第21話 旋風の如く

「やっと追いついたか。でも、奴らどこへ? 頂上とは反対の方へ向かってるみたいだけど」

「あのおっさんの言う通りだろう。恐らく、魔招散の効能を得るには黄金の杯が必要な事を知り、さっきのおっさんたちのところへ急いでいるんだ」

「なるほど」

「だがその黄金の杯はここにある」


 蓮十郎はにやりと笑った。

 杯は蓮十郎の懐にあるのだ。


「はは、ざまあみやがれ」


 元蔵は低く笑って、


「どうします? すぐ斬り込みますか? それとも先回りして待ち伏せして奇襲するか、背後から襲うか?」

「それだ……奴らは鉄砲を揃えてる。一丁や二丁ならともかく、十丁以上の鉄砲で次々に撃たれたら、流石の俺でもかなわねえ。奴らの鉄砲をどうするかだ。ここから大量の水をぶっかけて火薬を濡らしてでもしまえばこっちのものだが、水は無いし……」

「鉄砲か……」


 元蔵は口を結んで考え込む。


「せめて、奴らの一撃目を外す事ができれば……。そうすれば次の射撃までの準備の間に、俺が斬り回る事ができるんだがな」


 蓮十郎が思案を巡らすと、元蔵がぱっと顔を明るくした。


「そうだ。俺はまだ煙玉を二つ持ってる。奴らが一撃目を放つ時、俺がこれを投げつければ……」

「そうか、なるほど! うまくやれるか?」

「もちろんです、任せてください」

「よし、いいぞ」


 蓮十郎は勇んで立ち上がろうとしたが、ふと何かに気付き、眼下の光之助たちの隊列を凝視した。


「待て。あれを見ると、どうも凛がいねえ」


 蓮十郎は目を凝らして何度も確認したが、どこにも凛の姿が見当たらなかった。


「本当だ。どうしたんだろう? まさか黄金の杯のことを知ったから、もう用済みとして斬られてしまったんじゃあ……」


 元蔵は顔を青くしたが、蓮十郎は天眼を研ぎ澄ませて眼下の隊列を見、空気中の気の流れを探ると、


「いや、まだ斬られてはねえようだ。どこかで生きていると思う……もしかすると頂上に残して来たのかもしれねえな」

「え? 何の為に?」

「そこまではわからん……。だが、凛だけが頂上にいるとすれば好都合だ。光之助と斬り合う前に、先に凛を助け出そう。奴らは行かせておけばいい。どっちにしろ黄金の杯はここにある、奴らには手に入れられねえ」


 蓮十郎と元蔵は静かにその場を離れ、頂上への道を急いだ。





 そしてついに頂上に辿り着いた蓮十郎と元蔵。


「すげえ景色だなぁ」


 鳥居が連なる天然の石橋と、その先にある天空の島を見て、元蔵は感嘆の声を上げた。


「なるほど、天ヶ島山か……」


 蓮十郎も感心しながら、石橋の鳥居を潜って行く。


 そして二人は石橋を渡り終え、天空の島に入る。

 茂みを掻き分け、草木の隙間を縫って行くと、開けた空間が目に入った。

 周囲を鬱蒼とした木々に囲まれた十五間四方ほどの窪地で、奥に石の鳥居がある。

 そしてその手前に、口に猿轡を噛まされた上に、両手両足を縛られている凛の姿があった。


「やっぱりだ」


 木々の隙間から向こう側を窺いながら、蓮十郎が小声で言った。

 元蔵はその後ろから覗き見て、


「本当だ。縛られてる。早く助けに行きましょう」

「いや、待て」


 蓮十郎はそれを制して、


「周りはこれだけの木が茂ってる。俺が光之助ならここに兵を伏せる」

「あ、そうか……」


 蓮十郎は、微かに緊張感を感じ取っていた。

 天眼を開き、それを更に探る。


 だが、小動物のような気しか感じない。


「兵の気配は感じられないな……多分大丈夫だろう。行くぜ」


 蓮十郎は、茂みから窪地に飛び降りた。


 だが向こう側の凛は、蓮十郎の姿を見つけると慌てて膝を立てた。

 何かを言おうとして口を動かした。だが猿轡のせいで言葉は発せられない。



 ――駄目、罠よ! こっちに来ないで!



 凛は無言で絶叫した。



 ――まさか……?



