第46話
「これが……」
ジンは思わず、声を震わせた。
歓喜と興奮が押し寄せ、大声を張り上げることができないほど、喉が詰まってしまう。
全身が総毛立つのを感じるが、それは紛れもなく怖気だった。
獣人の生まれた元凶であり、己の探し求めた望みそのもの。それが今、自分の手の中にあると思えば、そうした感情まで生まれてしまうのかもしれない。ジンはそう理解した。
大秘宝『エクセリス』――自分は今まさに、それを掴んでいるのだから、と。
「宝石っすねー。なんかちょっと地味な気がするっすけど」
「そうね。確かに珍しい色だけど、ここまでするほどって気はしないわ」
部下の獣人たちが何やら肩透かしを食らったように言ってくる。
が、ジンはそれらを無視した。
大秘宝を手にしたということは、もう何も恐れる必要がないし、煩わされることもない。彼らは無知に違いないが、今はそれが何よりも幸いだった。
思わず笑い出したくなる。獣人の全てを圧倒する力がもうすぐ手に入ると思うと、それを堪えるのは困難だったが、幸いにも喉が詰まるほどの興奮がそれを助けていた。
そしてそのおかげで、ジンは多少なりとも冷静さを抱くことができた。
(そうだ、今はまだ堪えろ……後でいくらでも笑えるんだ。今は気付かれない方がいい。ここを脱出してから、ゆっくりとこいつを使えばいいんだからな)
「よし……それじゃあ、帰るぞ」
感情を抑え、咳き込んでから喉を治し、緩む頬を懸命に隠してゆっくりと立ち上がる。
部下たちは不思議そうに首を傾げてたが。
「あれ、もう帰るんすか?」
「なんだか急にあっさりね」
「ここには……他に、何もなさそうだから、な。探すにしても……一度戻ってから、また来ればいい、だろ?」
喋るたび、喉の奥でくつくつと笑い声が漏れそうになり、ジンは必死にそれを隠した。そうしながら、痛みや疲弊も忘れて、顔を見られないようきびきびと祭壇から降りていく。
獣人の部下たちは顔を見合わせ、首を傾げたようだったが、それでもすぐについてきた。
(もうすぐ……もうすぐだ!)
強く握り締め続けている大秘宝を意識して、何度もそう繰り返す。自分の野望が達成され、夢物語と笑われたものが現実となる瞬間を想像するのを止められなかった。
ニヤニヤした顔を隠そうとして、それを超えて頬が緩むという奇妙な顔を作りながら、その興奮に酔い痴れ、上階へと戻るために瓦礫の山を登るのも、全く苦にならなかった。
軽快な足取りで石を踏み付け、その頂点に立つと、自分の未来を連想させる。ジンは僅かな時間、そのまま立ち尽くしてしまった。
しかし――
不意に、その瓦礫が揺れたような気がした。
「……?」
ジンは不審に思い、足元を見下ろした。しかしそこには何もない。相変わらずの石の山。
さらに背後へ目を向けると――
そこには、獣人たちがいた。早く行けとせっつく様子で、見下ろされているふたりだ。先ほどの感覚は、恐らく彼らが登ってきたためだろう。
彼らを見下ろすこと自体は何度となくあった。なにしろ獣人盗賊団のリーダーが自分なのだから、当然だ。顎で使ってきたことも少なくない。ここ数日ですら、だ。
しかしもうすぐ、それが全く別の意味に変わるに違いない。
ある意味では、彼らによって予行練習をしてきたようなものだろう。それがもうすぐ、全ての獣人を対象としたものに変わるのだ。
(……もうすぐ)
ジンはふと、その言葉を口の中だけで繰り返した。
口ざわりは奇妙なものだった。不可解な、どうとも言いがたいような感情が、自分の中に渦巻き始めているような、そんな感覚である。
どろりとした血のようなものが、頭の中に広がっていくような気がした。さらには急に全身の痛みを思い出したような、激しい嘔吐感に襲われる。それは禍に殴りつけられ、眼前におぞましい爪が迫りきた瞬間にも似ていた。
それが、その時よりも素早い一瞬のうち、ジン自身にすら知覚も理解もできないうちに、一斉に体内や脳内を通り過ぎていったのである。
大量の羽虫に激突されたような心地で、ジンは思わずふらりとよろめいたが、瓦礫の山から崩れ落ちる前に下にいたキュルたちに支えられ、それをどうにか堪えることができた。
「大丈夫っすか?」だとか「調子に乗ってひとりで行くからよ」だとか言ってくる声を聞き、ジンはそれに生返事を返すと、改めて山の上に足を踏みしめた。
そして奇妙な思いを振り払うように、上階の床へと飛び戻った。
「……こりゃ、山にもなるよな」
惨状を見渡し、ジンは呟いた。
実際、かなり派手に崩落していたらしい。怪物を撃滅した右の部屋から、中央の部屋にまで差し掛かるほどの大穴が生まれている。
後に続いた獣人たちもそれを見て、似たような感想を口にした。
「よく巻き込まれなかったっすね、おいらたち」
「巻き込まれたけどな」
「生き埋めにならなかっただけで十分よ。あんな怪物と一緒に瓦礫の下なんて最悪だわ」
「ま、そりゃそうだ」
適当に言い合って、三人は穴を迂回して崩れ落ちた壁を通り過ぎ、中央の部屋へ戻った。
禍の体当たりによって埋まったはずの出入り口は、床の崩落による衝撃で、一部の瓦礫をさらに崩れさせたらしい。おかげで上の方に、這って通れる程度の隙間が生まれている。
「いいこともあったっすねー」
「なけりゃ俺とお前で掘るだけだったけどな」
「せめてミネットも入れてくださいっすよぅ」
「その場合、お前は素手で掘ることになるぞ」
キュルはそれに嫌そうな、ショックそうな顔を見せたが、ともかく実際にそんなことをする必要はないようだった。
ジンはけらけらと笑ってから、まずは最も小柄なミネットをその隙間へ向かわせた。
――しかし、その時である。
不意に、再び足元に微かな揺れのようなものを感じた。
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