第12話 真相

 元蔵の袈裟斬りが眼前に迫る。

 蓮十郎は咄嗟に右に飛んだ。文字通り紙一重で避けた。

 そこへ、元蔵は更に追って下から斬り上げる。部下の男達とは違い、格段に鋭く速い太刀筋であった。

 蓮十郎は振り下ろして受け止めると、数歩後ろに飛び退き、下段に構えた。


「流石に頭だけある、やるじゃねえか」


 蓮十郎が笑うと、


「へっ、舐めるなよ。俺はあいつらとは違う。そう簡単にはやられねえぜ」


 元蔵が八相に構えながらじりじりと間合いを詰める。


「だけどまだまだ俺にはかなわねえな。かかって来い、髭もじゃ不細工」


 蓮十郎が冷たい目で馬鹿にしたように笑った。


「また不細工とか言いやがって……ふざけるなよ!」


 元蔵が風を巻いて袈裟に斬りかかって来た。

 蓮十郎は左に飛んでかわすと、右薙ぎに払う。

 元蔵は寸前で受け止めると、数歩飛び退き、更に後ろへ走った。


「逃げるのかよ!」


 蓮十郎が追って行こうとすると、元蔵は懐から丸い球を取り出して蓮十郎の方に投げつけた。

 蓮十郎は反射的にそれを斬った。


 すると、ぼうっと白い煙が大量に湧き出て、蓮十郎を包んだ。


「うっ……しまった、煙玉か!」


 白煙に視界を遮られ、何も見えない。

 おまけに、目にしみる。蓮十郎は目を開けることができなかった。


「俺は元々伊賀者なんだよ!」


 元蔵が得意気に言う。


 だが、蓮十郎は目をつぶったままにやりと笑っていた。


「ここからどうするんだ? やってみろよ」

「何っ? どこまでも舐めやがって」


 元蔵は怒りに顔を赤くして、白い煙の中へ斬り込んだ。


 蓮十郎はまだ目をつぶっている。

 元蔵は上段から唐竹に斬り下ろした。


 だが、蓮十郎はそこにいなかった。

 目をつぶったまま右に飛んでそれを躱していた。


「え……」


 元蔵は驚いて目を丸くした。

 しかし、すぐに再び斬り込む。

 だが蓮十郎、今度は何と、目を閉じたまま剣を振り上げてそれを受け止めた。

 それどころか、続けて蓮十郎は蹴りを放った。

 まともに腹に食らった元蔵が吹っ飛んだ。

 その間に、蓮十郎は駆け出して、煙の中から抜け出した。


「て、てめえ……一体どうやって……」


 地に転がった元蔵が唖然とする。


「目は開けなくても、俺は天眼で見えるんだよ」


 蓮十郎はゆっくりと目を開けながら言った。


「くそっ」

「さて、もう終わりだな」


 蓮十郎は元蔵に冷笑を向けると、地を蹴った。


「畜生!」


 元蔵は応戦するべく刀を正眼に構えた。

 だが、もはや勝負は決まっていた。

 蓮十郎と元蔵は上下に数合打ち合ったが、蓮十郎の太刀筋はますます鋭さを増し、元蔵は追い込まれて行く一方であった。

 そして、ついに元蔵が体勢を崩して地に転んだ。

 慌てて立とうとするが、その眉間へ、蓮十郎の剣の切っ先がぴたりとつけられた。


「終りだな」


 蓮十郎がにやりと笑う。


 だがその時、


「そこまでだ!」


 と大喝が飛んだ。


 蓮十郎は切先を元蔵に突きつけたまま、その声の方を振り返った。

 凛もまた、身体を捻ってその方を振り返る。


 そこには、三十人ばかりの武装した兵を引き連れた、一人の若武者が立っていた。


「あ……」


 凛は、それを見て顔を輝かせた。

 彼らの軍装は、織田家の物であったからだ。

 兵達の数人は、織田木瓜の家紋が入った旗を背負っている。


 先頭の若武者は、大声で言った。


「大倉城主、浦野久行である。神妙にいたせ」


 それは浦野光之助であった。


(やっと来てくれた……、もう遅いけど、正式にこの男を裁いてくれれば、父上も弥平次も、村の皆も少しは報われる……)


