第20話 ランク測定→俺の能力

 しかし家族が担任だなんて、学校側としてはだいじょうぶなのか?

 いや……、この学校は普通じゃないから、問題ないのかも。


「でもアヤメちゃん、お2人は名字が違いませんか?」


「え……? ――――あっ!」


 そうだ。春日に言われて気がついた。

 俺は今、女装してるから和灯と名乗ってるんだ!

 やばい、このままじゃ和灯が本名じゃないとバレてしまう!


「アヤメちゃんは和灯で、鏡子様は確か……たちばな、でしたよね」


「…………え? たち……ばな?」


「はい、鏡子様の名字は、橘ですよ?」


 そういえば、春日はさっきも姉ちゃんをそう呼んでいた気がする。

 姉ちゃん、和銅と名乗ってないのか……?

 橘っていうのは、母さんの旧姓なんだけど。どうして……。


 俺は頭が混乱して、茫然としてしまう。

 春日の問いに答えたのは、姉ちゃん本人だった。


「実はわたしたちの親は離婚していて、アーちゃんとは別々に暮らしてるんだ。だから名字が違うのだよ」


 ちょっと待て! 勝手に離婚したことにするな!

 両親は今もちゃんと夫婦だし、仲むつまじく暮らしている。

 だがそれを今ここで言うと、女装がバレてしまうので言えない。


「それにしても大変だったのだよ。アーちゃんがセントヴァルハラに入学するために、お姉ちゃんは八方手をつくしたのだから」


「それってまさか……他校の二次募集受けられなかったり、母さんが都合良くここの合格を知ってたのって、姉ちゃんのせいなのか?」


「違うのだよ! そこは『おかげ』なのだよー! セントヴァルハラの教師って何か他の高校からすると特別みたいだから、みんなすんなり言うこと聞いてくれたよ。アーちゃんと一緒の学校で、お姉ちゃんは幸せなのだよー!」


 ニコニコと話す姉ちゃんに、むぎゅーっと抱きしめられる。

 そして俺だけに聞こえるように、こそっとひと言。


「だいじょうぶ。男の子だってことは、内緒にしておいてあげるのだよ」


「…………よろしく」


 俺がそう答えると、姉ちゃんが離れる。


「さーて、アーちゃん成分を補給できたことだし、そろそろホームルームを始めたいとだね。あたしは橘鏡子。ここのクラスの担任です。様づけなんてせず、キョーコ先生と呼ぶようにね。これから1年間よろしくなのだよ」


 教室中から「よろしくお願いしまーす」と、明るい声が上がる。


「さて、みんなにはこの学校で魔法による戦闘訓練をしてもらうよ。そのためにまずは、生徒全員が参加する1対1でのトーナメント戦『神々の運命戦ラグナロク』で勝ち上がることを目標にしてほしい。対戦相手はランダムで決まるから、当然高ランク生や先輩たちと当たることもある。でもここで上位入賞を果たせば、1年生であっても戦女神ヴァルキリーになることができるんだ。だからみんな、勝利を目指してがんばるのだよー」


「アヤメちゃん、リーゼロッテさんはこっちに留学して早々、この制度で戦女神ヴァルキリーになったんですよ」


 姉ちゃんの話の合間に、春日が小声でそう教えてくれた。

 そうか、リーゼロッテはその神々の運命戦ラグナロクを勝ち上がったのか。

 だったら春日も、同じことを目指すんだろうな。


 その後も姉ちゃんの話は続く。

 戦女神ヴァルキリー隊の人数は9人と決まっているらしい。

 だが3月に4人が卒業してしまったため、現在の戦女神ヴァルキリー隊は5人。現在は4つの席が空いていることになるので、今回の神々の運命戦ラグナロクはそれをめぐっての争いとなるようだ。


「そのためにもまず今日は、みんなの基礎魔力を調べて仮のランクを決めよう。スマフォで学内サイトのページから、魔力が調査できるアプリをダウンロードするんだ。起動後に開始ボタンをタッチすれば、あとは自動で計測されるからねー」


