十二話:誕生日とたこやきとプレゼントの話
「誕生日おめでとうございます、真昼さん!」
「おめでとー!!」
「ありがとうお姉ちゃん、みんなも!」
そういうと、この場にいる全員がジュースの入ったコップを掲げる。
6月3日。天崎真昼の誕生日。
この日、天崎古書店の一室は大勢の人であふれていた。
由希に恵、エマに玲奈。晴に光、ゆかりにマスター。
それに綾子も招かれ、盛大なパーティーを行っていた。
「あ、あの、私も来てよかったんですか?」
「もちろん、綾子さんは私が呼んだんだから」
真昼がそう言って綾子に微笑む。
綾子は落ち着かない様子で真昼や朝美、晴を見ていた。
「それでは朝美さん、キッチンをお借りしますよ」
「す、すみませんマスター、わざわざ来てもらって料理をしてもらうなんて」
「ははは、私なんかがこの場で出来るのはこのくらいですからな。真昼ちゃんが楽しんでくれればそれで構いませんよ」
マスターはそう言ってキッチンへと戻っていく。
料理は既に肉屋の青木から送られたコロッケやからあげ、由希が用意した野菜サラダや野菜スープなどがあったが、マスターも何かを出してくれるつもりらしい。
朝美はうやうやしくマスターに礼をする。
「ああ……いいなあ、若い女の子がいっぱい……私まで若返る気分……」
「変態か」
ゆかりの妙な発言に光がツッコミを入れる。
彼女たちを呼んだのは朝美だ。
朝美としては、真昼にとにかくにぎやかで楽しい誕生日を過ごしてほしいと考えた。
そのため、今の朝美に考えられるだけの大人数を古書店に招いたのだ。
「……な、なんか落ち着かないな」
「兄ちゃん、恥ずかしい真似すんなよ?」
「お前に言われたくないっての」
晴は女性が多いこの場所で明らかに落ち着かない様子であった。
自分を探すのを手伝ってくれたから是非に、と真昼が言ったのが彼が呼ばれた理由である。
もっとも、真昼にとってはそれは建前であるらしく、本来の目的は別にあるらしい。
朝美はそれがどういう理由なのかは全くわからなかった。
「まあそれはともかく、まひるん誕生日おめでとう!」
「……おめでとう。ね、るーちゃんも祝ってるよ……」
「真昼ちゃんおめでとうです!」
「うん、ありがとう由希ちゃん、恵ちゃん、エマちゃん」
そう言ったところで、玲奈の声がないことに気付く。
「玲奈ちゃん?」
「あ……ええと、その……ここ、人多くて……ちょっと緊張しちゃって……」
「あー、そっか、ごめんね、気付かなかった」
「う、ううん……大丈夫……お誕生日……おめでとう……」
そういうと玲奈ははにかみながらも真昼を祝う。
玲奈もこういう時の表情がずいぶん柔らかくなったと真昼は感じた。
「ええと、その、みなさん、今日は集まってくださって、本当にありがとうございます」
「お姉ちゃん、それお姉ちゃんが言う台詞ー?」
「い、いえ、でも、皆さんが集まってくださったのは、私も嬉しいことなので……」
朝美と真昼の様子を見て、皆がほっこりとした気持ちになる。
もうすっかりいつも通りに、いや、いつも以上に仲のいい姉妹に戻っていることを、この場にいる全員が喜んでいた。
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「えっと、玲奈ちゃんだよね。いつも恵がお世話になってます。姉の光です」
「……はい……その、よろしくお願いします……」
「まあ、ほら、アタシ相手にあんまり緊張しなくてもいいって言ってもそうはいかないと思うけどさ、アタシとも仲良くしてくれると嬉しいな」
「は……はい……!」
光と玲奈がそんな話をしている頃、由希はキッチンに来ていた。
「エマの爺ちゃん!あたしにも料理手伝わせてよ!」
「由希ちゃん、みんなと話をしなくていいのかい?」
「誕生日に話すことはまだ出来るけど、誕生日の料理を作ってあげるのは今しかできないから!」
「ふふ、そうかい。じゃあそこにあるネギを切っておいてもらえるかな」
「合点!」
由希とマスターはそう言って料理の準備をし始めた。
「晴お兄さんもおはぎどうぞです!」
