四話:友達と遊びと約束の話

 その日、朝美は読みかけていた小説がクライマックスに差し掛かり、一気に読みたい衝動に襲われた。

 その様子を見た真昼は、外で遊びに行くと言って出掛けていった。

 今日は水曜、気兼ねなく本を読むことができる。

 とはいえあまり没入しすぎるわけにはいかない。

 本を読んでいるとついつい周りが見えなくなってしまうことがあるのだ。

 時間もあっという間に過ぎて、いつの間にか何かをする機会を失っていることも今まで何度もあった。

 今回はそのようなことがないようにしなければならない。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

「……」

「お姉ちゃーん、聞いてますかー」

「……」

「……ふーっ」

「みっ!!?」


 耳に息を吹きかけられて朝美は思わず飛びのいた。

 その様子を見て真昼がくすくすと笑う。


「お姉ちゃん集中しすぎだよー」

「あ、いや、す、すみません。しかし、真昼さんがこんないたずらを、するのは、びっくりしました」

「私そんなことしないよー」

「え?」


 耳をさすりながら朝美はあたりをきょろきょろとする。

 そこには見覚えのある顔があった。

 人形を持った長い髪の少女と、ふわふわの金髪と青い目が特徴の少女達。


「あ、ああ……恵さん、エマさん……こんにちは」

「こんにちは」

「こんにちはです!」

「ええと、その、で、いったいどちらが」

「どーんっ!!」

「みぃっ!!?」


 後ろからいきなり何かが腰にとびかかってきた感覚に朝美は少しだけよろめく。

 そっと後ろを振り向くと、そこにはまた見覚えのある顔が飛び込んできた。

 髪をポニーテールに束ねた如何にも元気そうなその顔がいたずらっぽく笑う。


「犯人はあたしだよ!姉ちゃんこんにちは!」

「あ、ああ……由希さん……」

「もー、あんまりお姉ちゃんにひどいことしないでよね」

「ごめんごめん」


 真昼がたしなめると、由希は舌を出して謝った。

 そして改めて真昼が朝美に向き直った。


「ずっとお姉ちゃんに話しかけてたし電話もしたのにぜんぜん反応しないんだもん」

「そ、そうでしたか……ごめんなさい」

「ううん、私は別にいいんだけど、お姉ちゃんがさ」

「私が?」

「こんなに友達連れてきて大丈夫かなって」


 朝美はふと周りを見る。

 真昼以外に3人も少女がいる。

 知り合った真昼の友人がこうやって3人集まるところを見るのは最初に出会って以来だ。


「ええと……3人とも、どうしてここに?」

「言ったじゃん!また遊びに来るって」

「あ、ああ……そういえば……」


 そういえば、確かに言われた。

 言われたがまさか、3人一緒に来るとは全く思っていなかった。


「だから先に来てもいいかって聞こうと思ってたんだよ」

「あ、ああ……いえ、その、大丈夫ですよ、私は」

「……あさねえ、優しいよね」

「はいです、優しいです」

「そ、そうですか?」


 そんなことを言われたのは生まれて初めてかもしれない。

 朝美はなんだか不思議な感覚に包まれた。


「姉ちゃん照れてるー?」

「て、照れているとかでは」

「由希ちゃん、お姉ちゃんをいじめないでってば!」


 これではどちらが姉かわかったものではない。

 朝美はなんとはなしに危機感を覚えた。

 何か姉らしいことをしなければいけないのではないだろうか。


「あ、あの、そうだ、みなさんお茶を」

「もうジュースいれたよお姉ちゃん」

「ああ……」


 朝美の万策は尽きた。

 うなだれる朝美の背中を何かを察したらしい恵がぽんぽんと撫でた。

 さらに立つ瀬のなくなる朝美なのであった。


