六話:姉とウェイトレスと女子会の話
平日、天崎古書店は通常営業中である。
今日は久々に真昼や友達も外に遊びに行っておりいない。
古書の売れ行きはそれほどないが、新書はそこそこ売れるので今のところ生活には困っていない。
朝美は基本的に本を読みながら客を待つ。
新しい本だとうっかり集中しすぎてしまうので、あまり熱中しすぎないように既に何度も読んだ本を読んでいるのだ。
そうして本を読んでいるうちに、客がやってくる。
「……あれ」
しかし、今日のその客はとても見覚えがある客だった。
「こんにちはー朝美さん」
その染めた金髪と明るく屈託のない笑顔。
それは恵の姉である青木光であった。
「どうしましたか?また、るーちゃんがいなくなったり……?」
「あーううん、違う違う、今日はちょっと本買いに来たのよ。
いや、っていうかさ、アタシ別にあいつの人形とかわざわざ探さないし」
「そう、なんですか?」
「あー……」
光はバツが悪そうに目を逸らす。
朝美が不思議そうな顔をしていると光はわざとらしい咳払いをする。
「いや、ていうか、本買いに来ただけだからね!アタシ!」
「あ、はい、ごめんなさい。どのような本を……」
と、その時再び店の扉が開いた。
そこに立っていたのは、また見覚えのある人物だった。
「こんにちは、朝美さん」
「え……えーと……あ、ウェイトレスの」
「そうです、カフェ天の川のウェイトレスさんでーす」
普段のウェイトレス姿とは違い、とても清楚でおしゃれな服を着たロングヘアの美しい女性がそこにいた。
そんな女性が、いつもと変わらないいたずらっぽい笑顔でウィンクをする。
朝美も思わず少しだけどきりとしてしまうほどであった。
「って、なんだゆかりじゃん」
「わあ光ちゃん、本屋にいるなんて珍しい」
「あ、あれ?光さんは、ウェイトレスさんとは知り合いなんですか?」
親しげに話す二人に朝美は驚く。
今まで接点を感じたことは一度もなかったからだ。
「ああ、こいつ火野坂ゆかりっていってね、まあちっちゃい頃からの腐れ縁ってやつ」
「光ちゃんとは今でも同じ大学に通ってるんですよー」
「まさかお二人にそんな接点があったなんて……」
よく考えれば同じ商店街にいるのだから、ここまでではないにしろ面識くらいはあってもおかしくはなかったかもしれない。
とはいえ、やはり意外な組み合わせのように見える。
「あー、朝美さん、こいつの見た目に騙されちゃだめよ。こいつこう見えて結構変な子だから」
「変な子とは失礼な」
「え、ええと、その、まあ落ち着いて……」
「あ、ごめんごめん。そういや本買いに来たんだった」
光が頭をかきながら話を戻す。
「ええとさ、服飾の本、探してんだよね。あるかな」
「はい、ええと……」
「光ちゃん勉強熱心ー」
「勉強ですか?」
朝美が聞き返すと光が慌てたように割って入り制止する。
いや、慌てたように、というより明らかに慌てていた。
「ゆかり、余計なこと言わないの!」
「余計なことじゃないでしょー?将来アパレル関係の仕事につくんでしょー?」
「アパレル関係の仕事」
『……わたし、いつか、人形のお洋服作る仕事するし……』
「……ふふっ」
「ほらもう!笑われちゃったじゃないの!」
「あ、いえ、ごめんなさい、今のはそういうのではなくて……!
えっと、恵さんに、似ているところがやっぱりあるなあと……」
「あう……」
光は顔を赤くしてそっぽを向く。
朝美は思わず、こういうところまで似ているんだな、と思ってしまうが口には出さないでおいた。
「だいたいゆかりは何買いに来たのよ!」
「私は漫画」
「……」
光は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
一方のゆかりは輝くような満面の笑みであった。
いろいろな意味で対照的な二人に見える。
「お二人は、どうして仲良くなったんですか?」
「ん?」
「え?」
「あ……いえ、その、つい気になってしまったというか……」
思わず口をついて出てしまったその言葉を朝美はひっこめようとする。
真昼が来てからずいぶんと失言が増えたというか、もしくは人と話す機会が増えたせいで自分が失言をするタイプであると知ってしまったのかもしれない。
「いやあ、まあ、どうしてって言われても……昔から一緒にいるからとしか、ねえ」
「んー……」
ゆかりは何かを考えるように顎に手を当て、上を見るように顔を上げて、目を閉じた。
光はその様子を見て、なんとなく怪訝な顔をしているように見えた。
そしてゆかりはぱっと目を開いた。
「光ちゃん、朝美さん。女子会しましょう」
「じょ」
「女子会?」
光と朝美は顔を見合わせた。
「ほら、朝美さんと光ちゃんの妹さん達って仲良しでしょ?
