五話:お泊りとカレーと出会いの話

 約束の日から数日後、やや難航していたらしい恵の家の説得も成功したらしく、めでたく天崎古書店でのお泊り会が開催されることとなった。

 開催は土曜日、この日の天崎古書店はいつもより少し早めに店を閉じて、みんなで晩御飯を作ることになっていた。

 その日の朝美と真昼はといえば、なんとなく二人してそわそわしており、落ち着かない様子であった。


「……人を家に泊めるのは、はじめてです」

「私もこういうのはじめてかも」

「あっ……なにか、お出迎えとかそういうの、したほうがいいんでしょうか」

「別に普通でいいと、思うよ?……たぶん」

「……あっ!!迎えに行ったりしたほうがいいのでは……!」

「だから大丈夫だってば!……たぶん」


 先程からずっとこのような会話を繰り返しており、明らかに緊張している様子であった。

 時間は四時、そろそろ来るころだろうと考えていた頃に、家の呼び鈴が鳴る。

 朝美が出ていくとそこには由希と、彼女の兄である晴の姿があった。


「来たよ姉ちゃん!」

「こら、ちゃんと挨拶しろ由希」

「こんばんわ姉ちゃん!」

「あ、はい、こんばんわ、由希さん」


 由希は元気に裏口から中に入っていくと真昼にとびかかるようにじゃれついた。

 そんな由希を振り払いながらも真昼は楽しそうな表情で、緊張もいくらかとれたようであった。


「あ、あの、朝美、さん。その、妹のこと、よろしくお願いします。

 あ、これ、妹の荷物、です。ちょっと重いですので、中に入れますね」

「あ。は、はい、ありがとうございます」


 こちらはというと、どうにもお互いに緊張している様子であった。

 晴は荷物を居間の角へと置いて一息ついて、深々と頭を下げる。


「い、妹を、よろしくお願いします。それじゃ」

「あ……」


 そしてそのまま、何かを言う暇もなく足早に家から出て行った。

 何かを言う暇もなく行ってしまったがそんなに急いでいたのだろうか。


「由希さん、お荷物、ここに置いてありますからね」

「うん!よろしくね、姉ちゃん!」

「は、はい、よろしくお願いしますね」


 それからしばらくして、恵と彼女の姉である光、そしてエマもやってきた。

 二人は家が近いため、光に二人を連れてきてもらうことになったのだ。


「あさねえ、こんばんわ。よろしくお願いします」

「朝美お姉さん!よろしくおねがいしますです!」

「ええと、はい、こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人は自分の荷物を持って中に入っていく。

