第13話 涙の行き場
「八木沢元蔵、及びその仲間。美原村を壊滅させ、朝廷にのみ許された神薬魔招散を奪うとは非道の極み。おとなしく縄につけ」
光之助が冷たく言い放つと、左右の武士が元蔵の身体を押さえた。
「ど……どういう事でございますか? 浦野様、何をおっしゃいますか!」
元蔵が身体を震わせながら食い下がるが、浦野光之助は無言のまま嘲るように元蔵を見下ろしていた。
「お、俺達は浦野様の為に……!」
元蔵はもがいたが、すぐに太い縄でがんじがらめに縛り上げられてしまった。
光之助が手を上げて何か合図を出した。
一斉に数発の銃声が轟いた。
離れたところで息を飲んで成り行きを見守っていた、八木沢党の男たち五人が撃たれた。
「ち、畜生……! 騙したな!」
元蔵が目に涙を浮かべて喚いた。
「我らが貴様らを使って魔招散を奪わせたなんて事が世に知れるわけにはいかん。悪いが全員死んでもらう。頭目の貴様は、殿の裁きの後、見せしめに市中引き回しの末に磔だ」
光之助は嘲笑った。
「ふ、ふざけるな!」
元蔵は怒りに燃えて身体を動かしたが、固い縄に縛られてはどうにもならない。
そして光之助は蓮十郎を見てにやりと笑った。
「蓮、お前がこいつらのほとんどを始末してくれて助かったぞ。無駄な労力を省けた。そして今、お前を捕らえればまさに一石二鳥」
「…………」
蓮十郎は眦を吊り上げて光之助を睨む。
その瞳の奥には、怒りの火が燃え始めていた。
「蓮、
焔月とは、蓮十郎の刀の号である。行平と言う名刀工の作で、正しくは
「いかにお前が天眼で銃弾の飛ぶ位置がわかっても、これだけの数の鉄砲からは逃れられまい」
光之助が冷笑した。
蓮十郎は光之助を睨んだまま納刀し、金粉朱塗りの鞘ごと焔月行平を放り投げた。
「それでいい。綾川蓮十郎、上野宗助を斬った罪で捕らえる。縛り上げよ」
光之助が命令を下すと、兵士達数人が蓮十郎に駆け寄り、また太い縄で蓮十郎を縛り上げた。
その間、蓮十郎の鋭い眼光は光之助から動かない。
「光之助、またやりやがったな。自分の出世の為には平然と他人を利用し、捨てる。その汚え手口をよ」
蓮十郎の瞳の光が、怒りによって段々と強くなって行く。
「何の事やら」
光之助はとぼけるように笑った。
「許さねえ……」
蓮十郎の語気が燃え上がった。
「せいぜい言っていろ。その状態では何もできまい。俺としては、本当は今すぐにでもお前を斬りたいところなんだが、殿は、自らの手でお前を成敗なさりたいらしい。必ず生きて捕らえて来いと仰せだ。明日、ちょうど殿がこちらを視察しに来る予定になっている。その時に、八木沢党と一緒にお前も裁いていただく。そしてお前は晒し首だ。あっはっはっ……」
光之助が高笑いを上げた。
そこへ側らの兵士が横から言った。
「あそこに一人、娘がおりますが、どうしますか? どうやら美原村の生き残りのようです」
「何?」
光之助は言われた方向を見た。縛られている凛の姿があった。
「ふむ……」
光之助は、凛の方へ歩いて行った。
凛は光之助の顔を見ると、背筋に何とも言えない寒いものを覚えた。
目の奥がとにかく冷たいのだ。
蓮十郎も冷たい目つきをすることがあるが、それでもまだ蓮十郎の瞳の奥には人の体温と言うものが感じられる。
だが、この光之助の目の冷たさからは、それが感じられなかった。
凛は思わず目を逸らした。
そんな凛をまじまじと見た光之助は言った。
「いい女だな……。本来であれば、俺の計画を知った美原村の生き残りをそのままにしておくわけには行かん。だが、少し思うところがある、もう少し生かしておこう。あの二人と共にどこかに閉じ込めておけ」
こうして、蓮十郎と凛、そして八木沢元蔵は、八木沢党の山塞の中の牢に収容された。
薄暗い牢の中に入れられた蓮十郎、凛、そして八木沢元蔵の三人。
「まさか、自分で造った牢に入れられるとはなぁ……」
八木沢元蔵は、それまでの野武士集団の頭目としての尊大な振る舞いとは打って変わり、しょんぼりと小さくなっていた。
凛は元蔵を睨みつける。
「これまでの悪行の報いよ」
「…………」
元蔵は言い返す事ができず、凛と目を合わせられなかった。
蓮十郎は壁にもたれかかり、そんな二人を見てにやにやと笑っている。
「私の父と弟を殺し、村の皆を殺した悪事、許せないわ!」
凛は我慢ができず、元蔵に飛びかかって殴りつけた。
「痛っ……ちょ、ちょっと待ってくれ!」
