第29話 リーゼロッテの試合→俺の試合

『続きましてAブロックの第5試合、赤コーナーは3年生Sランク、当学院の生徒会長にて麗しく咲き誇る知性の女帝、【光明の戦女神ヴァルキリー法条ほうじよう真智まちちゃんだあ!』


 姉ちゃんのアナウンスのあと、ひときわ高い歓声が巻き起こる。

 リーゼロッテに聞いたところ、彼女は現3年生唯一の戦女神ヴァルキリーであり、戦女神ヴァルキリー隊のリーダー的存在なのだという。美しくゆったりとしたフォルムの戦闘法衣バトルドレスは美しく輝き、登場後もさすがの貫禄を放っていた。


 そして、それを教えてくれたリーゼロッテだが。

 今は俺の隣にはいない。代わりにそこには春日が座っていた。


『そして青コーナー、みなさまお待たせしましたのだよ! 2年生にしてSランク、華麗に舞い華麗に刺す、絶対無敵の純真クールな冷徹乙女、【氷結の戦女神ヴァルキリー】リーゼロッテ=アセスルファームちゃんの登場なのだよおっ!』


 リーゼロッテがリングに現れる。

 対戦相手をさらに上回る歓声が上がった。


「1回戦から戦女神ヴァルキリー同士の試合だなんて。リーゼロッテさん、だいじょうぶでしょうか」


 春日が不安そうな表情で見ている。俺も同じ不安を抱えていた。

 リング上のリーゼロッテは、無表情だ。

 彼女が今何を思っているのか、俺にはわからない。


『それでは――試合開始なのだよッ!!』


 姉ちゃんの合図と同時に、光明の戦女神ヴァルキリー魔力武装マテリアを展開した。無数の小型ビーム兵器が出現し、リング上空の至る所に飛んでいく。不規則な動きを見せていることから、ひとつひとつが光明の戦女神ヴァルキリーによって完全にコントロールされていることがわかる。


 対してリーゼロッテは、2枚の絶対双氷壁アブソリュートウォールズに氷の両手剣も顕現させて、自身の両側に自動で動く盾を配置する。開始直後から氷結の戦女神ヴァルキリー、本来の戦闘フォームだ。


「――行きます!」


 光明の戦女神ヴァルキリーが手を上げると、宙を舞う小型兵器から次々とビームが射出される。

 全方向からの攻撃。しかし一斉というわけではなく、放たれるタイミングはどれもバラバラで、リーゼロッテ目がけて雨のように降り注いでいく。


 リーゼロッテの氷の盾がフルに動き回って、ビームをひとつずつ弾いていく。盾が取りこぼしたものはリーゼロッテ自身が氷の剣で防いでいた。リーゼロッテのまわりの地面には、次々と小さな穴が空いていく。ビーム単体だけでもかなりの威力を持っているようだ。


 そうして、何百のビームが放たれただろうか。

 光明の戦女神ヴァルキリーの魔力がつきたのか、射出が終わる。


 リーゼロッテは、依然としてその場に立っていた。


 いったん構えを取ったかと思えば、一瞬にして光明の戦女神ヴァルキリーとの間合いをつめる。気がつけば光明の戦女神ヴァルキリーの喉元には、氷の剣が当てられていた。


「参りました、氷結の戦女神ヴァルキリー


『決まったあっ! 戦女神ヴァルキリー同士の試合は、下級生である氷結の戦女神ヴァルキリー、リーゼロッテちゃんに軍配が上がったのだよおっ!』


 耳が割れんばかりの歓声が上がった。

 全力を尽くしたからか笑顔を浮かべる光明の戦女神ヴァルキリーに対して、リーゼロッテは冷たい無表情のままだ。

 他の勝利者のように喜んだりポーズを決めたりはしない。

 他の観客は「さすがクールだな」とか「カッコイイ」とか言っているが、俺には悲しんでいるように見えた。

 春日も、同じことを思ったみたいだ。


「リーゼロッテさん、勝ったのに嬉しくないのでしょうか?」


「そうかもしれない。あの盾のせいで……」


 絶対双氷壁アブソリュートウォールズは自動で動く。リーゼロッテは、自分が実力で勝ったとは思ってないのかもしれない。だったら使わなければいいのかもしれないが、聖ヴァルハラの経営陣から使えと言われているのだろう。圧倒的な勝利は、確かに見栄えがいいし人気も出そうだ。


 俺が同じ立場でも、リーゼロッテみたいに素直に喜べないかもしれないな。






 次はいよいよ俺の番。

 すでに観客席から闘技場の方へ移動していた。

 司会に呼ばれるまで、入場口で待機だ。


『さあ、Cブロックは第8試合! 赤コーナーはついに真打ち登場! 我らが期待の大物ルーキー、自慢の妹アーちゃんなのだよー!』


 何だよこの紹介、褒めすぎだろ。

 姉ちゃんの声と同時に、俺はリングへと入っていく。


 ――って、何で姉ちゃんがCブロックの実況やってるんだ?