「あ、あー、悪いけど俺ちょっとあんこは苦手で……」
「ああ……そうなのですか……」
「あ、あー、でも、ちょっと食べてみようかなー!」
「いいんですか!えへへ!」
「……『晴くん、あんこ、苦手』」
エマと晴が戯れている様子を見ながら綾子がメモを取り。
「恵ちゃん恵ちゃん、私の事もゆかねえって呼んで?」
「ええ……やだ……ゆかりはゆかり……」
「なんでー!?」
「……なんかこう……なんとなく……」
「納得いかないー!」
ゆかりは恵にフラれていた。
「……」
「あの、真昼さん……どうしました?」
「お姉ちゃん……どうもしてないけど、なんか変だったかな?」
「いえ、なんというか、こう……ぼーっとしているというか……」
そう心配そうに朝美が言うと、真昼は優しく微笑みを浮かべた。
そしてもう一度みんなの方を見る。
「ううん……みんなが祝ってくれて……楽しんでくれて……誕生日会、開いてもらってよかったな、って」
「……よかった」
「お姉ちゃんのおかげだよ。ありがとう」
そう言って二人で微笑みあう。
「こらこらー!二人で楽しまない!!ついでに真昼ちゃん、私のことお姉ちゃんって呼んで!」
「うーん、ゆかりさんは、ゆかりさんで」
「なんでー!!」
ゆかりが机に突っ伏すのを見て、朝美と真昼はまた楽しそうに笑うのだった。
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「さあ、準備が出来ましたよ」
「マスター……それは?」
微笑みながらマスターが持ってきたのは、でこぼこと穴のようなものが開いているホットプレートだった。
由希はその後ろから、野菜やたこなどを運んできていた。
「あー!おじいちゃんのたこやきです!」
「たこやき!」
真昼が嬉しそうな声をあげる。
「実はこう見えて昔は関西の方で暮らしていましてね……カフェには少しそぐわないので普段は家族で食べているのですが、こういう機会なら、アリなのではないかと思いましてね」
そういうとマスターは慣れた手つきでホットプレートに油を塗り、たこやきの生地をプレートに流し込み始めた。
「普段たこやきってあんまり食べないけど……なんだか、もう美味しそう……」
「……おうちで焼くのを見るのなんて、はじめて」
その様子を綾子と恵が興味深そうに眺める。
綾子に至っては、たこやきの作り方の工程を逐一メモに取っていた。
「あ、マスター!私タコ抜きで!」
「ええ……ゆかりお前、たこやきのたこ抜きって何言ってんの……」
「それは違うよ光ちゃん」
何故かゆかりは今までにないほどの真面目な顔で光を見る。
その様子に光も少したじろいた。
「たこやきにはたこが必要だと思っているのが間違いなんだよ。たこやきはたこが入ってない方が美味しいんだよ」
「それあんたがただたこが嫌いってだけでしょ!」
「見損なわないで!!私が嫌いなのは海鮮物全般!!」
「なんでちょっと誇りみたいに言ってるの!」
その様子を見て思わず玲奈が笑みをこぼした。
それを見たゆかりはなぜか勝ち誇った顔をして、光を一層呆れさせた。
「まあまあ、それが出来るのも家のたこやきの醍醐味のひとつですからね」
「ほら、マスターもこう言ってくれてる!」
「マスター、あんまりゆかりを甘やかさないでください……」
マスターは焼けたたこやきをくるりと器用に回転させる。
これには朝美や真昼も思わず見とれた。
「ソースとマヨネーズ、あおのりもあるけど!ネギや大根おろしもあるぞ!野菜乗せても美味しいぞ!」
そう言って由希が野菜を乗せたたこやきを薦めてくる。
……由希はちゃんと野菜を美味しく食べる方法を考えてくれている。
押し付けているように見えて、彼女なりにいつも考えていたことなのだろう。
と、思うが初対面のきゅうりのことを考えるとややその考えがゆらぎもした。
だが、結果としてそれも良い方向に進んだと、今は考えることができる。
「……おいしい」
「ほら、ソースついてる」
「んん……」
そう言って恵の口周りについたソースを拭う光。
……この二人は少し仲が悪いように見えても、とても仲が良いことがいつしか伝わってくるようになった。