元蔵は両手を挙げて防ごうとするが、凛はお構いなしに拳を叩きつける。
蓮十郎は女の細腕と言ったが、それでも凛は武術の鍛錬をしている分、その力は十分に強かった。
「す、すまねえ、姉ちゃん! この通り謝る! 俺も騙されてたんだ。本当はあんな事やりたくなかったんだ!」
元蔵は殴られているにも関わらず、抵抗もせずに平謝りする。
「うるさいわね! 騙されてようが知った事じゃないわ! 私の家族や村の皆は帰って来ないのよ!」
凛は目に涙を浮かべながら元蔵を殴る。
だが、殴られている元蔵もまた涙を流していた。
「ほ、本当にすまねえ! 心から悪かったと思ってる……!」
「うるさい! 剣があれば……剣があればあんたを斬るのに!」
凛は泣きながら元蔵を殴り続けた。
蓮十郎はおかしそうにその様を見ていたが、流石に見かねたらしい。
「もうその辺にしておけ」
と、凛の身体を後ろから羽交い絞めにして止めた。
「放してよ! それにどこ触ってるのよ!」
凛はもがくが、蓮十郎の力には抗えない。
「あんたの家族や村人たちを殺したこいつの罪は到底許されるもんじゃねえ。だが、こいつは浦野光之助に騙され、その命令でやってたんだ。あんたの家族を殺した張本人はこいつじゃねえ、光之助だ」
「でも……」
「気持ちはわかる。でも見ろ。こいつも涙を流してる」
元蔵の俯いているその顔からは、熱い雫がぽたぽたと落ちていた。
凛は複雑そうな顔となり、手を下して俯いた。
元蔵が声を絞り出すように言った。
「俺達は確かに沢山の悪事を重ねて来たが、皆根っからの悪人じゃねえんだ。俺の親父はちょっとした誤解で伊賀を追放された忍びだった。しかも、伊賀の連中が諸国に手を回して俺の親父がどこにも仕官できないようにしちまったから、親父と俺は仕方なく山賊まがいの事をして生き延びて来たんだ」
「ほう……」
蓮十郎と凛は、元蔵の語りに耳を傾けた。
「他の連中も皆似たようなもんだ。皆、ほんのちょっとの間違いや誤解で、世の中からはみ出してしまった奴らばかりなんだ。そりゃあ俺達は一時は落ちるところまで落ちてどんな悪事をしてもそれを楽しむようになって行った。だけど、皆、心の奥底に、ほんの一筋の糸のような良心は残っていたんだ」
「…………」
「到底無理だろうけど、もしできるなら、いつかは恥じる事なく堂々とお天道様の下を歩けるようになりたい。どこかに仕官して全うな暮らしをしたい。そんな思いがいつもどこかにあった。そしてある時、この辺の領主になったばかりの浦野が近づいて来たんだ。美原村の人間を皆殺しにして魔招散を奪って来れば、全員織田家に召し抱えてやるってな」
蓮十郎が忌々しげに舌打ちした。
「頭である俺は当然思ったさ。自分達が全うな暮らしをする為に、何の罪も無い村を皆殺しにしていいものか、と……。だけど、俺達はやっぱり馬鹿で、まだ悪人の心が抜けていなかったんだろうな。俺達は自分達が真人間になりたいが為に、その話に乗ってしまった。真人間になりたいならそもそもそんな事をやるべきじゃなかったのに……。そして結果はご覧の通りだ。全てあの浦野に騙され、利用され、そして捨てられただけだった」
そこまで言うと、元蔵は突然頭を床に叩きつけた。
「姉ちゃん、すまねえ! この通りだ! そこの兄ちゃんが言う通り、確かに張本人は浦野だ。だけど、その企みに乗って手を下してしまったんだから、やっぱり罪は俺達にある」
「…………」
「許してくれなくてもいい……だけどせめて謝らせてくれ!」
元蔵は涙を流しながら、何度も額を床に叩きつけた。
その様を見ると、凛はもう何も言えなくなった。
複雑な感情が入り混じり、自分でもよくわからなくなった。
「わかったわ……もういい……」
「すまねえ、本当に……」
「今回の事の張本人はあの男だから」
凛はふうっと一つ、やるせない溜息をついた。
「それにしてもあの浦野って男、信じられないわ。魔招散を織田信長に献上すれば喜ぶだろうからって、こんな事までするなんて」
凛が怒りを募らせる。
「あいつならこれぐらいやっても不思議じゃねえよ」
蓮十郎が横から冷静な口調で言うと、
「なあ、そうだろ、光之助?」
と、牢の向こうへ問いかけた。
凛と元蔵がその方を振り向くと、廊下の向こうから、浦野光之助が数人の部下を従えてこちらへ歩いて来ていた。
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