天崎朝美のエピローグ

 私の名前は天崎朝美。

 小さな商店街の小さな古書店の店長。それが私。

 ちなみに私以外に店員はいない。

 そんな私の今の日常はずいぶんと騒がしいものである。

 朝、二階の部屋で起きたら真昼さんと共に朝はトーストと紅茶、そしてサラダ。

 真昼さんを学校に送り出したらシャッターを開いて客が来るまで本を読む。

 昼には一旦店を閉めて昼食。メニューはサンドイッチと紅茶、今日は青木さんからいいハムをもらったのでハムサンドだ。

 再び店を開いて、真昼さんが帰ってくるまで本を読む。

 真昼さんが帰ってきたら遊びに行くのを見送って、その間に光さんが店を覗きに来る。

 7時以降にゆかりさんが少しだけ顔を出して一緒に買い物。

 家に帰った後、真昼さんと一緒に料理して夕食。

 メニューはサラダとカレーライス。今日はデザートにおはぎもいただく。

 あとは真昼さんとたわいのない会話をして、真昼さんが眠った後少しだけ本を読んで就寝。

 これが最近の私の日常であった。


 とても忙しくなった近頃の日常だが、始まる前の懸念とは裏腹に不思議と悪くは感じない。

 むしろ最近ではこの生活が心地よいとすら感じるようになった。


「……ふう」


 そんな天崎古書店だが、今日は少しだけ静かだ。

 今日から明日にかけて、真昼さんが玲奈さんの家に泊まりに行くことになっているからだ。

 私はそんな古書店で本を読みながら、少し前に由希さんの母親である花梨さんに言われたことを反芻する。


『それにしても朝美さん、なんていうか雰囲気変わったよねえ』


 はたして、それは本当の事なのだろうか。

 自分ではよくわからない。

 だが、少しだけ思うことはあった。


「……」


 このとても静かな空間で本を読む。

 それは、真昼さんが来る前に常にあった日常。

 自分はこの日常が変わってしまうのではないかととても恐れていた。

 それは実際に大きく変わった、そして、今ではそれを心地よく思う。これは嘘ではない。

 だが、今静かに本を読むこの時も、真昼さんが来る前と何一つ変わらず、とても心穏やかで落ち着くものであったのだ。


「……よかった」


 それならば、私はきっと劇的に変わったわけではない。

 私は私のまま、真昼さんやその友人たちとうまくやっていけてるのだ。

 それは私にとっては、とても嬉しく幸せなことであった。

 そんなことを考えていると、インターホンが鳴った。

 裏口側に出ると、そこにいたのはゆかりさんと光さんだった。


「朝美さーん!今日真昼ちゃんいないんだよね!寂しいんじゃないかと思ってきちゃったよ!」

「……アタシは、こいつに無理矢理連れ出されたわけだけど」

「ふふ」


 私が少しだけ微笑むと、ゆかりさんも嬉しそうに微笑んだ。


「ねえ、今日もまた女子会しない?今日は特別ゲストもいるし!」

「特別ゲストですか?」

「あ……え、えっと、その」


 そう言ってゆかりさんが連れてきたのは、海老原綾子さんであった。

 真昼さんと喧嘩した時に真昼さんの相談相手になってくれた方。

 由希さんの兄である晴さんの同級生でもあるらしい。

 そして、私にとっても彼女は縁のある存在だ。


「綾子さん、お久しぶりです。前にお勧めした本はどうでしたか」

「あ、すごく面白かったです!本当にありがとうございます」


 誕生日の時には聞きそびれたことを、今聞けて、私はとても嬉しい気持ちになる。


「というわけで、今日は四人で女子会といきましょー!」

「綾子ちゃん、鬱陶しかったら適当に断ってくれていいんだよ?」

「あ、いえ、その……私も、その、話してみたいことが……ある……かなーって……」


 そう言って、綾子さんはこちらの方を見てくる。

 綾子さんの話したいこととはなんだろう。

 今日は、どんなことを話せるだろう。


「皆さん、今日はここでお話しませんか?」

「いいの?やったー!朝美さんちで女子会ー!」

「ゆかり、はしゃぎすぎ」

「よ、よろしくお願いします!朝美さん!」


 最近になって少しだけ思うのだ。

 例え真昼さんがいない日であっても、真昼さんがくれたたくさんのものは消えないと。

 両親がいなくなっても、両親がくれたたくさんのものはきっと私の中にもあるのだと。

 そして、願わくば。

 私からも、誰かによい影響を与えることができていれば、と。


「ええ、それでは、皆さんよろしくお願いします」


 そういって、私は皆さんを招き入れる。

 私の静かな古書店は、今日もまた騒がしい。

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天崎古書店は騒がしい 氷泉白夢 @hakumu0906

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