 光は金色に染めた髪を揺らしながらお辞儀をした。


「朝美さん、エマちゃんと恵をよろしくね。特にうちのは迷惑かけると思うけど」

「い、いえそんな……」

「ひかねえじゃないんだから、迷惑なんてかけないし……」

「あんたねえ……!」

「あ、えと、抑えて抑えて……」


 朝美はおろおろして二人を制止する。

 この二人はいつもこんな感じなのだろうか。


「まあ、そのね、あの子があんなに必死にお願い事するのも珍しいからさ。わがままは多いんだけど」

「ええと、その、大事にお預かりしますので」

「うん、まあ家も近いからそんなに心配はしてないし……まあ、その、よろしくお願いしますね」


 光は少しだけ心配そうに笑いながら手を振って帰路についていく。

 これで全員揃った。

 あとは、泊まってもらうだけだ。はたして上手くいくのだろうか。

 今更ながら朝美の心に少しだけ不安が宿った。


「姉ちゃん姉ちゃん、まだご飯作るまでに時間あるよね」

「あ、はい、そうですね」

「これ持ってきたよ!桃鉄桃子の撃鉄!」


 由希は部屋の隅にある自分の荷物から大きなゲーム機とコントローラーを4つ取り出した。


「これが、それなのですか」

「みんなでやろう!」


 由希は手際よくテレビにゲームをつないでいく。

 そして朝美はゲームのコントローラーをぽいと渡された。


「あ、ええと、その……」

「お姉ちゃん頑張って、私は見てるから!」


 真昼はそういうと朝美の少し後ろで応援の体制にはいる。


「え、あ、ええと、その……」

「領地を手に入れたり、そこを奪い合うための一騎打ちが熱いんだよ!」

「だいじょうぶです!やってればわかりますです!」


 由希とエマが朝美を押して、テレビの前に座らせ、ゲームを開始した。

 しばらくの間、朝美は困惑していたが、しばらく自分でさわったり、由希たちの操作を見ているうちにだんだんルールがわかってきた。

 なるほど、ただのすごろくとは違ってシンプルだが奥深いシステムである、と朝美は思った。

 初級コースのためか意外とすぐに終わり、一位は由希、二位は恵、三位はエマ、朝美は四位であった。

 朝美は、むむう、という顔をする。


「あ、あの、ルールがわかってきたのでもう一回やってもいいですか!」

「お、姉ちゃん結構乗るね!やろうやろう!」


----


「……あ、あの、その、も、もう一回、いいですか……」

「……お姉ちゃん、もうそろそろご飯作り始めないと」

「も、もうそんな時間ですか!?」


 時計を確認すると6時近い、確かにそろそろ作り始めなければいけない頃だ。

 本で時間を忘れることはよくあるが、まさかゲームでも時間をこれほどまでに忘れてしまうとは。


「結局姉ちゃん一回も勝てなかったなー」

「……こ、こんなはずでは……」


 朝美は悔しそうにコントローラーを置いて、うなだれた。

 その姿は誰が見てもわかるほど、とても悔しそうであった。


「……あさねえ、結構熱くなるタイプ」

「こんな時もあるですよ!」

「……」


 恵とエマが朝美を慰めるようになでる。

 朝美は顔をあげ、テレビにつながったゲームを見つめる。

 それを後ろで見ていた真昼は思わず口を出す。


「お姉ちゃん、買うのを止めはしないけど、やる時間ある?お仕事もあるし本も読みたいんでしょ?」

「う……」

「時々やらせてもらうくらいにしよう?」

「……はい」


 まだ若干敗北を引きずる朝美を中心に全員がキッチンに移動する。

 すると由希が嬉しそうな顔をして自分の荷物をあさる。


「姉ちゃん!にんじん!じゃがいも!そしてたまねぎ!!カレーに使うっしょ!!」

「持ってきてくださったんですか」

「うん!カレー作るって言ったらくれた!」


 重いと言っていたのはゲームが入っていただけかと思ったが、野菜までこんなに入っていたとは。

 持ってきてくれた晴には改めてお礼を言わなければいけないかもしれないと朝美は思った。


「ん……わたしも」


 そういうと恵はるーちゃん人形を大事に椅子の上に置いてから、自分の荷物をあさり、立派な鶏肉を取り出した。


「うちのお肉……カレー用のやつ……こういう時だけは、肉屋でよかったって思う……」

「普段は思わないんだ……」


 真昼が苦笑しながら鶏肉を受け取る。

 その様子を見ていたエマが少し困ったようにきょろきょろして、自分の荷物をあさり、重箱のようなものを取り出した。


「あ、あの、朝美お姉さん。これ、その、おはぎですけど、これもカレーに入れた方が……?」

「い、いえ、おはぎはカレーにいれないほうがいいと思います……あとでみんなで食べましょう」

「はいです……」


 どうやらカレーの材料でなかったのがなんとなく寂しかったらしい。

 別にそんなことを気にする必要はないと思います、と朝美は言おうかと考えた。


「そんなこと気にする必要ないんだよエマちゃん」

「うー……はいです」


 しかし、その前に真昼がすでにエマを慰めていた。

 こういう時にすぐ慰めに行けるのが真昼なんだな、と朝美は改めて考える。


「ええと、私も、そう思いますよ、エマさん」

「……はいです、ありがとです」


 そういってエマはようやく気を取り直したようだった。

 朝美はおはぎを受け取って冷蔵庫に入れ、改めて全員と向き合った。


「ええと、それでは、みなさん、作っていきましょうか」

「はーい!」

「……はい……」

「はいです!」


 三者三様の返事がキッチンに響く。

 由希はたくさんの野菜のアップリケがついたエプロン。

 恵はかわいいおばけが描かれたエプロン。

 エマは大きなヒヨコが描かれたエプロンをつけている。

 普段はエプロンをつけない朝美と真昼だが、今日は二人とも彼女らにならい、白い無地のエプロンを身に着けていた。

 各々の準備が完了し、カレー作りが始まった。

 お米は既にセットしてあるので、カレーだけ作れば大丈夫だ。


「ええと、まずは野菜を切りますが、みなさん怪我はしないように、してください」

「はーい、じゃあ姉ちゃん、あたしたまねぎ切るね!」

「えっ」


 そういうと由希が包丁とたまねぎを持つ。

 正直なところ、朝美は由希に包丁を持たせるのは少々怖かった。

 

