第14話 燃える眸

 光之助は問いには答えず、牢の前まで来ると、中の蓮十郎に言った。


「どうだ? そこの居心地は?」


 蓮十郎は光之助の目を真っ直ぐに見て、鼻で笑った。


「身体を休めるのには悪くねえ」

「相変わらず強気だな。どこまでその態度を貫けるかな?」

「…………」

「まあ、せいぜい強がりを言ってろ。明日には殿が来る。直々に手打ちとなろう」

「…………」


「お前が生きているのは気分が悪い。本当は俺はすぐにでもその首を落としたいのだが、殿がどうしてもお前を生きたまま捕らえて来いと言うのでな」

「じゃあ今日にでも信長を連れて来いよ」

「ふふ……どうせ、殿の前に連れ出される時の隙を狙って逃げるつもりなのだろう?」

「…………」

「お前の考えなどお見通しだ」


 蓮十郎が舌打ちする。

 そして光之助は、凛の方を見ると、


「さて、そこの娘。お前は美原村の人間だな? 一つ聞きたい事がある」

「何よ」


 凛はじろっと光之助を睨む。


「あの魔招散の使い方を言え」

「何でよ」

「俺は気が変わった。魔招散を飲むと天下無双の力を得られると言う。ならば俺が先に飲んでその力を手に入れる。もしその話が本当で、俺が天下無双の力を得られるならば、俺が織田信長に取って代わることもできるかもしれん」


 光之助は、不気味な笑みを見せた。

 その言葉を聞いて、蓮十郎の顔色が変わった。


「だがな……さっき少し削って飲んでみたが何も効果が出ない」

「そうでしょうね」

「そのまま使っても効果が無い、と言う噂を聞いた事があるがどうやら本当のようだな。そして真の使用方法はきっと美原村の者しか知らんのだろう。お前を生かしておいて良かった」

「知らないわよ」


 凛は横を向く。


 光之助は冷笑すると、左右の者に、


「娘を出せ」


 と命じた。


 部下の兵らが、板格子の隙間から剣先を蓮十郎と元蔵に突きつけ、動きを牽制した。

 その間に凛だけを牢から出して光之助の前に座らせた。


 引きずり出された凛を見下ろし、光之助は言った。


「知ってるはずだ。言え、どうやって使う?」


 凛は光之助を睨み上げたまま無言で答えない。

 光之助が手で合図を出した。

 部下達が一斉に刀を凛に突きつける。


「言えば解放してやる。だが言わねばこの場で即刻首をはねるぞ」

「…………」


 凛の顔が悔しげに青ざめる。


 見ていた蓮十郎が牢の中から叫んだ。


「凛!」


 初めて名前を呼んだ。

 凛は少し驚いて振り向く。


 蓮十郎は真面目な顔で言った。


「言ってしまえ。すでに村は壊滅し、魔招散はそこの男の手にある。今更言ったところで罰は当たらねえよ。それよりも生きろ。今この場で魔招散の為に殺されるよりも、生き延びて魔招散を取り返す機会を窺い、村の仇を討て」


 凛は蓮十郎の目を真っ直ぐに見つめた。

 そして一瞬苦しげな顔で何か考え込んだ後、俯いて言った。


「あなたの言う通り、魔招散はそのまま飲んでも何の効果も無い。ここから東に天ヶ島あまがしま山と言う山があるんだけど、その山の頂上には聖水と言われている水が湧き出ているの。魔招散は、その聖水に削り入れて溶かして飲まなきゃ効果が無いの」


 それを聞くと、光之助は白い顔に狡猾な笑みを浮かべた。


「ほう、なるほどな。そう言うことか。やはりお前を生かしておいて正解だった。では、その天ヶ島山と、聖水のあるところまで案内してもらおうか」

「…………」


 凛は俯いたまま沈黙していた。

 再び、兵士達の刃が向けられる。


「凛」


 蓮十郎が促すように言った。

 すると、凛は蓮十郎をちらっと見てから立ち上がった。


「案内したら解放してくれるんでしょうね?」

「ああ、もちろんだ。解放はしてやろう。だがその後の命はどうなるかわからんがな」


 光之助が嘲笑った。

 蓮十郎が唇を噛んだ。


「ちょっと! 何よそれ。だったら案内なんかはできないわ!」


 凛が目を怒らせて食いかかった。

 だが、その凛の身体に、光之助の部下達の刃が一斉に伸びる。


「お前に拒否と言う選択は無い。拒否するならここで死ぬだけだ」

「…………」


 凛は悔しげな顔で身体を震わせていた。

 蓮十郎が、昂ぶる感情を抑えるような語気で言った。


「堪えろ。案内してやれ。最後まで生きる事を諦めるな。逃げる隙を伺うんだ」


 凛の目尻から涙が一筋落ちた。

 歯を食いしばって言った。


「案内するわ」


 光之助はにやりと笑う。


「よし、いいだろう」


 と、光之助とその部下十数名は、そこに見張りの兵を一人だけ残し、凛を囲んで歩いて行った。


「凛!」


 蓮十郎が叫んだ。

 凛が立ち止まって振り返ると、


「待ってろ。俺が必ず助けてやる」


 蓮十郎の燃えるようなひとみが、真っ直ぐに凛の顔を見つめた。

 その視線に、凛は思わず胸の高鳴りを覚えてしまった。


「うん、お願い……」

 

 凛は蓮十郎のひとみを見つめた。


 光之助は嘲るように笑う。


「いかにお前と言えど、その状態で何ができる?」

「光之助、俺を誰だと思ってるんだ? 綾川蓮十郎を舐めるなよ」


 蓮十郎が殺気にぎらつく視線を光之助に向ける。

 だが光之助は鼻で笑うと、


「急げ」


 と、凛を急かして歩かせた。


 牢内に残された蓮十郎。

 両拳を握りしめていた。



 ――どこまでも外道が……!