前は彼女たちのような関係になるべきなのかと思いもしたが、いまは少し違う。
彼女たちはお互いに真っ直ぐに付き合っているから、あのような関係でいるのだろう。
ならば、私も真昼と真っ直ぐに付き合えば、きっとそれがいい形になる。
今は、とりあえずそう考えている。正しいかどうかは、これからわかるはずだ。
「おじいちゃん!おじいちゃんもちゃんと食べるです!ね!」
「はは、ありがとう、大丈夫だよエマ」
エマはマスターに自分のたこやきをわけてあげていた。
……エマは本当にいつでも明るくて、でもきっと、真昼と同じように悩むこともあったんだろうなと今は思う。
それでも、彼女は持ち前の明るさですべてを乗り切ってみせる。
それは自分には出来ないことのように思えていた。
だが、きっとそうではないのだと思う。
やり方が少し違うだけで、私にも出来るのではないか、そう思えた。
「あ、あの、ゆかりさん……あ、えーと、ゆかりお姉さん、たこ抜きのたこやきですけど……」
「優しい!玲奈ちゃん優しい!もうチューするしかない!」
「わ、ひゃ、た、たすけてー!」
「やめなさいゆかり!!」
玲奈に襲い掛かるゆかりを光が止めに入る。
……玲奈はとても心優しく、しかし人に誤解されやすい少女だった。
それを変えるきっかけとなったのは周りの優しさだろうが、一歩踏み出したのは紛れもなく彼女だった。
彼女にはとても影響を受けたし、少しだけ影響を与えられたような気もする。
自分には出来ない、と考えるのをやめたもうひとつのきっかけだ。
「……お姉ちゃん?どうしたの?」
「……いえ、本当に……感謝してもしきれない、と思いまして」
そう、彼女たちにはいくら感謝してもしきれない。
光やゆかり、マスターももちろんだ。
そして、もちろん一番感謝しているのは。
「……真昼さん、あなたには、いくら感謝してもしきれません」
「お、お姉ちゃん……そ、そういうのあんまりまっすぐ言われると、ちょっと……照れる……」
そして、その時に気付いた。
自分は、真昼に感謝したくて誕生日を祝おうと思っていたのだと。
「……でも、ありがと」
「……はい、私こそ、ありがとうございます。真昼さん」
「あ、お姉ちゃん!私たちもたこやき食べないとなくなっちゃうよ!」
「そうですね……いただきましょう。たこやき」
朝美と真昼はたこやきを食べ始める。
外側はしっかりと焼け、中は熱い生地がとろり。紅ショウガや青のり、かつおぶしの風味がとても美味しい。
それはそれとしてあまりの熱さに朝美は若干ちょっとだけ涙目になった。
「……ん、今がちょうどいいかな」
ふと、真昼は何かに気付いたように立ち上がり歩き出した。
どうやら向かうのは、晴と綾子がいる方向だ。
朝美がその様子が気になり、少しだけ眺めていることにした。
「晴さん、高校ってどんなところなのか教えてくれませんか!」
「ええ?いや、どんなところって言われても」
「いつか行くときのために知っておきたいんです!」
真昼は晴にフレンドリーに話しかける。
それを少し遠巻きから、羨ましそうな恨めしそうな複雑な表情で眺めていた見ていた綾子であるが、不意に真昼に声をかけられる。
「綾子さんも同じ高校なんだよね!」
「えっ!?え、う、うん……」
「そうだ、この間のこともう一度聞きたいな!晴さんも知ってるの?インコの話!」
「え、ああ、インコって……あれのことか?」
そうして真昼は、晴と綾子を交えて会話をしはじめる。
しばらくそんな事を話していると、真昼が思い出したように綾子に話を振る。
「そうだ、綾子さん、この間は本当にありがとうね!綾子さんのおかげで私、お姉ちゃんと仲直りできたよ!」
「ええ!?い、いやあ、別に、私は何も」
突然褒められたことに対して綾子は大いに慌てた。
それを見た晴も、綾子をちらりと見て口を開いた。
「なんていうか……俺も、海老沢のことすごいと思うよ。雨の中知らない子の相談に乗ってあげるってなかなか出来ることじゃないと思うし」
「うひぇい!?」
晴のその発言に綾子は先程とは少し違う意味で慌てて顔を真っ赤にする。
