4章

第28話 運命戦開始→春日の試合

 仮想空間ヴァーチャルアプリで侵略魔アグレストが出現した件は、リーゼロッテが教師たちに報告をするという形をとった。教師たちにとっても前代未聞だった今回の件は、過去に他に同じような事案は起こっておらず、結局のところはプログラムの見直しと再発防止の警戒を行なうという処置が取られることに決まった。原因はいまだに不明とのことだ。


「結局、具体的な対策は何ひとつ取られないってことじゃないのよ!」


 教師たちへの報告のあと、そう怒っていたのはリーゼロッテだ。

 ただ、どう対策を取ればいいのかはリーゼロッテ自身も思いつかないのだろう。

 だからこその、やるせない怒りなのかもしれない。


 今までは東京南海域にしか現れなかった侵略魔アグレストが、なぜ別の場所に、しかも仮想空間ヴァーチャルアプリの内部に出現したのか。それが一番の謎だった。


 しばらくは仮想空間ヴァーチャルアプリの使用を禁止しようと提案した教師もいたようだが、それは却下されたらしい。

 今回と同様のことが二度と起こらなければそれでよし。

 もし二度目が起こったのなら、そこでしっぽをつかんで原因を探っていけばいいじゃないかという意見が通ったのだという。

 ちなみに、これは姉ちゃんの意見だとか。


 不安にさいなまれる教師陣、そして俺たち。

 しかしその後は侵略魔アグレストが出現することなく、俺たちは神々の運命戦ラグナロクを迎えるのだった。



『やってまいりましたのだよー! 神々の運命戦ラグナロク初日Aブロック! 司会は【アーちゃんのお姉ちゃん】鏡子センセーがお送りするのだよー! みんな、戦いの準備はいいかー!』


「おおおお――ッ!」


戦女神ヴァルキリーになりたいかー!』


「おおおおお――ッ!」


 熱い声援が、闘技場の観客席に響き渡る。


 試合会場は仮想空間ヴァーチヤルアプリの中だ。

 俺とリーゼロッテはAブロック部屋の生徒専用観客席側にログインして、観戦のために席に座っていた。

 試合バージョンということもあり、いつもは殺風景な闘技場には天井から照明機器や音響機器がつるされていて、バックスタンドの巨大モニターには試合風景が映し出されている。

 飾り付けも派手になっていて、まるでワールドカップのスタジアムみたいだ。


 セントヴァルハラの外部の人たちも一般客席から観戦できるため、席はたくさんの人たちで埋まっていた。大講堂を開放して、そこからゲストアカウントでログインすると観客席に入れるようになっているのだとか。試合はテレビでも放映されるとのことで、俺の予想以上にこの大会の注目度は大きいらしい。


 つーか姉ちゃん。こんな大観衆の中で、その二つ名はやめろ。

 元超戦女神ヴァルキュリアって立派な肩書きがあるだろうが。


 そして、今俺たちとは一緒にいない春日。

 彼女が今どこにいるのかというと、リングの方へとログインしているはずだ。

 つまり――


『それでは本日の第一試合、選手入場なのだよ! 赤コーナーは1年にして何とAランク、一撃必殺の魔力砲を持つ【麗しの移動砲台】、春日沙也花ちゃーん!』


 わき上がる歓声の中、春日が登場する。

 少し緊張しているのか、ぎこちない笑顔でひかえめに手を上げていた。


『対するは青コーナー! 甘い蜜は逃さない、一癖どころか三癖はある2年生Cランカー【絡みつくドレインタッチ】、相葉あいばエストリアちゃーん!』


 逆サイドから現れる対戦相手。

 さすがは2年生。場慣れしているのか、春日に比べると余裕の表情だ。


 それにしても、二つ名のネーミングセンスは……。

 この二つ名は選手全員分あって、先生方が考えてつけてるのだとか。

 うーん、俺の二つ名は簡単に予想がつく。きっとあれなんだろうなあ。


 試合のルールはシンプルで、魔法攻撃で相手にダメージを与えてログアウトさせるか、降参させるかすれば勝利となる。基本は何でもありだが、飛翔フライングアプリは使用禁止だ。飛翔フライングアプリは2年になると支給されるため、1年との戦闘での公平性を保つためだろう。


『2人とも準備はいいか? それでは――試合開始なのだよ!!』


 姉ちゃんの合図とともに、春日の手にバスター砲が出現する。

 相手の魔力武装マテリアは2本のククリナイフだ。

 俺は祈るような気持ちで観戦していた。とにかく春日には勝ってほしい。


 バスター砲を構える春日の顔つきが変わる。


 一方の対戦相手は、即座にその場でククリ刀を振るった。

 それを合図に――春日にとっては右手側の地面から、何本もの木の根が勢いよく出生えてくる。そして触手のようにぐねぐねとうごめいていた。


「フフフ、ワタシは植物を自在に操るワ。そしてこの根は絡みついた者の魔力を吸収する性質があるのヨ。アナタの魔力はとても美味しそう。それにとってもカワイイのね。全身に根を這わせてテレビで放送できないくらい恥ずかしい格好にさせたあと、その魔力をじっくりといただいちゃうからネ」


 ガタッ!

 俺は勢いよく立ち上がっていた。


「アヤメ、落ち着きなさい」


「お、おおお落ち着いてられるか!」


「だいじょうぶよ、今のあの子なら楽勝だから」


 隣にいるリーゼロッテは、落ち着いた表情で試合を見ていた。

 仕方なく席につく俺。


 いやでもあれは普通我慢できないだろ。

 あの対戦相手、不気味な笑み浮かべて舌なめずりしてるんだぞ。

 もし春日がみんなの前であんなことやこんなこと、そんでもって口には出せないほどすごいことされたらどうするんだよ。

 きょ、今日はテレビも来てるんだし! ……ドキドキ。


 とまあ、俺は思春期男子特有のイケナイ妄想をしながらも、ハラハラした思いで春日の試合を観戦していた。


「行くのヨ、ワタシの植物ちゃんたち!」


 太さも種類も様々な何本もの根っこが、春日へと襲いかかる。

 春日は標的を対戦相手から根っこへと変えると、引き金を引いた。


「――紅蓮の超砲光クリムゾンブラスターっ!」


 ビーム砲の威力により、根っこは春日に届くことなく燃やし尽くされていく。


「この時を待っていましたヨ!」


 同時に対戦相手が、春日の死角である左手から飛びかかる。

 紅蓮の超砲光クリムゾンブラスターに連射はない。

 ククリ刀を振り下ろせば勝てる。そう確信した表情だ。

 ところが春日のビームはググッと弧を描き、対戦相手の足下へと着弾した。


「そんなっ、ぐあ――っ!」


 対戦相手は爆風で吹っ飛んだ。

 すぐに起き上がろうとするものの、足にダメージを受けていて、立つことができないでいる。春日はその場まで歩いていくと、しゃがみこんだ相手に紅蓮の超砲光クリムゾンブラスターを向ける。


「あの、お願いがあります。降参してくれませんか?」

「……参りました」


『決まったのだよおっ! 第一試合を制したのは、1年生の春日沙也花ちゃんだあ!!』


 おおっ、春日が勝った!

 闘技場には大歓声が巻き起こっていた。

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