一昔前の文学的キーワードに「不意打ち」というものがあって、それは凡庸な日常にすぎないものがふとした出来事によって見せ方をがらりと変えてしまうことをひとまずは意味するのだが、もちろん急に自分の知らない妹に訪問を受ける体験が不意打ちでないはずがない。
本作は両親と離れて古書店を営む天崎朝美(27)が、ある日妹と名乗る真昼(8)から両親の死の報せを受けるところから始まる。
とはいえ、それをきっかけ世界の危機などをめぐる物語が動き出すわけでもなく、確かに急に娘のような歳の子を保護しなければならなくなった朝美からすれば大事件だろうが、読者からすればささやかにすぎる日常を描いた日記のような物語が綴られる。
そこではまるで時が止まったかのようであるが、古書店という舞台自体がそういった磁場にある。
本作の醍醐味はそのゆっくりと流れる時間を楽しむことにあるが、実際には8歳の妹を保護することになったことにより、この作品の時間はむしろ動き始めている。
それはいずれ子が親離れすることに基づいた、切ない時間制限の中の穏やかさなのである。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)
天崎朝美という少し停滞的で、退屈さを肯定できる場所で生きていた少女に訪れた『年の離れた妹・真昼』という異質な存在。
朝美は困惑しつつも真昼と向き合い、世界との繋がりとその広がり、そして己の内面をも再発見する。そしてそれは朝美自身の生き方を大きく前進させていく。
新しい環境にたくましく適応する真昼を取り巻く少女達の可愛らしい日常だけでなく、これまでもずっとそこに存在していた喧騒の中に新たに足を踏み出していく朝美の日常、その二面が並行し、交錯し、時に衝突しながらそれでも優しく日々は続いていく。
曇天の朝、灰色がかった霧の中を歩く旅人。その視界に昼の光が差し込むと、世界が青々とした空と自然の音を取り戻す、そんな情景が目に浮かぶ温かな小説でした。
元気な妹に翻弄される姉。
そんな構図が生み出す刺激に富んだ日常――という魅力は確かに備えつつ、
一方で、姉妹を包み込む情景は、いつも柔らかい色彩で脳裏に描かれます。
妹の交友関係を通して改めて見る商店街には、朝美さんが気付いていなかった様々な人のつながりがある。
それを意識し、時に怯み、しかし不器用ながらも足を前に出す彼女が少しずつ世界を広げていく姿は、読んでいて心を解されるものがありました。
そしてもちろん、登場人物たちがみんな可愛い!
中心にいる朝美さんがまったく羨ましくなりますが、その朝美さんも可愛いので隙が無い。
この先起こる騒動からも目が離せません。
親を亡くした独り暮らしの女の子が、年の離れた小学生の妹と一緒に暮らす……という時点で、読者としてはほっこりとした気持ちになれる優しい読み味を求めるものだと思います。この作品は、そういったニーズに100パーセント答えられるのではないでしょうか。
とにかく、出てくる子がみんなかわいい。主人公朝美さんの内気(というか根暗?)ながらも根はいい子っぽいとことか、真昼ちゃんの利発な感じとか、由希ちゃんの無軌道な感じとか。キャラクターがみんな、生き生きと動いている感じがします。
特に、朝美さんの淡々とした視点は、かっちり目の文体ともマッチしていて、完全に読者視点なんですね。だから、同じテンションに巻き込まれず、子どもたちがはしゃぐ姿と、それに朝美さんが困る姿を、ゆったりとした気持ちで見守れます。
朝美さんが今後、どのように変わっていくのかも楽しみに読ませていただきます。