だったら、二人も仲良くなって損はないと思わない?」
ゆかりの提案に驚いた朝美だったが、確かにそういうものかもしれない。
今まで姉として真昼たちとどう接するかだけを考えてきたが、もしかしたらそういうつながりも必要なものなのかもしれない、と思った。
「それに私も朝美さんとお友達になりたいですし!」
「えっ、あ、その、そうですか?」
「うん!」
「朝美さん、気が乗らなかったら断ってもらっていいのよ。この子強引だからさ」
確かに少し怖さもあるが、少しわくわくするような感覚もあった。
それはなんとなく、朝美にとって新しい本を手に取ったときのような感覚に近いように思えた。
前の自分だったらこんなことは考えもしなかった気がする。
「あの、やってみましょう、女子会」
「やったー!」
「いいの?……まあ、朝美さんがいいんなら別にいいけど」
「じゃあ朝美さん、天の川で一緒に女子会しましょう!」
そう言ってゆかりは朝美の手を握ってくる。
今までにないアプローチの仕方に朝美はどぎまぎしてしまう。
「ほらゆかり。朝美さん困ってるから」
「あ、ごめんなさい、つい」
「あ、いえ、大丈夫です、その、はい。女子会、しましょう」
こうして、三人による女子会が行われることとなった。
決行は次の休日。朝美はその日までなんとなくそわそわして過ごすこととなった。
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休日。
朝美は鞄を持って家を出ようとする。
その様子を見た真昼は朝美に声をかけた。
「あれ?お姉ちゃん出かけるの?」
「あ、はい。その、少し」
「そっか、私は宿題やんなきゃいけないから家にいるね」
「はい、お留守番をお願いします。あ、お昼ご飯は作ってありますから……?」
そこまで言って、朝美は真昼がくすくすと笑っているのに気が付いた。
朝美が不思議そうにその様子を見ていると真昼が言う。
「いや、お姉ちゃんが外に出て私が家にいるのってなんか珍しいなって思って」
「ああ……ふふ、そうかもしれませんね」
それに気付いて、朝美からも自然と笑みがこぼれた。
そうして朝美は家を出て歩いていく。
いつも行く天の川への道がなんとなく違うものも思えた。
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「朝美さーん、こっちこっちー」
カフェ天の川の前でゆかりが手を振る。光も一緒だ。
朝美は二人の元へ向かうとお辞儀をした。
「え、えと、その、今日はよろしくお願いします」
「朝美さん固い固いー、女子会ってそんなかしこまったものじゃないですよ、ねえ光ちゃん」
「ねえ、って私に振られてもわかんないよ、やったことないし。ゆかりはあるの?」
「今日がはじめて!」
光ががくりと肩を落としゆかりは笑う。
この二人はいつもだいたいこんな感じらしかった。
そうして三人が天の川に入ると、マスターである土屋礼二が出迎えた。
「いらっしゃいませ……おや、朝美さんと光さん。それにゆかりさんも。今日はバイトの日ではなかったはずですが……?」
「今日はお客さんで来ました!」
「はは、そうですか。それじゃあおもてなしをさせていただきましょう。どうぞ」
マスターの誘導で奥の席に向かう。
朝美は、この店に誰かと訪れるなんてことは初めてだった。
ましてや当然、女子会など生まれてこの方したこともない。
「マスター、女子会だから聞き耳立てたりしちゃだめですよ!」
「女子会ですか。なるほど……では集中してお皿でも磨いているとしましょう」
親しげに話すマスターとゆかりを見て、ふと朝美に疑問がわいた。
「そういえば……この店でゆかりさん以外のウェイトレスさんを見たことがありませんが……」
「ああ、ここ別にバイト取るつもりじゃなかったらしいんだけど、ゆかりが無理矢理頼み込んだのよ」
「無理矢理じゃないですー、近くのバイトを探してたらマスターが声かけてくれたんですー」
代わりに答えた光にゆかりがむくれながら反論する。
それにマスターが微笑みながら付け足すように話した。
「いえね、二人とも幼い頃から知ってるものですから。
このあたりで何かバイトをしたいっていうゆかりさんが放っておけなくて」
「無理矢理じゃないですもんねーマスター!」
「ま、迷惑かけてないならいいんじゃないの」
ゆかりは文句がありそうな顔で光をにらみつける。
光は顔を逸らしてそれを見ないふりをした。
朝美はその様子をなんとはなしにはらはらしながら見ていた。
