第11話 八木沢党との決戦

「ここまで順調に来られたのは逃げられない為の罠だ」

「女一人に随分慎重なのね」

「てめえを逃がすわけには行かねえからな。生きて捕らえなけりゃならん。そして魔招散の飲み方を吐いてもらう」

「飲み方……?」

「とぼけるなよ。きっと何か特別な飲み方があるんだろう?」


 元蔵はゆっくり進み出て来ると、木箱から中身を取り出した。

 即ち魔招散――それは、薄い褐色をした、粉末を固めて棒状にしてある物だった。


「魔招散……薄汚い盗人め、返せ!」

「あのえらく強い若造が三日経てば村から出て行くことは知っていた。そしてあの若造が村から出て行ったのを確認してから、一気に村を襲い、全員殺して魔招散を奪って戻って来た。そして、さっき試しに少し削って飲んでみたんだが、何も起きやしねえし、何か変化する兆しもねえ。そこで俺は思い当たった。きっと村の人間にしか知らねえ特別な飲み方があるんだと。だが、美原村の人間は皆殺しちまった。これは大失敗だ、と思って頭を抱えてたんだが……俺はついてるぜ。唯一てめえが生きていて、しかものこのことこちらにまで出向いて来てくれたんだからな」


「…………」

「さあ、言え。言えば命だけは助けてやってもいいぜ? 但し、俺達の奴隷になるけどな」


 元蔵が言うと、配下の男達が一斉に下卑た笑い声を上げた。


「下衆……知ってたとしても言うと思うか」

「言わねえんだったら言わせるまでよ」


 元蔵の言葉に反応し、四方を囲む男達がそれぞれ刀を構えながらじりじりと距離を詰めて来た。


 ここはもうやるしか無い。

 そしてやるんであれば先手必勝――、と、凛はいきなり踏み込んだ。上段から元蔵に斬りつける。


「おっと」


 しかし元蔵は抜き打ちざまにそれを打ち払うと、返す刀で左薙ぎを放った。


 凛は水平に振って受け止めるや、袈裟に斬りつけた。

 だが、元蔵はまたも容易く打ち払うと、凛の腹に蹴りを入れて突き飛ばした。

 凛は仰向けに倒れたが、すぐに立ち上がって体勢を立て直す。


「よし、てめえら、殺さねえように気をつけてやれよ。刀を奪って縛り上げるんだ」

「承知!」


 元蔵の命令で、配下の男達が一斉に凛に襲い掛かった。


 凛は死にもの狂い。文字通り死ぬつもりで剣を振った。

 しかし、如何せん周囲の多勢に比べて凛の孤剣、あっと言う間に刀を跳ね飛ばされ、抵抗虚しく縛り上げられてしまった。


「放せ!」


 凛は縛られても尚、気丈に抵抗した。


「はっはっはっ……威勢のいい姉ちゃんだな。聞けば、あの桐谷三太夫の娘だそうだな。親父の仇を取りたかったんだろうが、残念だったな」


 元蔵がにやにやと笑う。


「父だけじゃない! 弟や、村の皆の無念、必ず私が……!」

「ん? 私が? どうするって言うんだ? 縛られてるくせによ」


 元蔵がせせら笑うと、周りの男達も一斉に笑った。

 凛の目から涙が零れた。


 ――私が父上みたいにもっと強かったら……。



 元蔵が縛られた凛に近寄り、手であごを上げた。


「俺を斬りたいか? だったら魔招散の使い方を言え。そうすれば放して刀も返してやるよ。」

「誰が言うか……」


 凛は涙目のまま元蔵を睨む。


「まあ、刀を返してもすぐにまた捕えて殺すけどな。おっと、その前にやることやっておかねえとな。これだけの良い身体だ、もったいねえ」


 周りの男達がますます大きな声で笑った。


「さあ言え」

「…………」

「言わねえのか。じゃあ、これでも言わずにいられるかな?」


 元蔵はにやつきながら、凛の豊かな胸の膨らみに手を伸ばした。


 凛の顔が青ざめる。

 堪えていた心が崩壊しそうになった。


 ――助けて!


 思わず叫び声を上げそうになったその時、


「てめえこそ言えよ」


 と、大きな声が響いた。


 元蔵らは驚いてその声の方向を振り返った。

 八木沢党の男達の向こう、そこには、赤い天鵞絨の羽織を纏った若い男、すなわち綾川蓮十郎が立っていた。


「若造、お前は……」


 元蔵はもちろん、配下の男たちも顔色を変える。


「あ……!」


 凛が泣きそうになっていた顔を明るくした。


「てめえこそ、これがどういうことなのか言えよ。魔招散が欲しいだけなのに、何故村人全員を殺す必要がある? それに不思議なほどに鉄砲を持っていたり、この前もあれだけ斬ったにも関わらず今日はまたそれだけの頭数がいたり……今ざっとてめえらを見回しても、中に数人、毛色の違う顔が見えるぜ。おかしなことだらけだ。てめえらは本当に賊か? 本当の目的は何だ?」