 凛は複雑な気持ちであったが、一安心した気持ちであった。


 だが、蓮十郎の顔は違った。

 かつての親友でありながら、蓮十郎を陥れた男である。

 刺すような目つきで、光之助を見つめていた。


「光之助……」


 蓮十郎が呟いた。


「蓮、こんなところにいたのか」


 浦野光之助もまた、蓮十郎の顔を見て言った。

 互いに何を思うのか、二人は睨むように見つめ合った。


 その時、意外な言葉が蓮十郎の足下から飛んだ。


「浦野様! お助けください! 魔招散はすでに手に入れてあります!」


 元蔵が悲鳴を上げた。


「え……?」


 凛が驚愕して元蔵を見る。


「どういうこと……?」


 凛は理解できずに口をぽかんと開けていた。


 だが、蓮十郎は驚いていない。

 表情を変えぬままに吐き捨てた。


「全て光之助の指示だったって事だ」

「え……?」

「あいつの指示で、八木沢党に魔招散を奪わせたんだ」


 光之助は、無表情に蓮十郎の顔を見つめた。

 蓮十郎は言葉を続ける。


「それを飲めば天下無双の力を得ると言う朝廷にのみ許された禁断の神薬、魔招散。武力で美原村を脅してそれを奪えば天下の非難を浴びるだろう。だから、八木沢党に奪わせたんだ。そして八木沢党が魔招散を手に入れたところで、織田家が形だけでも八木沢党を征伐したことにすれば、自らの手を汚さずして魔招散を手に入れる事ができる」

「そんな……」

「だが、ただ奪わせるだけじゃ駄目だ。八木沢党を征伐しても、朝廷にのみ許された秘薬だ。返すべき美原村が残っていれば、取り上げた魔招散を美原村に返さなければならない。だから、八木沢党に村の人間を全て殺させ、村を壊滅させたんだ」

「…………」


 凛は青ざめた顔で絶句した。


「恐らく、八木沢党に美味い餌を与え、この非道な汚れ役を全部押し付けんだろう。そして自分達は世間の非難を一切浴びず、堂々と魔招散を手に入れる……汚いやり方だ」

「…………」

「鉄砲は光之助が手配して渡したんだろう。そして、討っても討っても八木沢党の人数が増えるのも、光之助が織田家から人をよこしてるからだ」

「ひ、酷い……そんなことを……」


 凛の身体が震え始めた。

 蓮十郎は光之助に冷ややかな視線を向けた。


「そう言う事だろう、光之助?」


 光之助は鼻で笑った。


「ふっ、流石だな。全部見抜いたか」

「てめえ、そこまでして魔招散を狙う目的は何だ?」

「殿は最近魔招散の存在をしり、興味を持ち始めている……そこで俺が、先んじて殿に魔招散を献じようと思ってな。殿はきっと大喜びなさるだろう」

「そんなことの為に村一つを滅ぼしたのか……また出世の為か? どこまでもてめえは出世の為には手段を選ばねえんだな」


 蓮十郎が怒りの目を剥く。


 その二人の会話の隙をつき、元蔵が蓮十郎の剣の切っ先から逃げ出した。


「あ、この野郎!」


 蓮十郎が振り返った時、轟音と共に銃弾が耳元を掠めて行った。


「蓮、動くな!」


 光之助が叫んでいた。


「ちっ……」


 蓮十郎が忌々しげに舌打ちし、脚を止めた。

 多数の銃口が蓮十郎に向けられていた。


「お前は罪人であることを忘れるな」


 光之助がにやりと笑う。


 元蔵が魔招散の木箱を手に取り、光之助の下へ走った。


「これでございます」


 元蔵は満面の笑みで木箱を差し出した。

 光之助は表情を変えず、無言でそれを受け取った。


「私の仲間達はもうほとんどあの男にやられてしまいましたが、あそこにまだ五人程残っております。これで、私達を正式に召し抱えてくれる約定、果たしてくださいますな」


 元蔵が確かめるように言った。


「そう言うことかよ……」


 蓮十郎が吐き捨てた。


 だが、光之助は虫けらを見るような目で元蔵を見た。


「何の事だ?」

「え……?」


 元蔵の顔が引きつった。


 蓮十郎と凛も顔色を変えた。

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