----


 朝美は考えた。

 ここでみんなが普段何をして遊んでいるのかを聞けば、何か参考になるかもしれない。

 歩み寄るためにも、真昼の友人を理解するのは大事なことだろうと考えたのだ。


「あ、あの、真昼さんたちは、普段どのようなことをして遊んでいるのですか?」

「んー?そうだなー、何してることが多いかな」

「ゲームとかする!」

「……おままごと……」

「外でかくれんぼとかしますです!」

「今何かしようってことじゃないんだよみんな」


 いきなりバラバラだ。

 とりあえずゲームとは何をするのだろうか。

 朝美はまず、由希に聞いてみることにした。


「んー、普段だったらあたしの家にあるゲームとかするよ。スマブラスマートブラスターズとか」

「まあ、なんだろう、格ゲーみたいなものかな」

「格、げー」


 ゲームを知らない朝美に、真昼が捕捉で説明をする。

 知らない、というのは真昼の予想だったのだがやはり本当に知らなかったらしく、目を丸くして聞いていた。


「あと桃鉄桃子の撃鉄とか?」

「すごろくみたいな感じのゲームかな」

「そんなものもあるんですか」


 今まで一度も聞いたことのないものの名前に朝美はなんとなく好奇心がかきたてられた。

 普段真昼はそんなことをして遊んでいるのか。


「姉ちゃんも今度やろうよ!」

「……そ、そうですね」

「あれ、お姉ちゃん結構興味ある……?」


 こほん、と朝美が咳払いをして、今度は恵に話を聞くことにする。

 おままごとくらいは流石に朝美も知っているが、どのようなことをやるのだろうか。


「おままごと……楽しいよ……」

「どのようなおままごとをするのですか」

「ええとね……じゃあ……やってみる……?」


 こうして、恵主催のおままごとをやることになった。

 自分はおままごとなんてやったことあっただろうか。

 幼い頃から引っ込み思案だったし、もしかしたらなかったかもしれないな、と朝美は思った。


「いつもの感じでやるから……あさねえは……とりあえず見てる……?」

「あ、はい、見学させてください。」

「……それじゃあ……はじめよ……」


 不思議と本を読む時のような気持ちになった。

 もしくは、劇を見るときのような気持ちか。


「あなた、晩御飯は何にしますか」

「野菜がよいのじゃ」

「あなた、いつも野菜ばっかり。エマも真似してるじゃないですか」

「野菜なのです!」


 真昼が母、由希が父、エマが子供という配役のようだ。

 いつもやっているからか演技もこなれている。

 しかしここで、朝美は恵がいないことに気付いた。

 発案者のはずなのに、一体どこに。

 と、思っているとゆっくりと恵が真昼たちに近づいてきた。


「あら、お客さんかしら。はい、どなたですか」

「……この家には……霊がいます……」

「えっ、霊?」


 えっ、霊?


「……はらわなければ……いけません……」

「う、うぐぐぐ」

「え、エマ!どうしたのエマ!」

「ぐげげげげ……おれはエマではないのです……おれはこの家にとりついた悪霊なのです……」

「おお、なんということじゃ!」


 突然平和だった家庭に悪霊が現れてしまった。

 一体どうなってしまうんだろう。


「げげげげげ……おれは野菜だけじゃなくて肉もお菓子もくうのですー!」

「なんという悪霊じゃ!どうにかしてくれ!」

「……まかせて……るーちゃん……わたしにちからを……はぁーっ!!」

「ぐ、ぐあぁーっ!」


 エマはばたりと倒れて動かなくなった。

 はたして悪霊は去ったのだろうか。


「う……うう……っ……」

「お、お客さん!どうしたんですか!!」

「あ、悪霊が……わたしの体に……!!」


 急展開!!


