第13話 戦闘開始→劣勢

「……初めて見るタイプの魔法ね。それに威力もなかなかのものだわ」


 リーゼロッテが、興味深そうに俺を観察している。

 どうやら信じてくれたようで、俺は心の中でひと息ついていた。


「それじゃ次は受験番号40番。……40番?」


 リーゼロッテの呼びかけに返事はなかった。

 よく見ると、今闘技場にいる受験生は9人。

 いつの間にか――1人いなくなっている。


「……誰か勝手にアプリを終了させたみたいね」


「え、そんなことできるの……?」


 受験生の1人がスマフォを取り出す。

 それに続いて他のみんなも取り出した。

 出してないのは、俺と春日だけだ。


 それを見て、リーゼロッテは静かに告げる。


「……仕方ないわね。全員よく聞きなさい。これからあなたたちは、あたしと合格をかけて戦闘してもらうことになるわ。あたしは容赦なく、あなたたちを斬りつける。でももしそれが嫌だというなら、アプリを操作してログアウトしなさい。そうすれば元の教室に戻れるから」


 受験生たちはみな、神妙な顔をしていた。

 どうするか迷っているというよりも、答えは決まっているのに切り出すタイミングがつかめないでいる、といった様子だった。

 しかし1人がスマフォを操作すると、姿を消す。

 それを見て、1人、また1人とログアウトしていった。


 残ったのは――俺と春日の2人だけ。

 まだ春日がここにいるのは、先ほどからの放心状態が続いていて、とてもじゃないがスマフォをいじる力が残っていないからだった。

 

 実質戦えるのは――俺、1人。


 でも、リタイヤするなんて選択肢はない。

 春日のために、ここで折れるわけにはいかないからだ。

 今ここで俺がリーゼロッテをたたきのめして、こいつが間違っているということを証明してやる。

 それができれば、春日がもう一度立ち上がってくれるかもしれない。

 もう一度、夢に向かって歩み出してくれるかもしれない。


「さあ、かかってらっしゃい。あなたは――あたしを倒すんでしょ?」


 リーゼロッテは仁王立ちのまま、全身から魔力を発した。

 闘技場内の空気が急激に冷えていき、地面には霜が下りていく。

 構えすらとらないなんて、これは俺のことを完全になめてるな。


 なら――覚悟しやがれ!


 俺はリーゼロッテに向かって飛びかかった。

  まばたきする間に間合いを詰めて拳を繰り出す。

 その一撃目は氷の盾へ。リーゼロッテが防いだというわけではなく、俺が盾へと殴りかかった形だ。

 しかし、鈍い音と共に――俺の拳は弾かれてしまう。


「ちっ、くだけないか……!」


「当然よ。先ほどの氷柱は魔力が通い終わったただの氷。対してこちらは、今魔力が伝わっているものだからね。強度が違って当たり前なのよ」


 反撃体勢を取ったリーゼロッテは、剣を振り下ろしてきた。

 後ろに飛びのいて距離を確保した俺の胸を、剣先がかすめていく。

 服が裂けて浅い切り傷ができるが、それを気にしてなんていられない。

 俺はふたたび拳を繰り出し、今度は左右から怒濤の連撃をあびせた。

 リーゼロッテは盾をつかい、また身をかわしながら余裕の表情でこれらを避けていく。


 だが、この拳はすべてフェイント。

 ――今だっ!

 俺は体重を乗せた前足を軸にして、背面からの回し蹴りを放った。


「――――っ!?」


 完全に虚を突かれたという表情のリーゼロッテ。

 これは決まった。俺はそう確信したものの――


 足裏に当たった感触は、固いものだった。


「嘘だろ……」


 俺は思わず声をもらしていた。

 渾身の一撃は、氷の盾によってふせがれていたからだ。


 リーゼロッテはまったく反応できていなかった。

 それなのに、盾の防御が間に合ったというのか。

 あまりのことに、俺の動きが止まってしまう。


 その隙を逃さず、リーゼロッテが閃光のような突きを放ってきた。

 ギリギリで致命傷をかわした俺だったが、脇腹に傷を負ってしまう。

 しかもただの傷に終わらず、その周囲の皮膚が凍りついていた。


「くそ……っ」


 俺は後退して体勢を立て直そうとする。

 しかしリーゼロッテは追撃の魔法を放ってきた。


「逃がさないわよ。――氷柱散弾撃ニードルショット!」


 無数の氷柱が、俺めがけて飛んでくる。


「――――っ、うおおおおおおっ!!」


 俺は、回避することを諦めた。

 自分の体に刺さりそうなものだけを、両方の拳で手当たり次第はたき落としていく。とにかく急所に当たるものから優先的に、無我夢中で。


 リーゼロッテの魔法がやむ。

 俺はまだ、その場に立つことができていた。


 だが、明かな満身創痍だ。致命傷は避けられたものの、何本もかすったために全身は切り傷だらけ。あちこち皮膚が凍りつき、呼吸をするたびに体内に冷気が流れこんでくるせいで肺が痛い。

 特にひどいのは指で、もう拳を広げることすらできなくなっていた。


「はあっ、はあ……っ!」


「凍傷ね。無理に動かすと指が落ちるわよ。それでもまだやる気?」


「そんなの、決まってるだろ」


 体中が痛い。

 空手の稽古の何倍もだ。

 それでも――俺は構えた。


 こんな痛み、春日の心の傷に比べれば……だ!


「そう……。だったら、先にこっちを片づけておこうかしら」


 リーゼロッテは体の向きを変えて、春日の方に剣を向けた。

 こいつ……放心状態の春日を、先に倒そうっていうのか!?

 この――っ、ふざけんじゃねえぞ!!


「沙也花ちゃん!!」


 俺が声を上げても、春日はピクリとも反応しない。

 考えるまでもなく、俺は駆け出していた。


氷柱散弾撃ニードルショット!」


 リーゼロッテがいくつもの氷柱を、春日に向けて放ってくる。

 それと同時に、俺は春日に覆い被さるように飛びついた。



 ここで春日がやられるなんて。

 春日の夢が終わるなんて――あってたまるか!


 春日は、絶対に俺が守ってみせる。

 たとえ俺がどうなっても――

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