「あ、あの」

「お姉ちゃん」


 朝美が止めようかどうか悩んでいると、真昼に声をかけられる。

 真昼は目で大丈夫、と訴えかけた。


「ふっふふーん」


 そうして由希は鼻歌を歌いながらたまねぎを包丁で切り始める。

 その手際は非常に良く、下手をすると朝美よりも上手かった。


「たまねぎはねー、涙ーがでるんだよー」

「……」

「由希ちゃん、ああみえて料理得意なんだよ。私も最初はびっくりしたけど」

「そ、そうなんですか」

「でもねー、たまねぎはねー、おいしいんだよー」


 へんてこな歌を歌いながら手際よくたまねぎを切っていく由希。

 朝美は、思わず印象で料理が出来ないと疑った自分を恥じた。


「あさねえ……にんじんとじゃがいもの皮、むいて大丈夫……?」

「あ、はい。そうですね。怪我しないように気をつけて、じゃがいもは水につけてあく抜きしましょう」

「はいです!」


 恵とエマは包丁を扱うのがそれほど得意ではないらしく、ピーラーでにんじんとじゃがいもの皮をむく係となった。

 野菜は真昼と由希が手分けして切り、切りづらい鶏肉は朝美が切った。


「姉ちゃん、もっと野菜いれてもあたしはいいよ!」

「ええと、そうですね……どうしましょうか」

「……わたしはいいよ、野菜はもう」

「めぐちーはもっと野菜食わなきゃだめだぞ!」


 朝美は冷蔵庫に何かちょうどいい野菜がないか探ってみる。

 カレーに合いそうな野菜、と言われるといろいろあるが、既に今の状態でバランスがいいので難しい。


「あ、これなんかどうですか、しめじですけど」

「しめじ……」


 それを見た由希の顔が次第に険しくなる。

 朝美がその様子を不思議そうに見ていると、由希が叫んだ。


「姉ちゃん!!」

「えっ」

「キノコは!野菜じゃ!ないんだよ!!」

「え、あ、はい」

「姉ちゃんは知らないかもしれないけど、キノコは菌なんだよ!!」

「え、えっと、はい」


 突然の激昂に朝美が驚いていると、横から恵が口を出した。


「由希……キノコ、嫌いなんだよ」

「嫌いとかそういう問題じゃない!キノコは人間を殺そうとしてるんだぞ!!」

「えっと、真昼さん、あの」

「んーと、私もこれ、聞いた話なんだけどね」


----


「……というわけで、キノコは実は菌類と呼ばれていてひとつの生物なんです」

「へー」


 それは由希がまだ5歳の頃の話。

 その日、由希はしいたけを食べながらテレビを見ていた。

 情報番組で、キノコは菌類だということを初めて知った由希。

 この時はまだうち八百屋でも売ってるけど野菜じゃないんだ、ぐらいの認識であった。


「キノコには毒があるものもあり……」

「どく!?こえー!」


 ちょうど毒キノコの話を始めた頃に電話が鳴り、晴がその電話に出た。


「……もしもし……あ、父さんと母さんは今ちょっと手が……え、爺ちゃんが、キノコにあたった!?」

「……!!」


 それは離れて暮らしている祖父がキノコに当たり倒れたという電話だったのだ。

 幸い大したことはなかったが、それは由希にとって非常にショッキングな出来事だった。


「……キノコは、いきてるって言ってたし……もしかして、キノコは人をころしてしようとしているんじゃ……あっ!!」


 そして気付いた。自分もすでにしいたけを食べてしまっているということに。

 由希は恐怖し、箸を取り落し、両目からは涙があふれた。

 キノコは、きけんだ。


「どうしよう……どうしようにいちゃん!あたしもしぬ!!!」

「落ち着け由希、しいたけでは死なない!あとじいちゃんは死んでない!」

「きのこはひとをころそうとしてるんだ!!あーーーーーーー!!!!!」


 翌日、それは偶然か必然か、由希は高熱を出して学校を休んだ。

 その日以来、由希はキノコ全般が食べられなくなった。


----


「……なんというか、壮絶なお話ですね」

「さすがに本人ももうそういうものじゃないとわかってると思うんだけどね……」