「う……うう……あ……あさねえ……助けて……」

「えっ、私ですか!?」

「あ……あなたなら……できる……はず……」


 突然の事に戸惑いながらも朝美は立ち上がり、悪霊が取りついた恵と対峙する。


「う……うう……ぐげげげげ……貴様に何が出来るというのだ……」

「え、ええと……」


 悪霊を払う方法など全く知らないが、やってみるしかない。

 朝美は手をかざし、とりあえず先程の恵を真似てみることにした。


「は、はあーーー」

「うわああーー!!」

「やった!姉ちゃんすごいじゃ!」

「さすが……あさねえ……もうわたしが教えることは……なにもない……がくっ」


 そういうと恵はエマの上に倒れこんだ。

 下にいたエマが一瞬うっと苦しそうな声をあげた。


「……ところで、これはおままごとなのでしょうか」

「私も前々から違うとは思ってたんだよね」


----


「朝美お姉さん!かくれんぼもしましょうです!」


 悪霊から解放されたエマはらんらんとした目で訴えかけてきた。


「ええと、構いませんけど、店の本には」

「さわんないです!」

「お店の商品に手を付けたら……怒られるし……」

「あたしもうちの野菜に手を付けたら怒るし!」


 そうか、この子たちも商売人の娘なのだ。

 言われずともそれくらいのことは当然心得ているらしい。


「あ、その、できれば、家の中の本棚もあまり触らないでいただけると」

「姉ちゃん、本好きなんだな!」

「あ、はい」

「あたしも野菜好きだからな!わかる!」


 そう言って由希は朝美の背中をぱんと軽く叩いた。

 少しだけびくっとしたが、今回は声は出さずにすんだ。


「由希の野菜頭と一緒にされたら……あさねえも困るし……」

「野菜頭!なんかかっこいいな!」

「ジャックオーランタンです!」

「……からっぽ頭どもめ……」


 朝美はその様子を見て思わずふきだしてしまった。

 するといきなり由希が朝美にびしっと指をさしてきた。


「よし!じゃあ姉ちゃんが鬼ね!」

「えっ」

「隠れるです!」

「……見つけてね……」


 そういう3人は散り散りになって隠れに向かった。

 取り残された朝美はひとりぽかんとその場に立ち尽くした。


「お姉ちゃん。しっかりして」

「……あ、いえ、その」


 いや、ひとりではなかった。

 真昼が朝美の横で、とてもうれしそうな顔で笑っていた。


「……あの、どうかしましたか?」

「んーん、お姉ちゃんがみんなと仲良くしてくれて嬉しいなって」


 そういうと真昼は小走りで朝美から離れていき、手を振った。


「お姉ちゃん!私も隠れるからちゃんと探してよ!」

「え、あ、は、はい」

「ほら、目隠しして数かぞえて!」


 朝美はあわてて目を伏せて数を数え始めた。


「100までだからねー!」


 そういうと真昼は一層嬉しそうな顔をして居住スペースの方へ走って行った。

 数を数えている最中、朝美は小さい頃、かくれんぼなどしたことがあったかどうかを思い返してみた。

 思い出せたのはひとつだけ、普段はあまり交流がない子にかくれんぼに誘われた時の事。

 普段交流がなかったせいか、それとも自分の影が薄かったからか、すっかり忘れられてしまったことがあった。

 あの時の心細さは筆舌に尽くしがたいものであったが、そういえば母が探しに来てくれたんだったっけ。

 その時、どうして自分の事を見つけられたのかどうか尋ねてみた気がする。

 答えは、なんだっただろう。


「99、100……あ、もういいのか」


 伏せた顔を上げる。電灯を少しだけまぶしく感じた。

 自分と同じような心細い思いはさせたくないし、はやくみつけてあげよう。

 朝美はそう思った。


----


「あ、5時だ」


 かくれんぼもひと段落ついた頃、外から5時を知らせる音楽が鳴り始めた。

 小学生にとってそれは遊ぶ時間の終わりを知らせる合図だ。


「うー、帰りたくないなー」

「……」

