終章

「たとえ千年の月日が過ぎようとも、私は永遠に、あなたを想っている」

 つぶやいた彼女の言葉は、強い風の中で切れ切れになって、消えた。

 言葉の行方を、彼女は滝口に立って追いかけていた。そのとき。

「ねえ、そろそろ帰らないと、真っ暗になっちゃうよ?」

 幼い声が、彼女をはっと我に返らせた。

「そうね、そうだったわね。ごめんなさい、待たせて」

 真汐ましおは振り向いて、後ろにいる娘の目の高さにまで、かがむ。

 あれから、何年が経ったろう。流斗に会うことは二度となかった。けれども真汐は彼を忘れたことはなく、何度もこの場所に来て歌を歌った。

 それでもいい、と言った青年がいた。遠くの村から交易に来たうちの一人で、大滝村の中の事情など何も知らなかった。あなたが他の誰かをずっと想っていてもいい、ただ自分がここにいたいだけだと言った。

 そのやさしい笑顔が何となく彼に似ているような気がして、結婚して、娘を産んだ。その夫も、去年事故で死んでしまったけれど。

 娘は今年、五つになる。自分で言うのも何だけれど、母親によく似ていると思う。

 まだ難しい話はよくわからないだろうけれど、もう少し大きくなったら、いろいろなことを伝えよう。流斗のこと、ここで起きたこと、この子の父親のこと――そして、この子が見たことのない、海のこと。

 私はこれからも、流斗に会うことはないだろう。けれどもこの子が、この子の娘が、そのまた娘たちが――いつかきっと、彼に会う日がくる。あなたと一緒に、夕日の沈む海を見る日がくる。そのときまで、私の想いは形を変え、受け継がれていくわ……。

 〝永遠〟って、そういうことでしょう、流斗?

「お母さん? 帰らないの?」

 首をかしげる娘の手を取り、立ち上がって歩き出しながら真汐は言った。

「ううん、そろそろ帰りましょうか、夕海ゆみ



【完】

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