『ちょっとキョーコ先生、あなたはAブロックの担当でしょ! マイク返しなさい!』


『だってどうしてもアーちゃんの実況はやりたいのだよ!』


『そんな公私混同であたしの役目を奪わないで!』


『えーいいじゃんケチババア、なのだよー』


『何ですって! あたしはまだ26よ!』


 姉ちゃんが他の先生とマイクを取り合っていた。

 恥ずかしいからやめてくれー!


 結局、姉ちゃんは追い出されて、やっと普通の自己紹介が始まった。


『ゴホン、改めまして赤コーナー。ランクは当学院きっての最低であるF。しかし受験では氷結の戦女神ヴァルキリーを苦しめたという噂もあります。【無能の候補生】和灯アヤメ!』


 ……二つ名、予想通り無能かあ。

 確かに魔法は使えないし、事実なんだけどさあ。


『青コーナー。こちらも1年生、ランクはDとまだまだではあるものの、魔法の属性には秘められた才能がありそうです。【腐食の百合姫】遠坂とおさか小町こまち!』


 向かい側から女子が登場する。不安なのか、とても緊張している様子だ。

 相手も入学したての1年なのだ。

 もし魔法戦に慣れてないのなら、俺にも勝機はある。


『それでは――試合開始ッ!』


 俺は空手の構えを取る。

 それと同時に、対戦相手は魔力武装マテリアを出した。

 真ん中に穴が空いた円形の投擲武器――確かチャクラムとか呼ばれているものだ。

 右手に1つ、左手には3つ。どうやら複数同時に生み出せるらしい。


「――えいっ」


 相手が右手に持っていたものを投げる。

 避けなければと思ったものの、そうするまでもなかった。彼女がものすごいノーコンで、明後日の方向に飛んでいってしまったからだ。


「あっ!」


 相手は「しまった」といった表情になる。

 チャクラムは壁に突き刺さると、その周囲が腐食してボロボロと落ちていった。

 なるほど、それで二つ名に腐食がついているのか。

 実は俺、ちょっとBL的なものを思い浮かべていたりしたのだが、そりゃそんなことはないよな……。


 対象を腐らせる。恐ろしい能力ではあるものの、当たらなければ意味はない。

 しかも不慣れなせいでコントロールができていない。

 これなら、真っ正面から向かっていっても問題なさそうだ。

 俺は自分の間合いに持ちこむために全速力で相手に向かっていく。


「ひあっ、こないでください! えいっ、えいっ!」


 2投目、3投目もとんでもない方に外れていった。

 チャンスだ。一気に間合いを詰めると、俺は彼女に向かって拳を繰り出す。

 怯えた彼女はまったくの無防備。俺はあえて寸止めをした。


「さあ、降参してくれ」


「は、はい。あの、参りま――」


 彼女がそう言い終える前のことだった。

 とんでもない方に飛んでいったチャクラムは、闘技場の天井付近まで飛んでいき、照明機器を支えている金属柱へと刺さった。それはきしむような音を立てて腐食し、支えを失った照明機器はリング中央へと落下していく。


 そしてその真下には、俺と対戦相手がいて――


「危ないっ!!」


 俺はとっさに相手を突き飛ばした。


 ガッシャアアアアアアアアアアアアアア――――ン!!


 直後に照明は地面へ落下。

 鉄骨はグチャグチャにひしゃげて、割れたガラスが周囲に飛び散る。


「え……? あ、あ…………」


 突き飛ばされた相手の女の子は、直撃をまぬがれていた。

 落下地点のすぐ近くで、その様子を茫然を眺めている。


 ――よかった、無事だったんだな。


 そして俺はというと、照明の下敷きになっていた。

 とてつもない激痛とともに、意識がなくなっていき――


 ハッと気がついたときには、俺はログインする前の状態で実習室に立っていた。

 そうか。死に相当するダメージを受けたから、強制ログアウトが発動したのか。


 あ! そういえば、試合はどうなったんだろうか。

 俺は慌てて、スマフォの動画中継を開く。



『こ、これは意外な結末! 勝利は遠坂小町の手に転がりこみましたー!』



 ――マジかよ! 俺、負けちまったのかあああああああっ!?

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無能男子の超戦女装神(ヴァルキュリア) 非常口 @ashishiF

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