「とにかくキノコはだめ!野菜じゃないし!!」

「わ、わかりました、しめじはやめておきますね」


 一通り作業が終わり、肉と野菜を鍋で炒めて、水を入れて煮込む。

 あとはころあいを見てルーを入れれば完成だ。


「お姉ちゃん、今のうちにまな板とか洗っちゃうね」

「あ、はい。私も手伝います」

「……あたしも、手伝う」

「私も手伝うです!」

「よし任せた!」

「……由希もやれ……」

「てへ」


 恵が睨むと由希は舌を出して笑った。

 こうして洗い物もつつがなく終わった。


「……」

「お姉ちゃん?」

「あの、今のうちにもう一回あのゲームで対戦を……」

「……お姉ちゃん」


----


「さてと、あとはルーを入れれば完成ですね」

「るーちゃん……?」

「あ、いえ、その、カレーのルー……」

「ふふ……冗談……」


 恵がいたずらっぽく笑うのに朝美も少しだけ困ったように笑った。

 そこにエマがやってきて、朝美のエプロンを少しだけ引っ張って声をかける。


「あの、朝美お姉さん」

「あ、はい、どうしましたか、エマさん」


 エマはもじもじと申し訳なさそうにすると、決心したように言う。


「あの、わたし、カレーは甘口しか食べられないです」

「えっ」


 中辛のルーを用意していた朝美は少しだけ固まった。

 朝美はこう見えて意外と辛口のカレーが好きである。

 一応用意してはあるが、真昼が来てから中辛で我慢しているのにさらに甘口か、という気持ちが朝美の中に少しだけよぎる。


「え、エマさん、中辛に挑戦してみる気は」

「お姉ちゃん」

「あ、はい、ごめんなさい……」

「ふふ」


 その様子を見たエマが微笑む。

 なんだか猛烈に恥ずかしくなってきた。


「でもわたし、このお店もっと怖いとこかと思ってたですよ」

「えっ」

「わかるー、結構ここ見た目怖いよなー」

「……わたしは、好きだけど」

「朝美お姉さんがいるって知ってたらもっと早く来てたですよー」

「まんがも意外と置いてあるしなー」


 店が怖いと言われたのは少々複雑だが、喜んでいいことなのだろう。

 何故なら、不思議と顔がほころんでいたのだから。


「……なんか、お姉ちゃん私よりもみんなと仲良くなってない?」

「そ、そうですか?」

「まひるんやきもちー?」

「別にそういうんじゃないですしー」

「それ……どっちへのやきもち……わたし達に……?あさねえに……?」

「だからやきもちじゃないですしー!」


 真昼はむいーとふくれてそっぽを向くふりをする。

 そして、わたわたする朝美を見て笑うのだった。


----


「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 全員がいただきますをして、完成したカレーを食べる。

 やはり甘口だと朝美には少々物足りないが、美味しそうに食べる少女達……特にエマを見ると、たまにはよかったかな、とも思う。


「カレーはたまねぎが一番おいしいよな!」

「……そんなに言うならちょっと野菜食べて」

「だからめぐちーはもっと野菜食べなきゃだめー!」

「カレーおいしいです!朝美お姉さん、甘口にしてくれてありがとうです!」

「あ、いえ。こちらこそすみません、大人げないことを言ってしまって」

「ほんとだよ、お姉ちゃんはもう」


 こんなにわいわいと食事をするのもいったいいつ振りだろうか。

 真昼と二人の時も、多少は会話はするがここまで騒がしくはない。

 両親との食事はどうだったかな。

 二人とも話をするのが好きだったから、たわいのないことをよく話し合っていた気がする。

 私も、それは嫌いではなくて、でも時々離れたくて。

 家を出て静かな食事を満喫して。

 でも、今日またこうやって騒がしい食事をしているのは悪くないと感じる。

 もしかしたら、少しだけ静かな食事に慣れすぎていたのかもしれないな、とも思った。


