第16話 試験終了→合否の行方

 目が冷めると、俺はベッドに寝かされていた。


 ほんのりと消毒液の匂いがする、どこかはわからない室内だ。

 全身に猛烈なだるさが残っているが、あれだけあったケガは綺麗サッパリなくなっていた。仮想空間ヴァーチャルで死んだ結果、自動ログアウトで現実に戻ってきたということなのだろう。


 実習室からここまで、誰かが運んでくれたのだろうか。

 俺の頭には冷やしたばかりのタオルがのっていた。


 頭…………?

 俺はハッとして頭に手をやる。

 カツラは装着したままだった。セントヴァルハラの制服も脱がされていない。つまりはまだ、女装状態のままということだ。


 ふう、よかった。

 とりあえず眠っている間に女装がバレたということはなさそうだ。


「何よ、起きたの? だったらひと声かけなさいよね」


 すぐ前のカーテンに人影が現れたと思ったら、カーテンが開けられた。

 そこに立っていたのは、リーゼロッテだった。


「気分はどう――って、そんな間抜けな顔してるんならだいじょうぶね」


「……うるせえ」


 これは素の顔だっつーの。


「ここは保健室よ。あなた、5時間も寝てたんだから。あの中で死んだって普通はすぐ目覚めるものなのに。ったく、弱っちいのに無茶するからよ」


「そんなに寝てたのか……」


 リーゼロッテの奥にある窓から外を見た。確かにもう夕方だ。

 そして視線をリーゼロッテに移す。

 もしかしてこいつ、看病してくれてたのかな。


「何よ」


「いや、別に……」


「悪かったわね。ここにいたのが、あの春日さんって子じゃなくて」


「そんなことは……って、そうだ! 春日……じゃなくて沙也花ちゃんは!? あのあと沙也花ちゃんは合格したのか!?」


「自分の目で確かめてみたら? もう学内サイトで発表されてるから」


「即日発表なのか。えっと、どれどれ……」


 スマフォで学内サイトを開くと、合格発表ページが増えていた。

 ふるえる手で触れて、ページを開く。

 第1組の欄に並んでいる数字はふたつ。

 合格率、たったの2%なのかよ。


 その一番最初の数字が7。その次は――38。

 沙也花ちゃんの、38だ。


「やった。沙也花ちゃんが受かった……。受かったああああああああっ!!」


 俺はベッドの上で起こした上半身を、目一杯天井に向かって伸ばしていた。

 ひとしきり喜んだあと、俺は後からわいてきた疑問をリーゼロッテに聞いてみる。


「ところでさ、沙也花ちゃんが合格したってことは、俺が死んだあとに沙也花ちゃんがお前を倒したってことなのか?」


 もしそうなら、どうやって……?


「いいえ、倒されてはいないわ。でも……あたしの負けよ」


「…………? どういうことだよ?」


「あたしもあの子も、倒れたあなたに駆けよったときには、もう戦意を失っていた。そしてあたしは、あの子に降参を申し出たのよ」


「……んん?」


 言ってることがわからない。

 誰が見ても終始優位に立っていたのはリーゼロッテだ。

 それなのに、そのリーゼロッテが負けを認める必要がどこにあるのだろうか。


「あなたたちの言う『感情』に負けたからよ。あたしの目的はね、あなたたちのその感情を折ることだったの。だからやりようによっては勝ってた勝負を、真っ向から受けて圧倒した。それなのにあななたちは諦めなかった。だからその時点で、あたしの負けってこと」


 そう言ったリーゼロッテは、何となくうらやましそうに俺を見ていた。

 そして当たり前だが、俺の番号39は合格の欄には書かれていない。

 でもそんなことはどうでもいい。

 とにかく春日が受かっていれば、それでよかったから。


 よかったな春日、これで夢がかなうぞ。

 あ、でも寮生活になるんだったら、これからはほとんど会えなくなるのかな。

 ちょっとさみしい気もするけど、でも俺は遠くから春日の活躍を応援してるから。


「で、沙也花ちゃんは今どうしてるんだ?」


「この時間だと寮の見学をしてるんじゃないかしら。合格発表のあとは、書類上の手続きをしたり学校内の見学やら説明を受けたりして、かなり時間がかかるから」


「そっか。じゃあ私は今のうちに帰ろうかな」


 このままひっそりと消えれば、春日もアヤメの存在なんてすぐに忘れるだろう。

 そうすれば、俺の女装もこれでおしまいだ。


「何言ってるの。あなたもこれから手続きするのよ」


「え……?」


「もしかして見てないの? 合格欄の、さらにその下よ」


 リーゼロッテに言われるまま、俺は画面をスライドしていく。

 第10組の下には、特別合格枠というものがあった。


 そこには――39の数字が。




 …………え?





「ええええええっ!? な、なんで合格してるんだよ!?」


 俺、男だぞ!

 女子高に入学なんて、無理に決まってんだろ!!


「あれだけ戦えるんだから当然でしょ。中学時代の成績が足りなくて正規の合格にはできなかったけど、あたしが先生方に推しておいたから。よかったわね」


「よくねーよ! 余計なことしやがって!!」


「ちょっ、何よその言い方! 先生方を説得するの大変だったのよ!!」


「だあああ、くそー」


 俺は頭を抱えた。

 こうなったら、面倒だけど入学を辞退するしかないか。


「それと、寮の部屋割りについてだけどね……」


 リーゼロッテが俺から目線をそらして、こう言った。


「あたしと一緒の部屋だから、その……覚悟しなさいよ」


「はあ!? 何で勝手に決まってるんだよ!!」


「それがあなたを特別入学させる条件だったのよ! 成績が悪い分、あたしが面倒見るってことなの! 戦女神ヴァルキリーは強さだけじゃなくて、知性や女性らしさも必要なんだから、その汚い言葉づかいや男勝りな所作は、あたしが徹底的に鍛え直してあげるからね!」


「う、うへえ……」


 驚異的な圧力。ここで嫌だと言ったら殺されそうな雰囲気だ。

 そしてリーゼロッテは小さな声で、こう付け加える。


「それに、胸のことがバレてるし都合がいいのよ」


「……何か言ったか?」


「何でもない! いいから手続きに行くわよ!」


「へいへい」


「返事は1回!」


「……へい」


「へいじゃなくて『はい』!」


「だったら一度に言えってーの」


「何か言った!?」


「…………何でもありません」


 俺は重い体を起こして、リーゼロッテの後ろをついていった。

 こうして俺のセントヴァルハラ受験は、終わりを告げた。



 春日が受かったのは嬉しいけれど、とにかく長い1日だった。

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