「朝美お姉さんと遊ぶの楽しいですもんね」

「そ、そうですか?」


 ちょっとだけ嬉しく思うが、とても大変な一日でもあった。

 朝美はずいぶんへとへとになった気がしていたが、少女達はまだまだ元気そうである。


「なんていうかさ、この店というか、家、いいよね」

「……由希にしてはいいことを言う」

「え、いい?」

「なんていうかさ、秘密基地みたいな感じで楽しい!」


 秘密基地。

 そんなこと思ったこともなかったが、確かに彼女たちが住んでいる家に比べると少々古めかしいかもしれない。

 そういった部分が彼女たちには新鮮に見えたのだろうか。


「ねえ、あさみ姉ちゃーん、今度は泊まりにきちゃだめ?」

「由希ちゃん、さすがにわがまま言い過ぎだから」

「だーってさー」


 確かに、とても疲れたし、すごく休みたい気持ちもある。

 しかしそれはそれとして、朝美も少し楽しかったのかもしれない。

 だから、朝美は聞くことにした。


「あの、真昼さんは、どうですか」

「んぅ?どうって何が?」

「……その、みなさんが、泊まりにきたら、楽しいと思いますか」

「……」


 朝美の思わぬ言葉に、真昼は考える。

 その様子を期待しているような目で恵とエマが見る。

 そして、朝美は少しだけもじもじしながら答えた。


「それは、その、楽しそうだなーとは、思うけど」

「……それじゃあ、いつか、やってみましょうか」

「姉ちゃんほんとに?あたしもさすがに冗談のつもりだったんだけど……!」


 朝美にとっても、これはある意味賭けのようなものであった。

 彼女たちが遊びに来ただけでこれだけ疲れているのに、泊まりにきたらどれだけ疲れてしまうのか、全くわからない。

 しかし、それ以上に彼女たちと仲良くなれば真昼との距離ももっと近づくような気がしたのだ。


「……あ、でも、もちろんその、ご家族の許可がなかったら、だめですからね」

「たぶんだいじょうぶ!あたしんちそういうのゆるいから!」

「朝美お姉さんの家っていったらきっと大丈夫って言ってくれますです!」

「……絶対に説得する」

「じゃあ姉ちゃん、約束ね!約束!」


 由希は朝美の目の前に小指を差し出した。

 朝美も、その小指に自分の小指を絡ませた。

 そして恵とエマもそれに自分の小指を競うようにくっつけた。


「ゆーびきりげんまん」

「うそついたら」

「はりせんぼんのーますー!」

「ゆびきった!」


 それを合図にするように、3人の指が朝美の指からぱっと離れる。

 真昼はその様子をなんとなく、嬉しそうな、羨ましそうな、そんな顔で見ていた。


「それじゃ姉ちゃん!またね!」

「またです!」

「……ばいばい」


 由希とエマは大きく手を振りながら、恵は抱えたるーちゃんの手を持って振らせながら、自分たちの家へと帰っていく。

 それに朝美は小さく、真昼は大きく手を振って返した。

 全員が完全に見えなくなってきたころに、真昼がぽつりと切り出した。


「お姉ちゃん、なんていうかさ。意外とこう……積極的なとこ、あるよね」

「え……そう、でしょうか」

「そうだよー、私びっくりしたんだからー、もー」

「え、ええと、ごめん、なさい?」

「怒ってるんじゃないけどー!もー!」


 真昼はからかうように朝美の腕をつかんで軽く振り回した。

 朝美は真昼が何を考えているのかはよくわからなかったが、積極的、と言われたことに関しては少しだけ思うところもあった。

 確かに、自分にしてはずいぶんと積極的なことをしている気がする。

 今まで自分にそういった面など、全くないと思っていたのに。

 真昼が来てから様々なことに気付かされるが、まさか自分のことにまで改めて気付かされるとは思っていなかった。

 もしかしたら、もっと自分は何かに気付きたいのかもしれない。

 それが何かはわからないが、きっといいことのような、そんな気がしていた。

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