----


 カレーを食べたあとはまた少しだけゲームをしたり、おはぎを食べたりした後、順番にお風呂に入った。

 朝美と真昼は普段から一緒に入ったりはしていない。

 真昼は一人で入れるし、何より朝美が気恥ずかしい為だ。

 だから、エマにお風呂に一緒に入るか聞かれた時には相当うろたえていた。

 結局一緒に入ることはなかったが、今後やはりそういうところも歩み寄るべきなのだろうか、と少し悩む朝美であった。

 そして9時頃、寝る準備を始める。


「わたし、今日はちょっと夜更かしさんですよー」

「あたしもだ!」

「……わたしはまだ、起きてる時間だけど……」


 由希はパジャマにまで野菜があしらわれていた。

 恵は白くてふわふわしたドレスのようなパジャマを着ながら、るーちゃんにもパジャマを着せ替えている。

 エマは猫のきぐるみのようなパジャマを着ている。


「ええと、それじゃあみなさん、そろそろ電気を消しますね」

「はーい!」


 朝美は紺色の地味めなパジャマ、真昼は水玉のパジャマに着替えた。

 普段は別々の部屋で寝ているが、今日はお泊り会ということで全員一緒の大部屋に寝ることにしたのだ。


「姉ちゃん、もっと派手で大人っぽいの着るのかと思ってた!」

「そ、そういうのは、あんまり私……」

「……あさねえなら、似合うと思うけど……」

「も、もういいですから、寝ましょう」


 強引に電気を消して話を打ち切り、朝美は布団へと潜り込んだ。

 ずるいずるいという抗議の声も聞かないふりだ。

 とはいえ、朝美も普段はこの時間から寝ることはあまりないので、それほど眠くはない。


「カレーおいしかったですねー」

「おいしかった!」

「……いつもの家のとは、やっぱり違う感じ……」


 ひそひそとした話し声が少しだけ聞こえてくる。

 こんな声が聞こえてくることも、今までは全くなかった。

 なんとなく、朝美も少しだけわくわくした気持ちになる。


「姉ちゃん結局一度も勝てなかったな!」

「……ゲーム、あんまり強くないよね……」

「ほんとだよね」

「真昼さんまで!」


 聞こえてきた朝美の声に朝美は思わず声を出した。

 暗い部屋の中に明るい笑い声が響いた。


----


 笑い声も少しずつ途切れ始め、寝息へと変わっていく。

 真っ先に眠ったのは由希、次にエマが眠り、真昼もどうやら眠ったようだった。

 静かになった部屋で朝美は少しだけ起き上がる。

 少しだけ本でも読んでから眠ろうか。

 そう思って部屋から抜け出そうとする。


「……あさねえ」

「みっ」


 朝美が小さく悲鳴をあげる。

 どうやら恵のようであった。


「……どこいくの」

「す、すみません、起こしてしまいましたか」

「んーん、まだ寝てなかっただけ……」

「そ、そうですか……」


 他の誰かが起きてないかそっと確認する。

 みんなすやすやとよく眠っているらしく、どうやら起きる様子はなかった。


「い、いえ、ちょっとだけ本を読みに行こうかと……」

「……わたしも、ちょっとだけ起きていい?……ちょっとでいいから」

「……は、はい」


 自分も起きだしている手前、頭ごなしに否定するのもためらわれたらしい。

 朝美と恵はそっと部屋から抜け出した。

 電気をつけると少しだけ眩しく、二人して目を一瞬ぎゅっと瞑る。


「あまり夜更かしをしてはだめですよ」

「うん……わかってる……」


 恵がいるので朝美は本を読むのをやめて、彼女と少し話をすることにした。

 その方が彼女もきっと早く眠れるだろう。

 とはいえ、いったい何を話せばいいのだろうか。


「……」

「……」


 何も思いつかないまま、無言の時間が続く。

 夜中のただただ静かな時間が過ぎた。

 やはり、真昼や由希が率先して話してくれているから自分は話せているだけなのだな、と朝美は実感した。

 もう少し、うまく話せるようになりたい。どうすれば彼女たちと……真昼ともう少し上手くやっていけるのだろうか。