 両の眸が、灼熱の怒りに燃えていた。


 ふと、背後より泣き声が聞こえた。


「うっうっ……畜生……」


 八木沢元蔵が俯いて泣いていた。

 蓮十郎は振り返り、苛ついたように怒鳴った。


「てめえっ、いつまで泣いてやがる! クズの集まりだが仮にも八木沢党の頭目だったんだろう? 情けねえな!」

「頭だったから泣くんだ。あんな奴にいいようにされた事が心底悔しくてよ!」


 元蔵は俯いたまま声を震わせる。


「仕官の話は、俺自身は別にどうでも良かったんだ。俺はもう三十だ。このまま野武士の山賊で終わっても構わねえ。だけど、俺は他の連中のこれからを心配した。あいつらの中にはまだ十代半ばのガキもいたんだ。あいつらをどこかに仕官させてやりたい。あいつらに真っ当な道を歩ませてやりてえ……その一心で、心を痛めながらもあの村の人間を皆殺しにして……でもその挙句がこれだ。自分達も利用された末に皆殺された。全て騙されて……!」

「自分達が真っ当に生きたいが為に何の罪も無い美原村の人間を殺したんだ。当然の報いだろう」


 蓮十郎は冷ややかに言う。


「わ、わかってる……愚かだったよ。きっと罰が当たったんだ。だけど……このままじゃあいつら……そして村の人間も浮かばれねえよ……。お、俺は悔しくて悔しくて……」


 元蔵は男泣きに泣いていた。

 熱い涙が床を濡らしていた。


「なあ、あんた。頼みがある!」


 元蔵は急に面を上げると、諸手を床につけた。


「俺を子分にしてくれないか?」

「はあ?」


 蓮十郎は素っ頓狂な声を上げた。


「この八木沢党の新しい頭になって、俺達の仇を討ってくれ」


 無茶苦茶な事を言っているが、元蔵の目は真剣そのものであった。


「何わけのわからねえ事言ってやがる。何でてめえらの頭になるんだよ? 俺は謀られて罪人になったものの、山賊にまで落ちるつもりはねえ」

「そ、そうだな……」


 元蔵は、自分が出鱈目な事を言っている事に気付いたが、またすぐに言葉を変える。


「じゃあ、頭になってくれなくてもいい。とにかく、俺達の仇を討ってくれないか?」

「…………」

「あんたの腕ならできる。きっとあの浦野達を討てるはずだ!」


 蓮十郎の顔が、闘気に満ちて行く。


「てめえに言われなくても光之助は俺が斬るつもりだ」


 それを聞いて、元蔵の顔が明るくなった。


「明日、信長が来る時に必ず何かしらの隙ができる。その時に逃げようと思っていたんだが、そうも言ってられないな。凛の命が危ない」


 蓮十郎は牢内を見回す。


「まずはここから出ないと……」


 前方の格子戸以外、三方は全て板張りの壁である。


 蓮十郎は壁のあちこちを叩いてみた。

 どこか、薄くなっていて破れそうな箇所は無いか見ているのである。

 だが、どこも素手では到底突き破れそうになかった。

 蓮十郎の意図を察した元蔵は申し訳なさそうに言った。


「すまん、この山賽は安普請だけど、この牢だけは頑丈に造ってあるんだ……」


 蓮十郎は舌打ちする。


「余計な事しやがって……」


 すると、格子の向こうにいた見張りの兵がやって来て面倒臭そうに注意した。


「おい、何してるんだ? 逃げようなんて思うなよ? 大人しくしてろ」

「…………」


 蓮十郎は横目で兵を一瞥する。


「あーあ、退屈だ。早く代わりたいぜ。あいつらは雙六でもやってるのかな」


 兵は怠そうに元の位置に戻って行った。

 どこからか、賑やかな談笑の声が聞こえる。

 他の兵らが別の場所で遊んでいるらしい。


「あっ! 痛い! いたたた……!」


 元蔵が、急に腹を押さえてうずくまった。


「おい、どうした?」


 蓮十郎が驚いて声をかけた。


「急に腹が痛くなって……」


 元蔵がのたうちまわった。

 だが、どこか大袈裟に見える。


 こいつ、まさか? と、蓮十郎は元蔵の意図を察した。

 急病のふりをしてこの牢を開けさそうと言うのか。


 蓮十郎は呆れた。


(腹が痛いぐらいで開けるわけねえだろ! それに演技下手すぎだ)


 だが、元蔵は構わずに続ける。


「ああ、痛い痛い! 腹がいてえ!」


 その声を耳にし、見張りの兵が再び戻って来た。


「おい、どうした?」


 元蔵はちらっと見上げて、


「は、腹が急に痛くなって……」


 と苦悶の目で訴えるが、兵は眠そうな目で冷やかに見下ろすと、


「糞ならその辺にしろ」


 と言うのみであった。


「え? い、いや、そういうわけでは……い、胃が痛いんだ、こう、きりきりと……! 何か薬でも持って来てくれ」


 元蔵は必死の演技をするが、兵はやはり気にせず、


「我慢しろ」


 と歩いて行ってしまった。

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