、春日の両手の間に、いつか見た炎の魔法があった。


「沙也花ちゃん……」


「じっとしてて、アヤメちゃん」


 春日の目に生気が戻っている。

 放心状態から、完全に立ち直っていた。


 炎の魔法のおかげで、俺の体温が上がってくる。

 皮膚についた氷は溶けていき、氷柱がするりと抜けていく。

 俺の全身は、ふたたび動くようになっていた。


「アヤメちゃん、わたしのためにごめんなさい」


「そんな、謝らないで。私が勝手にやったことだから」


「氷が溶けたから、傷口が露出して前より痛むと思います。ごめんなさい、わたしにはこのくらいしかできないから……」


 春日の言うとおり、氷柱が刺さった傷から血が流れ始める。

 痛みも熱もある。

 それでも――今の俺には関係ない。


「充分だよ。体が動きさえすれば、また戦える」


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 その俺の隣で、春日もまた立ち上がる。


「――紅蓮の超砲光クリムゾンブラスターっ!」


 春日が、自身の魔力武装マテリアを生み出した。

 そして両腕を使って、しっかりと構える。


「リーゼロッテさん。わたしには魔法の才能はないし、精神的にも甘くて未熟です。でもこのまま負けるわけにはいきません。こんなわたしを、アヤメちゃんが合格だって言ってくれたから。そして――わたしを戦女神ヴァルキリーだと言ってくれた人がいるから!」


「…………っ!」


 声には出さなかったものの、俺は驚いていた。

 その人って、綾人おれのことだよな。


「だからわたしは、この感情は捨てません。わたしはわたしらしく、わたしなりの戦女神ヴァルキリーになってみせます。だからここで――リーゼロッテさんに勝ちます!」


「沙也花ちゃん……」


 俺の胸に喜びがこみあげてくる。

 春日が完全に復活した。

 その復活の原動力が綾人おれの言葉だということが、すごく嬉しかった。


「どうだリーゼロッテ。これで2対1だ。沙也花ちゃんをかばったのは、無駄にならなかっただろ?」


「……それを言うのは、あたしを倒してからにしなさい」


 リーゼロッテがその場で剣を構える。

 俺たちを、正面から迎え撃つ体勢だ。


 ――やってやろうじゃねえか!



 俺は、リーゼロッテに向かって飛びかかっていた。

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