「……あさねえ、悩んでる?」

「えっ、あ、いえ、その」


 口に出ていたのだろうか、それともやはり自分はわかりやすいのか。

 恵に悩みを悟られ、朝美は少しだけ恥ずかしく思いながらも、相談してみることにした。


「……んん、わたしも、人と話すの、あんまり……得意じゃないから、わかる」

「ええと……」

「……んん、るーちゃんとお話してるのが、ずっと、好きだったし……友達……あんまり、できなかった」


 いつも大事そうに抱えているそのるーちゃんをぎゅっと抱えて恵はぽつりぽつりと話し始める。


「……恵さんは、その、どうやって、みなさんとお友達になったのですか?」

「……小学校にあがった頃に……由希に会った……で……ずんずんこっちに近づいてきて……なんて言ったと思う?」


 少し考えたが、朝美にはまったく思いもよらなかった。


「……なんて言ったんですか?」

「今とおんなじようなこと」


 そういわれて、少しだけ何かを思いあたる。


「……野菜?」

「それ」


 なるほど、今とおんなじようなことである。

 恵はまた少しずつ話し始める。


「野菜、好きかって、突然聞いてくるから……別に普通って返した……そしてら、今度はるーちゃんに話しかけて、野菜好きかって」

「るーちゃんに、ですか」

「……わたし以外に、何も言わないでもるーちゃんに話しかけてくるの、由希だけだったから……なんとなく、仲良くなった」


 そういって恵はぷいと顔を背けた。

 恥ずかしかったのだろう、朝美は少し微笑ましく思った。


「……エマも、1年の途中くらいから、転校してきて……みんな、どうやって話したらいいかって……ほら、どう見ても、外国人だったから……」

「……」

「でも、由希はなんも変わらなくて、野菜好きかって」

「それで……?」

「野菜好きです、って返してた……それで、仲良くなったし、打ち解けた」


 あの子達らしいな、と朝美は思う。

 由希は本当に物怖じしない性格らしい。

 この子たちの中心にいつも由希がいる理由がわかった気がした。


「誰相手でも変わんないだよ、頭にたまねぎ詰まってるから……」

「ふふ」

「……」


 朝美が微笑むと、また恵は恥ずかしそうに顔を逸らして、代わりに顔を隠すようにるーちゃんを持ってくる。

 結局、この話で自分が彼女たちとどう接すればいいかはわからなかったが、彼女たちの仲の良い理由はわかった気がした。


「……そういえば、真昼さんはどうやって仲良くなったんですか?」

「……真昼も、由希から話しかけてたけど……そのあとは自分からみんなと話していって……あとは、すぐ馴染んじゃった」

「……すごいですね、真昼さんは……やっぱり、私とは……」


 朝美は思わず出しそうになった弱音を引っ込める。

 恵はそれを聞いてか、朝美をじっと見つめて語りかける。


「……あさねえと、真昼は……似てると思う。顔とかだけじゃなくて……」

「……そうでしょうか……?」

「……どこって、言われると……わからないけど……なんとなく」


 恵も特に確かな理由があるわけではなく、なんとなく似ていると感じるだけらしかった。

 顔が似ている、というのも実はあまりピンと来ていないのだが、顔だけじゃないと言われるとなおのことピンと来ない。

 一体どこが似ているのだろう。


「……あのね、あさねえ……あさねえと、真昼、もっと……仲良くなれるって……わたし、思う……」


 恵は少しだけ眠そうになりながらそう言った。

 朝美は少しだけ微笑んで、恵にやさしく声をかけた。


「……ありがとうございます。そろそろ寝ましょうか」

「ん……うん……おやすみ、あさねえ……」

「はい、おやすみなさい。恵さん」


 そして、夜中のお話会は終わり、再び天崎古書店から明かりが消える。

 それからほどなくして恵も眠りに落ちたようであった。


「……似ているところか」