「まあいいや。私お昼ご飯食べよーっと、マスター、私スパゲッティとコーラ!」
「アタシはコーヒーでいいや。朝美さんはなんか食べます?」
「え、あ、じゃあ、紅茶とタマゴサンドをください……」
「はい、わかりました」
マスターが奥へと歩いていくのを見届けると、まず話を切り出したのは光だった。
「ゆかり本当にスパゲッティとコーラ好きよね」
「うん、スパゲッティとコーラは私の魂だからね」
「何言ってんだか」
「それより光はまた家でラーメンでも食べてきたの?」
「まあ、カフェにラーメンはないしね」
朝美は二人の会話をぼんやりと眺める。
お互いをよく知っているらしく、どんどんと会話が進んでいく。
朝美にとってはあまり知らない世界であった。
「って、ごめんなさい朝美さん、アタシらだけで話しちゃって」
「そうそう、朝美さんももっとしゃべってしゃべって」
「あ、いえ……その、私の事は、お気になさらず……」
「そんなこと言わずにー、朝美さんとお話したくて開いた女子会なんですよ」
「え、ええと……そ、そうですね」
朝美がゆかりの言葉に困ったように微笑む。
何か話すことはあっただろうか。朝美はしばし考える。
そうだ、そもそも何が聞きたかったのかと言えば。
「あ、あの、繰り返しになるんですが、お二人はどうやって仲良くなられたんですか」
「あー、そういえばそんな話だったわね」
「ずっと昔からお友達だったからねー」
二人はうーんと考える。
昔からの友達。朝美にはそんな友人は全くいない。
理由も思い出せないほど昔から一緒にいたというのは少しうらやましいもののように見えた。
「まあ、なんだかんだ一緒にいて退屈はしないわよね」
「そうだね、私も光ちゃんと一緒にいるの楽しいよ!」
「そうですか……なるほど……」
「ごめんね、全然参考にならなくて」
「いえ、その、少し、うらやましいなと思いました」
そう言うと光は少し恥ずかしそうに、ゆかりはとても嬉しそうに笑った。
そこにマスターがプレートを持ってやってきた。
「失礼、お話大丈夫ですかな」
「はい、大丈夫でーす!」
ゆかりがそう答えるとマスターは微笑み、注文したものを順に置いていく。
最後にごゆっくり、と付け足してマスターは再び去っていった。
「いただきまーす」
「あ、いただきます」
ゆかりがスパゲッティを、朝美がタマゴサンドを食べる。
マスターの作るタマゴサンドはとても美味しく、朝美のお気に入りである。
その横で、ゆかりはミートソースのスパゲッティを美味しそうに食べている。
光はコーヒーに何も入れず、そのまま味わいながら飲んでいた。
「うん、マスターのスパゲッティやっぱり美味しい!」
「よかったわね」
「本当はペペロンチーノが一番好きなんだけど、女子会にはちょっと合わない気がするね」
しばしの食事の時間の後、今度はゆかりが朝美に質問をした。
「ねえ朝美さん、真昼ちゃんが来てどんな感じですか?」
「ど、どんな感じ、とは」
「えっと、妹が出来るってどんな感じなのかなーって思って」
真昼と初めて会ったときの事を朝美は思い出す。
かつての家で出会った初めて見る自分の妹。
今となってはずいぶん慣れた気がするが、はじめは正直上手くやっていけるのかとても怖かったし、自分の時間がなくなってしまうのではないかと不安で不安で仕方がなかった。
しかし今になってみると、自分から進んでこのような話し合いに参加するようになった。
そういった気持ちを込めて、朝美はただ一言だけこう言った。
「ええと、とても、良い事だったと思います」
「いいなぁー……私も妹か弟がほしかったんですよー……」
そう言ってゆかりはうなだれた。
「私ひとりっこだから兄弟とかに憧れてて、光ちゃんに妹が出来たときもすっごくうらやましかったんですよー」
「別に妹とかそんないいもんじゃないって」
「妹がいる子は皆そういうんだ!!」
ゆかりは光にむかってびしっと指をさし、光は思わずたじろいだ。
そしてゆかりは再びうなだれる。
「あーあ。私も妹とか弟がいたら毎日一緒にご飯食べて、一緒に遊んで、一緒に寝て、毎日頭もなでたいし、あと一緒にお風呂も入りたいし毎日ちゅーしたいし」
「あー、それ絶対嫌われるやつだわ」
「えー」
朝美はそれを聞いて少し考えてみた。
真昼と毎日ご飯を食べて、一緒に遊んで、一緒に寝て、毎日頭をなでて。
なんだか考えるだけでどんどん恥ずかしくなってきた。
「……それは、私も、無理です」
「そんなー、朝美さんまでー、うー」
そんなとりとめのない会話をしながら、女子会の時間は過ぎていく。