「いや、まあ、本当によかったよな」
「……う、うん、そうだね……!……あ、あの、もうちょっとだけ、話そうよ、小清水くん!」
「ん、おう……い、いいけど……」
そうしていつしか二人で会話をしはじめた様子を確認した真昼はそっと朝美のほうに戻ってきた。
「真昼さん、お二人と何を話してきたんですか?」
「んー、ちょっとした恩返しの話かな?」
「?」
そのように、真昼たちはそれぞれ思う存分に食事を楽しんだ後、誕生日会はクライマックスを迎えることになる。
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「まひるん!これあたしからな!」
そういうと由希はかぼちゃの形をしたものを真昼に渡した。
「えーっと、なにこれ」
「かぼちゃのペン立て!」
「こういうのどっから見つけてくるの……?」
真昼は不思議そうな顔をしてそれを見る。
本物のかぼちゃというわけではなく、それを模したプラスチック製のペン立てだ。
「まひるんペン立てみたいなのほしいって言ってたからな!」
「んー、でも確かに逆にかわいいかもしれないね、ありがとう由希ちゃん!」
「兄ちゃんはなんも用意してない気の利かないやつだからその分な!」
「まあ、金を出したのは俺だけどな」
誕生日のクライマックス、それはプレゼントだ。
誕生日を知らせてからわずかな時間しかなかった中でも、みんなプレゼントを用意してくれた。
そのことだけでも、真昼はとても嬉しく思っていた。
「……あの、真昼……これ……ハンカチ……私とひかねえから……」
「わあ、かわいいねこれ!」
それはとても肌触りのいい布で作られたハンカチだった。
片隅にはM.Aという刺繍も入っている。
「うん……お姉ちゃんが作って……私も、刺繍手伝った……」
「こんな急ごしらえのでごめんね真昼ちゃん」
「そんなことないです!ありがとうございます!」
その様子をエマがカメラで撮っていく。
そして、自分も真昼へのプレゼントを手渡した。
「真昼ちゃん!私は真昼ちゃんに似合いそうな帽子をおじいちゃんと買ってきましたです!」
「ふふ、私はエマの付き添いに行っただけだがね」
エマから帽子を受け取った真昼はさっそく身に着けてみる。
ベージュ色のキャスケット帽は真昼にとてもよく似合っていた。
「どう?どう?」
「似合うです!」
「うん、真昼ちゃんにぴったりだ」
「私も、そう思います」
「えへへ!」
エマとマスター、そして朝美に褒められて真昼は嬉しそうに笑い、くるりと回ってポーズをとった。
その様子をエマはぱしゃりと本物のカメラマンよろしく、写真に収めていった。
「真昼ちゃん、その、お誕生日おめでとう、これ、私から」
玲奈がそう言って渡すのはガラス製のポプリポットとポプリだ。
それを渡した玲奈がもじもじしながら言う。
「あ、あの……私、ポプリとか作るの好きだから……だから、もしよかったらこれからなんでもない時でもプレゼントできたらいいなって……」
「そんなこと考えてくれてたの!ありがとう玲奈ちゃん!」
「う、うん……!」
そういって二人が嬉しそうに笑いあう。
次に来たのはゆかりだ。
「私のプレゼントはペンダントです!どうかな?どうかな?」
「わあ、ゆかりちゃんこういうの結構買うの?」
「あんまり!」
その言葉に真昼はちょっとだけ苦笑いをするが、そのペンダントはとてもかわいらしく真昼の好みにとても合っていた。
ペンダントも身に着けた姿を、エマが楽しげに写真を撮る。
「えっと、私からはこれ」
「綾子さんも用意してくれたの!」
「大したものじゃないんだけどね」
そう言って渡したのはメモと蛍光ペンのセットだ。
「かわいい!ありがとうございます!」
「これあたしのペン立てにぴったりじゃん!」
「あはは、本当だ」
由希の言葉に、綾子も同意する。
さっそくあとでこのペンを入れておこうかな、と真昼は思ったのだった。
そして最後に朝美が少し緊張した面持ちでプレゼントを渡す。
「あ、あの、私は、芸がないというか、あんまり真昼さんに合うプレゼントではない気がして、その、申し訳ないのですが……」