「そんな気軽に計れるものなのか……」


 すぐにあちこちから「あたしCだー」「うーんDかあ」と聞こえてくる。

 ここにいる誰もが、厳しい受験を合格してきたのだ。

 みんな、かなりの魔力を秘めているんだろうなあ。


 俺、魔法が使えないけどだいじょうぶなんだろうか。

 おそるおそる、タッチしてみた。


 すぐにどっかの診断サイトみたいな結果表が画面に出てくる。

 五角形のパラメーターがあって、それぞれ「魔法攻撃力」「魔法防御力」「魔力最大容量」「魔法精製度」「魔力回復量」と書いてあった。

 大体の意味は理解できる。できるのだが……。


 俺はそのすべてが……まあ、0だった。


 そして総合ランクはF。まわりの声を聞く限り、Fは他に誰もいないっぽい。

 そういや春日はどうだったんだろうか。

 そこそこのランクだとは思うけど。


「沙也花ちゃん、どうだった?」


「えっと、どうしましょうアヤメちゃん。わたし……Aランクでした」


 その瞬間、教室がしんと静まりかえった。

 この様子だとAランクは春日だけなのだろう。

 もしかしたらBもいないかもしれない。


 フォローするように、ここで姉ちゃんが解説を入れる。


「まあ、これはあくまで計測の結果だからね。ピンチになってから何倍も強くなる人だっているし、状況によってコロコロ変わるものだよ。しかも戦闘となれば魔法の強さだけで勝負が決まるわけじゃないしね。神々の運命戦ラグナロクの結果でランクは変わっていくから、それまでの目安って感じでとらえておくのだよー」


 その姉ちゃんの言葉で、ふたたび教室はにぎやかになった。

 不安そうにしていた春日の表情が、笑顔に戻る。


「そうですよね。戦闘だったらわたしよりもアヤメちゃんの方が強いですから」


「え? いや、そんなことないよ。あはははは……」


 あのね春日、俺、最低ランクなんだよ。

 そう言えずに、俺は空笑いすることしかできなかった。


 俺、こんなんで授業についていけるんだろうか……。








 授業が終わったあとの休み時間。

 俺は姉ちゃんに、個別に呼び出されていた。


 場所は進路指導室。小さめの教室で、俺と姉ちゃんの2人っきりだ。


「さて、アーちゃん。ひとつ話しておかなければならないことがあるのだよ」


「な、何だよ。そんなに改まって……」


 しんと静まった部屋。

 加えてけわしい表情の姉ちゃんに、俺は緊張してしまう。


「アーちゃんには、魔法に関連した特殊な能力がありそうなんだ」


「――へ? だって俺、男なんだぞ?」


 男は魔力を持たない。

 これは誰もが知っている常識だ。


「そう。アーちゃんは男の子だ。こんなかわいいのにね」


「おい……」


「だからアーちゃんは体内に魔力を宿していない。でも、魔法の素質を何かしら持っているだろうと、この前の試験を見たセントヴァルハラの関係者一同は判断したのだよ」


「俺が魔法を……? それってどういうことだ?」


「アーちゃんは魔法に耐性を持っている。リーゼロッテちゃんや沙也花ちゃんの魔法をあれだけ食らえば、普通の人間ならすでにログアウトしているほどのダメージを負っていたはず。そうならなかったのは、アーちゃんに何かしらの魔法の才能が眠っているからに他ならない。魔法を使う人間は、魔法攻撃に対する耐性を持っているものだからね」


「そんな……」


「アーちゃんの試験を見た関係者の中には、あの肉体強化は魔法を使ったものじゃないと見抜いた人だっていたんだ。それでも入学させたのは、こういった経緯があったからなのだよ。さすがに男子だと見抜いた人は、お姉ちゃん以外にはいなかったけどね」


 そこは見抜けよ、関係者一同。

 そうすりゃ入学することもなかったのに。


「でも魔力の計測は全部ゼロだったし、俺の体内には魔力がないんだろ? それって魔法の才能がないのと一緒なんじゃないのか?」


「いいや違う。ゼロというのは増える可能性があるということなのだよ。とはいえアーちゃんが魔力を宿すには、いささか特殊な条件が必要だろうけど。アーちゃんの外見が女の子っぽいのも、もしかしたら魔法の才能があるからなのかもね」


「そう……なのか?」


 まるで実感がなかった。

 俺に、魔法の才能があるかもしれない?

 俺の外見が女っぽいのは、魔法が使えるかもしれないから?


 ただ、今の俺に魔法が使えないことには変わりない。

 今までと同じように、アヤメの魔法は筋力強化ということにしておいた方が、他の生徒たちに混乱を与えずにすむだろう。


 そう姉ちゃんが言うので、俺は今の話を心の内にとどめておくことにした。


 春日にも、リーゼロッテにも、明かすつもりはない。

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