第12話 アヤメの魔法→ハッタリ

 いつの間にか装着されていた、リーゼロッテの氷の盾。

 これもまた、彼女の魔力武装マテリアだというのだろうか。


「あれを当てるなんて!」

「すごい命中精度ね」

「リーゼロッテ様が盾使うの、久々に見た……」


 受験生たちが声を上げて騒いでいる。

 弾かれたとはいえ、春日の魔法がすごかったからだろう。

 目で追えないほど速かったリーゼロッテに、ちゃんと命中させたのだ。

 春日は確かな手応えを感じていたようで、満足そうな表情を浮かべていた。


 リーゼロッテが降りてくる。

 そして着地するなり、口を開いた。


「38番、今の――連射はできるの?」


「いえ……」


「じゃあ、相手の動きに合わせてレーザーを曲げることは?」


「で、できません……」


「そう」


 淡々とした声の、リーゼロッテの問答。

 気まずくなったのか、春日は下を向いてしまう。

 そして――


「だったら問題外ね。狙いをつけるなんてのは、練習すれば誰でもできるわ。それこそセントヴァルハラの生徒なら当然のようにね。でもあたしが求めているのは、あなたの生まれながらの才能なの。――努力じゃないわ」


「――――っ!」


 春日の手からバスターライフルが落ち、消えた。

 これはショックだったことだろう。

 憧れてやまなかった戦女神ヴァルキリー本人に、才能についての烙印を押されてしまったのだ。もう戦女神ヴァルキリーになるのは無理なのだと、言われているようなものだった。


「もう入学は諦めなさい。――じゃあね」


 リーゼロッテが、氷の剣を掲げる。

 すると2メートルはある巨大な氷柱つららが、春日の頭上に現れた。

 リーゼロッテが剣を振り下ろした瞬間、その氷柱は春日を目がけてまっすぐ落ちてくる。


 ――まずい! 俺は駆けだしていた。


 すぐに氷柱が、轟音を立てて地面に突き刺さる。


 だがその地点には、すでに春日の姿はなかった。

 春日は着弾地点の脇――俺の両腕の中にいる。

 俺が飛びついて、春日を抱きしめながらギリギリでかわしたのだ。

 ふう。何とか間に合って、本当によかった。


「沙也花ちゃん、ケガはない?」

「アヤメちゃん……」


 見たところ春日はだいじょうぶそうだ。

 ホッとした俺は、彼女をその場に下ろした。

 消え入りそうな声で、春日が話しかけてくる。


「ごめんなさい、アヤメちゃん」


「ん?」


「わたし、一緒に合格できませんでした」


「沙也花ちゃん、そんな」


「…………」


 春日が俺に返事をすることはなかった。

 茫然としたまま、ただ涙を流している。


「――――っ!!」


 そんな春日を見ていたら、俺の中で何かがプツンと振り切れた。


「おい、氷結の戦女神ヴァルキリー! ……許さねえぞ。沙也花ちゃんに、何もここまですることないだろうが!!」


 無表情なままのリーゼロッテが、こちらに目を向ける。


「……あなたは?」


「受験番号39番――和灯アヤメだ」


「そう。志望動機は『ある人の支えになりたい』で間違いないかしら?」


「いや。私の志望動機はたった今、変わった」


「そう。どう変わったのかしら?」


 俺はリーゼロッテの正面に立つと、指をさして宣言した。


「氷結の戦女神ヴァルキリー、いや――リーゼロッテ=アセスルファーム! 今ここでお前を倒して、すぐにでも戦女神ヴァルキリーの座から引きずり下ろしてやる! それが私の志望動機だ!!」


 そして、その空いた席には春日が座る。

 これが俺の思い描いた、理想の形だった。


 一方、そのリーゼロッテ本人はというと。

 目を一瞬大きくしたかと思ったら、


「ぷっ、ふふふふっ。あははっ、あはははははは……っ!」


 しばらくの間、腹をかかえて笑っていた。

 これには他の受験生たちも驚いているようだった。

 今まで厳しい表情を通し、冷たい視線を向けてきたリーゼロッテが、周囲の目を気にせずに笑っているのだ。


「言っておくけど、冗談じゃないからな」


「ふふふっ、ごめんなさい。本気なのはわかってるから」


 リーゼロッテは上体を起こし、呼吸を整える。

 すぐに、先ほどまでの無表情に戻った。


「で、そんなあなたは、どんな魔法を見せてくれるのかしら? 大口を叩いてくれたのだから、それなりの魔法は見せてもらわないとね」


 ――ついに来たか、このときが。


 当然のことながら、男である俺は魔法がいっさい使えない。

 魔法は思春期の女子だけが使えるもの。だが試験で魔法を披露するのはわかっていたため、事前に対策を打ってきた。

 ちょうどいいことに、近くに氷柱が刺さっている。 


 ……こいつで試す。


 俺は氷柱の前に立つと、深く腰を落として構えた。

 そして――


「――ハアァッ!」


 渾身の正拳突きを、氷柱に食らわせる。

 音を立てて氷にヒビが入ると、次の瞬間に氷柱が砕けた。それはいくつもの大きな欠片となって、次々と地面に落ちていく。

 俺が習っていた空手は、相手や物の重心を見極めて、もろい部分を叩くことに長けた流派だった。これももろい部分を見抜いたからこそ、できた芸当だ。


 次に俺は、自分の体を指さした。


「私の魔力武装マテリアはここ――体内にある」


「どういうこと?」


「体の内側で魔力を高めると、筋肉が刺激されてありえないパワーが生み出せる。いわば高性能のエンジンが魔力武装マテリア、それにそそぐガソリンが魔力。それが私の魔法だ!」


 何か文句あるか、と言いたげに言ってやった。


 もちろん、こんなのは嘘に決まっている。だが俺の体内のことなんか、俺以外の誰も確認のしようがない。これが前もって考えておいた、俺の苦肉の策だった。さあどうだ。とにかくこの受験の間だけは、絶対にごまかし切ってみせるぞ。


 リーゼロッテは、難しい顔をして俺を見つめていた。


「…………。そんな魔法が存在するの? まさか……体の外に出ない魔力だなんて、いいえ……聞いたことがないわ。でも、理屈は通っている…………?」


 俺が言ったことを、わざわざ深く考えてくれているようだった。

 よし……、これなら何とかだませそうだぞ。

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