それはしっかりとした装丁の厚めの本であった。
なかなかずっしりとした重さで読むのが大変そうである。
「はい。私が真昼さんぐらいの頃に初めて読んだ本と同じものなんです」
「そっか……」
それを聞いた真昼はなんだか嬉しい気持ちがこみあげてくる。
「……もし、気に入ってくれたら、嬉しいなと思いまして……面白くなかったら、その、ごめんなさい」
真昼は首を横に振って、その本をぎゅっと抱きしめると満面の笑みを朝美に向けた。
「……ううん、すごくうれしいよお姉ちゃん!大事に読むね!」
「は、はい。ありがとうございます」
「もー、プレゼントあげる側がお礼言ってどうするの!」
その言葉に、その場にいる全員がとても幸せそうに笑いあった。
「さて、私からはこのケーキを真昼さんにプレゼントしましょう」
「やったー!ケーキだー!」
「こら由希、真昼ちゃんより喜ぶんじゃない」
マスターがろうそくをケーキの上に立て、火をつける。
そして、そのろうそくの火を真昼が吹き消した。
こうして、真昼が天崎古書店に来てからはじめての誕生日会は無事幕を閉じたのであった。
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「楽しかったー!本当によかったねお姉ちゃん!」
「……はい、そうですね」
「うーん、もう食べられないかも、えへへ」
真昼はそういいながらごろんと床に寝転がった。
みんなが帰り、少しだけ静かになった天崎古書店。
朝美は、少しだけ考えてから、それを渡すことにした。
「……真昼さん、実はもうひとつ、あるんです。プレゼント」
「えー?もうたくさんもらったのに?」
「はい。これです」
少し大きめの箱を真昼に渡す。
真昼は不思議そうな顔でそれを開ける。
中には空色のかわいらしいバッグが入っていた。
「お姉ちゃん。これ……」
「……」
真昼は、それを見た瞬間、信じられないといった表情で朝美を見た。
朝美は少しだけ顔を伏せた。
「……私……言ってないよね?……お姉ちゃんに……言ってなかったよね……?」
「……前の実家当てに、届く予定だった宅配便がひとつあったんです」
朝美は頷いて、少しずつ語り始める。
真昼は、固まった表情のまま、そのかばんを少しずつ抱きしめる。
「真昼さんの誕生日に届く予定になっていたんですよ」
「じゃあ、じゃあ、これは。これって」
「……はい。正真正銘、それはお父さんとお母さんからの、真昼への誕生日プレゼントです」
正直なところ、朝美はそれを真昼に渡すべきかどうかとても悩んだ。
知らないままの方が、彼女は楽しく誕生日を終えられるのではないかとも考えた。
でも、それは両親の思いを無視することになると朝美は考えた。
故に誕生日会が終わってみんなが帰った後、それを渡すと決めた。
「……う、うう……」
真昼は、その鞄を大事そうに一度鞄の中に戻し、こらえきれなくなった感情をあふれさせた。
そして顔を隠すように朝美に抱きついた。
朝美はその様子を見て申し訳なさそうな声を出す。
「ま、真昼さん……あの、私……」
「違う、違うよ……嬉しいよ、とっても、とっても嬉しいんだよ!……でも、でも……お姉ちゃん、ごめん……私、ちょっと……こうさせて……うあああああああああああん!!」
真昼はしゃくりあげながらそれだけ言い切ると、大声で泣き始める。
朝美は、真昼の頭を優しくなでながら、しっかりと抱きしめた。
真昼が落ち着くまで長い間、二人はただただそうしていた。
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「……お姉ちゃん……ありがとう。本当にありがとう……」
ほんの少しだけ落ち着いた真昼はまだぐしゃぐしゃの顔をゆっくりと朝美に向けて、それでも笑顔を作ってそう言った。
朝美はただ優しく微笑んでもう一度真昼をしっかりと抱きしめる。
そんな朝美と真昼を、空色の鞄は優しく見つめていた。
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