 だが、凛と目が合った蓮十郎は、凛の無言の絶叫を感じ取った。

 同時に彼の天眼が、突如として立ち上った殺気の数々を捉えた。

 やはり兵士たちが潜んでいたのだ。木々の間に沢山の銃口が光った。

 少し迂闊であった。気付かなかったのは、恐らく蓮十郎の天眼と言うものをよく知る光之助が、極力気配を殺しておくように指示しておいたのだろう。


 蓮十郎が咄嗟に大声で叫んだ。


「罠だ! 伏せろ、元蔵!」


 蓮十郎も横にすっ飛んで転がった。


 その後の虚空を、空気を揺るがす轟音と共に三、四発の銃弾が飛んで行った。


 蓮十郎は舌打ちし、更に右に走る。

 その残像の跡を再び銃弾が掠めて行く。

 窪地の壁を蹴り上がり、空に飛んだ。

 再び轟音――

 土壁に四発、穴が開いた。


 蓮十郎は虚空で一回転して着地した。

 左腕の傷口がズキンと痛み、顔を歪めた。

 しかし、間髪入れずに叫ぶ。


「元蔵、やれ!」


 そして同時、蓮十郎も再び地を蹴った。

 神速で窪地の壁を蹴り上がり、木々の中に躍り込むと、潜んでいた鉄砲兵に目にも止まらぬ一閃を浴びせた。

 続けて、その隣で驚いた顔をしている兵士に左から電撃の一薙ぎ。

 頬に浴びる返り血に構わず、蓮十郎は凶暴な疾風となって木々の間を駆け抜ける。


 元蔵が煙玉を投げ込んだ。

 白い煙が木々の間に湧く。


 他の潜んでいた兵士達が悲鳴を上げた。


 蓮十郎、煙がやや薄くなるのを待ってそこに躍り込む。

 視界を奪われて右往左往する兵士達を、一刀の下に斬り捨てて行く。


 白く靄かかった木々の間に悲鳴と絶叫がこだまする。


 蓮十郎の脚と剣は止まらない。

 旋風のようになった蓮十郎から、銀色の剣光が乱れ飛ぶ度、幹や枝葉が赤黒く染まって行った。

 

 しばらくして、悲鳴の連鎖が止まった。


 潜んでいた全ての兵士達を斬り伏せたのだ。


 まさに電光石火、圧巻の瞬間劇であった。


 木々の間から、蓮十郎が返り血に塗れた姿を現し、窪地に飛び降りた。

 流石に息が乱れていた。

 だが急いで縛られている凛の下へ駆け寄る。

 元蔵もまた、窪地に降りて走った。


 凛は、目に涙をいっぱい溜めていた。


「大丈夫……みたいだな?」


 蓮十郎は凛を見ると、ほっと安堵の表情で片膝をついた。

 そして凛の口に噛まされている猿轡を外し、両手両足の縄を切った。


 解放されると、凛は安心から気が緩んだのか、全身の力が抜けて両手を地につけた。


「どうした? どこか傷でも負ってるか?」


 蓮十郎が顔を覗き込むと、凛は顔を上げた。目に溜まっていた涙が零れ落ちた。

 そして次の瞬間、凛は蓮十郎に抱きついた。

 女性にしては気が強く、胆も据わっている凛だが、流石にここまでの時間は恐かったらしい。


 蓮十郎は一瞬驚いたが、すぐにふっと笑うと、


「遅くなって悪かったな。もう大丈夫だ」


 と、凛の背中をぽんぽんと叩いた。


 元蔵も表情を緩ませて笑みを見せた。


「ありがとう、助けてくれて」


 凛は震えるような声で呟いた。


「気にするな」

「恐かった……」

「仕方ねえよ」


 凛は、蓮十郎の背中から手を放さなかった。

 蓮十郎もまた、笑ったままそのままにさせていた。


 元蔵は安堵の笑みを浮かべていたが、すぐに照れたような苦笑いとなった。



 ――女が男に惚れるところを見ちまったかなぁ……。



 しばらくして、凛が落ち着いた様子となった。


「もういいだろう? それ以上そうしてると、そのでかい乳が潰れるぜ」


 蓮十郎はにやっと笑った。

 凛は、そのふくよかな乳房を蓮十郎の身体に押し付けていたことに気付かなかった。

 言われて初めてそのことに気付き、ばっと蓮十郎から離れた。

 そして顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、蓮十郎の頬をぱんっと叩いた。


「何言うのよ、馬鹿」


 蓮十郎は叩かれた頬を撫でながら笑った。


「それだけ元気なら問題無いな」

「全くだ」


 元蔵も愉快そうに笑い声を上げた。


「さあ、山を下りるぞ」


 蓮十郎は凛の目を見て言った。


「うん」


 凛は笑顔で頷く。


「あいつを斬ってな」


 蓮十郎が、凛の向こう側を見てにやりと笑った。


「え……?」


 凛が青ざめた顔で振り返った。

 元蔵も慌てて振り返る。


 そこには、浦野光之助が十数人の兵士達を従えて立っていた。

 その兵士達の中には、鉄砲を持っているのが三人おり、その三人ともすでに銃口をこちらに向けていた。

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