 蓮十郎が元蔵らの方へ歩いて来ながら言う。その口調は静かであるが、語気の端々に鋭い殺気が走っていた。

 元蔵は顔色を青くしながらも、


「へっ、何言ってやがる。俺達は本当に魔招散が欲しいだけだ」

「それにしては焦った顔を見せるじゃねえか。まあいい、ここでてめえら全員をぶっ殺せばそれでいい話だ」


 蓮十郎は冷笑した。


「蓮十郎さん……!」


 凛がもがくと、


「姉ちゃん、ちょっと待ってな」


 蓮十郎が、左手で刀の柄を押した。

 元蔵は蓮十郎を憎らしげに睨む。


「あまり調子に乗るなよ? この前のようには行かねえぞ」

「じゃあやってみろよ」


 蓮十郎が小馬鹿にした顔で笑うと同時であった。

 その身体が飛鳥の如く飛んだかと思うと、右手から放たれた刃光が一人の男の胸を貫いていた。

 男は悲鳴を上げて前のめりに倒れた。


「あっ! くそっ、やれ! 野郎ども、かかれっ!」


 元蔵が慌てて命令を下した。

 八木沢党の男達が、雄叫びを上げて一斉に蓮十郎に向かった。


「雑魚共が!」


 蓮十郎は右に走った。

 そして立ち止まると、追いかけて来た先頭の男に左薙ぎを放って斬り伏せ、返す刀で後続の男の腹を斬り裂いた。

 鮮やかな連撃で二人を斬って捨てた。


 後から続く男達は、思わずたじろいで足を止めた。

 その気の乱れを、蓮十郎は見逃さない。

 跳躍し、竜巻の如く身体を一回転させながら刀を水平に振った。

 真円の光が描かれると同時、四人が血飛沫を上げて倒れた。


 蓮十郎の背後に回り込んだ二人の男がいた。

 二人は、それぞれ上段から唐竹に振り下ろした。

 蓮十郎は振り返りもせずに左に転がってそれを避け、起き上がりざまに右切り上げを一閃、更に返す刀で袈裟斬り。二人を仕留めた。


 蓮十郎には、誰がどう動くか、どう斬りつけて来るかが全て見えていた。

 その隙をつき、電撃的な動きで神速の太刀を振るう。

 蓮十郎が風を起こす度、銀の光は乱れるように飛び散り、大地が赤く染まって行った。


 そして、ついにほとんどの八木沢党の男達を斬り伏せてしまった。


 残るのはほんの四、五人と、そして頭領の八木沢元蔵のみ。


(う、嘘ではないのか? こいつ……こんなに強かったのか。強すぎる……本当に人間か? 鬼ではないのか?)


 元蔵の顔は真っ青になっていた。


 残った配下の男たちも、恐れをなして手を出せずにいた。

 かろうじて刀を構えているものの、遠巻きに見つめながらガタガタと震えていた。


「凄い……」


 凛も呆然としてその様を見つめていた。

 地面は至る所血の海、八木沢党の男達の死体で地獄絵図のようになっている。


 流石に、蓮十郎も少し息が乱れていた。

 だが、返り血を浴びた顔にはまだまだ余裕があり、表情も涼やかである。

 吊り気味の眼が冷たく笑っていた。


「さあ、あとはてめえの番だな」


 蓮十郎は、余裕たっぷりに、笑いながらゆっくりと元蔵の方に歩いて行った。


「ち、畜生……てめえら、どうした! 怖気づきやがって! やれ!」


 元蔵は残った五人を叱咤したが、五人は恐怖のあまり脚が竦んでしまっている。


「し、しかしお頭……あいつ尋常じゃねえ。化け物だ」

「情けねえ。このままでいいのか? これじゃ俺達は賊のままだぞ!」

「だ、だって……」


 蓮十郎が鼻で笑った。


「じゃあそろそろお前が来いよ、髭もじゃ不細工」

「何? ぎりぎりもざいく?」

「何だそれは。髭もじゃ不細工って言ったんだ馬鹿野郎」

「言いやがったな。不細工はどうだっていいだろうが」

「ああ、どうだっていい。だから早くかかって来いよ。わかってるぜ。てめえもなかなかの腕を持ってるだろ?」

「ちっ……」


 元蔵は悔しげな顔で蓮十郎を睨みつけていたが、ふと蓮十郎の後方をちらっと見ると、にやりと笑った。


「いいだろう」


 元蔵が薄笑いを浮かべながら刀を抜いた。


 その時、蓮十郎もまた笑った。意味深に。

 かと思うと、突然左に飛んだ。


 同時であった――

 二発の銃声が轟いた。


 蓮十郎が元いた位置を銃弾が掠めて行った。


「やっぱりそう言うことか」


 蓮十郎はせせら笑って振り返った。

 そこには、十五間ほど向こうの茂みの影に、鉄砲を構えている二人の男がいた。

 彼らは、今蓮十郎が銃弾を避けた事に驚き、唖然とした表情を浮かべていた。


 突如、蓮十郎が疾風となった。

 あっと言う間に彼ら二人との距離を詰めた。

 そして二人が次の射撃準備を終える前に、左右に剣を振って一撃で斬り捨てた。


「うん?」


 蓮十郎は、彼ら二人が持っていた鉄砲を見て、何かに気がついた。

 銃身に家紋が描かれている。


「これは……」


 蓮十郎は納得して頷いた。


「そうか、やっぱりそういうことか……うっ」


 背後から迫る殺気を感じた。


「後ろ!」


 凛の悲痛な叫び声が飛んだ。


 鉄砲に気を取られていたので、天眼が開かれずに察知が遅れた。

 蓮十郎が振り返ると、すぐ目の前に、元蔵が刀を振り上げて飛びかかって来ていた。

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