時間も大分過ぎてそろそろお開きにしようか、という雰囲気の中、朝美はもうひとつだけ聞いておきたい事を思いついた。
「あの、そうだ光さん。最後にいいですか」
「アタシ?アタシに答えられることなら、いいけど」
「光さんって、自分と恵さんが似てるって思いますか?」
「はぇっ!?」
光が素っ頓狂な声をあげた。
その様子を見たゆかりは笑いをこらえながら口元を隠した。
「い、いや、別に、なんでそんなこと……!?」
「……私、真昼とあんまり似ているところがないのが、少し不安なときがあって……でも、恵ちゃんに、似ているところがあるって言われて……そうなのかなって……」
「……あの子、そんな事言ったんだ……」
「あの、私、似ているって言われて……たぶん、嬉しかったんだと思います……
だから、光さんも、そういうのあるのかなって思いまして……」
光は居心地が悪そうに少しだけ目を逸らす。
それを見たゆかりに再び笑いがこみあげる。
「ゆかり笑うな!!」
「い、いや、だって……」
「あの、そんなに私、おかしなことを言ってるでしょうか……」
「う、ううん、そうじゃないんですけど、だって、ねえ光ちゃん」
そういわれた光は、少しだけ顔を赤くして隠れるようにこっそりと言った。
「あ、アタシは……ほら……髪、染めてるじゃない……
あと、化粧も結構しっかりしてるでしょ……?」
「え?は、はあ……」
「……そ、そうしないと、あいつに顔とか、めっちゃ似てるのよ……」
「え」
「だから、その、あんまり顔とかそっくりすぎて、変えたかったの!」
朝美がぽかんとしていると光がさらに付け加える。
「……その、似てるって言われるのが、ちょっと、恥ずかしかったのよ、アタシは……それでも、性格とか、やっぱり似てるみたいに言われるし……
なんか、朝美さんにそんな風に言われると、意地はってる自分がバカみたいじゃない……」
「あ、ご、ごめんなさい、そんなつもりでは……」
「あ、ううん、ごめんなさい、こっちもそういうつもりじゃなくて、その……
えっと、なんていうかさ」
光はほんの少し深呼吸して、恥ずかしそうに、でもまっすぐに言う。
「きっと、朝美さんと真昼ちゃんは、こう……
朝美さんが心配してるほど、距離が離れているわけじゃないよってことを、あの子は言いたかったんだと、思うよ?」
『あさねえと、真昼、もっと……仲良くなれるって……わたし、思う……』
朝美は恵のその言葉を思い出す。
この二人は、似ているところも似ていないところもあって、それでも確かに近しいと感じる何かがある気がした。
それと同じものが自分と真昼との間にもあるのだと、そういうことを彼女たちは言っているのだと、朝美はそう解釈した。
「……わかりました……ありがとうございます」
「う、うん」
「……あ、すみません、もうひとつだけいいですか?」
「う……うん」
「……光さんは、恵さんの事、好きですか?」
「うぐっ」
光は思わず言葉に詰まる。
ゆかりは、その様子をどこか優しく見ているように見えた。
「……その、アタシ、あの子の事は……す……んん、き、嫌いじゃない、と、思う……」
「素直じゃないなー光ちゃんは」
「うっさい!」
光が立ち上がってゆかりの頭をぐしゃぐしゃにする。
ゆかりはどこか楽しそうにきゃーと言いながら笑っていた。
そして朝美はというと、その様子を見て例によってあたふたしてしまうのであった。
----
「光さん、ゆかりさん、今日はありがとうございました」
「ううん!楽しかったですね女子会!ね、光ちゃん!」
「……まあ、うん……まあ、楽しくなかったわけじゃないけどさ」
心から楽しそうなゆかりに対して、光はどこか釈然としない様子であった。
だが、決して楽しくなかったわけではないのだろうな、ということが朝美にもなんとなく伝わってきた。
「朝美さん、またいつかやりましょうね、女子会!」
「……そうですね」
「……まあ、またやるっていうんだったら、やってもいいけどね」
その光の様子を見て、朝美とゆかりはなんとなく笑ってしまう。
「もー、朝美さんまで……」
「ごめんなさい、つい」
「朝美さんに変な影響与えてたらあんたのせいだからねゆかり」
「えー」
そんな風に最後まで楽しく話し合いながら朝美の初めての女子会は終わった。
朝美は、もし次回があるのなら今度はどんなことを話し合ったら楽しいだろうか、なんてことを考えながら古書店へと帰るのであった。
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