 自分と真昼に似ているところなんてないと思っていた。

 だがそれは間違いなのかもしれない。

 それがどこかはわからないが、似ている場所があるというのなら、それがどこかを知るのがもっと真昼との距離を縮める近道なのかもしれない。


「……」


 それをぼんやりと考えているうちに、朝美もいつしか夢の中へと旅立っていったのであった。


----


 朝美が目を覚ますと、既に他の布団の中には恵以外の誰もいなかった。

 目をこすりながら居間の方へと歩いていくとパンの焼ける匂いがした。


「……おはようございます……」

「おはようお姉ちゃん」

「おはようです!」


 真昼とエマが元気よく挨拶してくる。

 既に彼女たちは着替え終わっており、朝ごはんの準備をしていたようだ。

 そしてキッチンに立っていた由希が朝美に声をかける。


「姉ちゃん起きた?じゃあそろそろ作ってもいいかな」

「……作る?」

「オムレツ、姉ちゃんいないときに火つかうと危ないって真昼が言うから待ってた」

「あ、ええ……」


 既に卵とフライパンは用意されており、あとは焼くだけであるらしい。

 由希曰く、本当は普段から一人で使っているから平気とのことだが、一応真昼の顔を立てたらしい。

 由希は器用にオムレツを作って一つずつ皿に乗せていった。


「あれ、恵ちゃんはまだ寝てるですか?じゃあ起こしてくるです!」


 そういってエマが寝室に使っていた部屋のほうへ向かおうとすると、角からぬっと大きな黒い影が現れた。

 それは黒い毛に覆われており、エマほどの大きさがある。

 エマがそれに対し硬直していると、毛と毛の間から目のようなものがギラリと輝くのが見えた。


「ひゃ、ひゃああああ!!」

「……なんなの……人の顔見て……」


 毛の塊がその形を整えると、中から恵の顔が出てくる。

 髪の毛に覆われていなくても、その顔は眠さからから不機嫌そうでやや怖かった。


「なにやってるの二人とも。もう朝ごはん出来たよ」


 真昼が二人を呼んで、朝ごはんが始まった。

 サラダにパンにオムレツ、こんなしっかりした朝ごはんも朝美は久しぶりだったように感じた。


----


「もうそろそろ、お迎えが来るころですね」

「……もう帰る時間かあ……」

「でも楽しかったな!まひるん、姉ちゃん!」


 全員の荷物を確認し、しっかりと持たせる。

 改めて、とてもいい経験だったと朝美は思った。

 呼び鈴が鳴り、来た時と同じように晴と光が迎えに来る。

 光が少し屈んでエマと恵に話しかける。


「どうだった?」

「楽しかったです!」

「……うん」

「そっか!」


 由希は晴に


「兄ちゃん兄ちゃん!すごい楽しかったよ!!」

「よかったな……あ、えと、どうも、ありがとうございました」


 光は朝美に深々と頭を下げた。

 はしゃぐ由希を抑えながら晴も頭を下げる。

 それに少しだけ狼狽えながらも、朝美もそれに返した。


「みんな!楽しかったよ!ありがとね!」

「うん!じゃあなまひるん!」

「……うん、またね」

「また学校で会うです!」

「またねー!」


 4人はまた、お互いが見えなくなるまで手を振りあっていた。

 こうして、また天崎古書店には静寂が戻ってきた。


「……ふう」


 全員を見送り終わると、朝美にどっと疲れがあふれてきた。

 やはり、相当に疲れていたらしい。


「お姉ちゃん大丈夫?」

「あ、はい……その、真昼さん」

「なあに?」


 しかし、得るものはとても多かったと感じる。

 真昼の事を知る意味でも、朝美自身のためにも、とても意味のあることだったと。

 その意味を込めて朝美が出した結論を真昼に告げた。


「……ええと、みなさんとても、いいお友達ですね」

「……うん!」


 真昼は満面の笑みでそう返すのだった。

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